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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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ひなちゃん誘拐される?

 月日は流れ、とうとう『名バス運転士ホームズ』の最終回が放映される日となってしまった。だからって、自宅で観るために休みにするつもりなんてなく、バス運転士として相変わらずバスを走らせている。そして幸運なのか当然なのか、ひなちゃん以外の人には気づかれていない日が継続している。なので、その点ではもうだいぶ安心していたので、変な緊張感がなくいつも通りの安全運転を実践できていた。

 順調なバス運転士とは対象的なのが、俳優活動の方だ。と言っても、仕事がないという話ではない。むしろ逆なのだ。『名バス運転士ホームズ』の大ヒットのおかげで、僕にはドラマ出演などのオファーが殺到しているのだから。

 それなのに、燃え尽き症候群なのか何なのか、全くと言っていいほどに前向きになれない日々だった。なので、今は、バスの仕事を週に2、3回ではなくコンスタントに週に3回出て、俳優業の方は……だ。

 監督が乗り気の『名バス運転士ホームズ2』なら、こんな僕でも何も考えずに撮影に臨んだことだろう。しかし、肝心の監督の方が気持ちとは裏腹に、話を考えるのに四苦八苦というかスランプなのだそうだ。あの監督にスランプがあるのは驚きだけど、同時に、あの監督なら必ずスランプを脱して、また数々の素晴らしい話を考えると、僕には確信があった。そうは言っても、続編が始まるのは早くても1年後くらいだろうと、どこか他人事でもある。

 ただ、いつまでも俳優業を疎かにしているつもりはない。ちょっと有名になったからといって、この生き馬の目を抜く世界である芸能界では、何の保障もないのだ。それでも、僕にはバス運転士の仕事があるから、余計に俳優業に前のめりになれないのかもしれない。僕の悪い所だ。なので、自分自身にムチを打つためにも、この最終回が放映されたら次に出る作品を決めると、塚谷には伝えてある。

 僕が気まぐれでバスの仕事を増やしかねない可能性があるので、塚谷は今ごろ候補作品を必死で絞ってくれていることだろう。事務的書類が山となっているデスクに埋もれながら。社長の叱咤激励も受けているに違いない。ちなみに、僕には、塚谷の補助や、社長の叱咤激励を代わりに受けるのはできない。

 僕にできる事といったら、塚谷が選んでくれた候補作品の中から次の出演作品を塚谷と一緒に決める事と、その時に忘れずにドーナツを差し入れる事くらいだろう。本当に塚谷には感謝だ。こんな自堕落俳優の僕のために頑張ってくれているのだから。塚谷の努力を、僕は必ずや無駄にはしない。約束してもいい。出演作品が決定したなら、みるみるうちにやる気が湧き出てくることを、僕は知っている。

 『名バス運転士ホームズ』がこんなにも評判になったのに、僕は何事もなくバス運転士を続けられていることで、再び主役を演じても大丈夫なのではという気持ちがないわけではない。僕の撮影を週に2回までという条件を飲んでくれる人は、そうそういないだろうけど。オファーが必ずしもドラマの主演だと限られていないことくらいは理解しているし、たった1本ヒットしたくらいで何をうぬぼれた事を言ってるんだと攻められるのかもしれないが。それでも一度くらいなら、一人悦に入って天狗になってみるのも悪くないような気がした。これもモチベーションを上げる一つの方法だ。

 と、俳優業の今後の展望を考えていると、出発の時間が迫ってきていた。さあ、ここからは気を入れ直して、本日3本目の運行にいくとしよう。今から出るのは、健二さんとひなちゃんが乗り降りするバス停を通る路線だ。通勤通学のピークが過ぎたこの時間は、少ないのが当たり前とはいえ、今日に関しては珍しく誰もいない状態で出発した。率直に言って寂しいし、うっかり時間を見誤ってしまったかもと疑ってもしまう。第一乗客が早く乗ってきますようにと願いながらのドライブモードがしばらく続くのだ。

 といっても、すぐに誰かが乗ってくるだろう。『名バス運転士ホームズ』の放映以来、状況が変わったからだ。僕はひなちゃん以外には気づかれていないので、僕を目当てではない。そのひなちゃんが原因だけど。

 ひなちゃんが出演した回が放映されてから、この路線を走っていると、マスコミ関係者や野次馬的な人を度々見かけるようになっていたのだ。健二さん自らが発表したわけではないが、やはりどこからか情報が漏れてしまったのだろう。すぐに記者会見を開いた健二さんはすべてを話すと、世間の人は好意的に受け止めてくれた。健二さんの人望もあったと思う。ひなちゃんのこれからを名言しなかったが、まだ小学生なのでそっとしておいて欲しいとお願いして、記者会見を締めくくっていたのが印象的だった。にもかかわらず、ひなちゃんのプライバシーに干渉しようとする人はいるのだ。残念ながら、それが世間というものだけど。

 ということは、僕の正体に気づく可能性の高い人が、必然的に増えているとも言える。だからかどうか分からないが、最近ほとんどいや全くと言っていいほどに、ひなちゃんがバスに乗って来なくなっていた。たまたまかもしれないが。僕の出番のない日に乗ってきている可能性がないわけではないのだから。

 そして誰も乗ってこないまま、あのバス停が近づいてきた。バス停が目に入っても、遠目に見た限りでは明らかに誰もいない。それでも淡い期待を持ちながらゆっくりバス停を通り過ぎようとしたその時、ひなちゃんらしき子どもがバス停に向かって走ってくるのが見えた。ただ歩道を走っているだけかもしれないが、止まる準備だけは一応しないといけない。減速し始めて束の間、完全にひなちゃんだと認識できたので、乗る乗らないは別として嬉しかった。なにせ久しぶりに顔を見られたのだから。

 ただ、ひなちゃんの表情が切羽詰まっているように見えるのは、気のせいだろうか。バスに乗り遅れまいと走っているからにしては、必死すぎるようだけれども。と思ってすぐに、ひなちゃんのすぐ後ろに、もう一人走ってくるのが見えた。

 どう見ても、たまたま二人の人間がバス停に向かっているようには見えない。ひなちゃんは明らかに後ろの人物から逃げている。そしてその後ろの人物は男のようだけど、ひなちゃんに向かって何か叫びながら追いかけている。夢でもなければドラマでもない。これは、現実だ。

 今の僕は、ひなちゃんを助けなければならない。バスを運行中だとかそんなのは、二の次だ。ものの数秒いや十分の数秒で判断すると、バスの前扉を開けて、ひなちゃんがタイミングよく乗れる位置で急ブレーキをかけてバスを止めた。お客さんがいなかったのが幸いしたが、もしいたとしても同じ行動をしただろう。バス運転士としては失格だけれど、人間としては抗えない決断だった。

 僕の作戦は成功したかに見えて、ひなちゃんが乗ってきてくれたので、すぐに扉を閉めようと開閉レバーを操作した。しかし、開閉レバーと実際に扉が閉まるまでの僅かなタイムラグだけは、僕にはどうしようもなかったのだ。

 間一髪間に合わなくて、ニット帽にサングラス姿の男が、手には刃物を持って入ってきてしまった。さらに、勢いそのままに、ひなちゃんを捕まえてしまったのだ。

 結果を見れば悲惨だけれど、最悪とは言えない。少なくともバスの中にいる限りは、僕に何かできることがあるかもしれないのだ。残念ながら、直ちにというのは不可能だと理解しているが。今は手も足も出せない状況に陥っているというのが本当のところだろう。まずは落ち着かないといけない。勝機はきっとやってくる。

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