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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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小野さんと仲良くなる

 なんと、ここでまた運転の話に戻ってくるなんて想像もしていなかったが、今は、すぐ横に塚谷がいる。なので、この敏腕マネージャーが上手くフォローしてくれるに違いないと思い塚谷を見ると、速攻で分かりやすく目を逸らされた。でも、そろそろ注文したものが運ばれてくる頃かもと思ってすぐ、今日は調子に乗って具材全部乗せを頼んでしまったことを思い出す。またしても塚谷にやられてしまったと、八つ当たりしても解決なんてしない。

 やっぱり小野さんには知られる運命なのかと、さっきも言い出しそうになったことを振り返り、僕はいよいよ観念した。すると、またしてもタイミング良く小野さんの携帯電話が鳴り響く。この奇跡には感謝したが、2回も言いそびれて、なんとも言いようのない切なさもあった。だからといって、わざわざ僕の方から言おうとは思わないが。

「もしもし本田さん、どうしたんですか?」

 小野さんは、今度は携帯電話の画面を見てすぐに電話に出た。仕事の電話とはいえ、僕たちの目の前ですぐに出てくれたことは何か嬉しい。しかし、いつの間に、僕たちはこんなに打ち解けたのだろうか。塚谷が僕の視界に入ったところで理解した。

「確認?」

 小野さんのマネージャーの本田さんは、もしかしたら心配性なのだろうか。いやいや、慎重でしっかりしていると言うべきだろう。

「あー、忘れてた。ありがとうございます。それで、何時入りでしたっけ?」

 本田さんは小野さんをよく理解している事を、僕は理解した。

「待ってます。お疲れさまです」と言って小野さんが電話を切るとすぐに、店員さんがお好み焼きを持ってきてくれた。それは小野さんにはタイミング良く、僕にとっては少し遅く、塚谷にいたってはすっかり待ちくたびれた時だった。小野さんの前に置く時は嬉しいような照れているような感じだったのに、僕と塚谷の前に置く時は絵に描いたような営業スマイルだったことは言う必要がないのだろう。誰も悪くないというか、僕が勝手に気にしているだけだ。何よりも今現在の最優先事項は、お好み焼きを焼き始めることなのだ。

 各々が鉄板の上にお好み焼きを流し入れると、しばらくは会話にもってこいの時間がやって来た。往生際の悪い僕は、小野さんから再び運転に関する事を聞く機会を奪うためにも、間髪を入れず僕の方から質問する。塚谷が静かだから、尚更僕自身で頑張らないといけないようだ。

「小野さんは、明日仕事なんだね?」

「その前に、ひろしさんにお願いがあるんですけど、いいですか?」

「もちろん。なんでも言って」

 嫌な予感が少しするけど、断れるはずがない。

「私のことは、下の名前で呼んでください」

 内容は予想外だったけど、全然問題のない事で安心した。

「なんだ、そんなことか。分かりました。でも、ちょっと恥ずかしいから、ちょっと心の準備を。ウォッフォン……り、リカさんは明日も仕事なんだね?」

「フフッ。そうなんですよ。今回の映画とは全く関係ないんですけどね。気分転換と言ったら失礼になるかな……。えっと、その、映画の撮影は緊張の連続ですよね? だから、本田さんが気を利かせて、リラックスしながらでもいい仕事を見つけてきてくれるんです。お家でボーっとしてても映画の事が頭から離れない時があるから、そういう仕事は本当にありがたいですよ。だからって、適当にこなすとかではなくて、なんて言うか、本気で楽しむところを視聴者の皆さんに観てもらおうという感じですかね」

「分かる分かる。芝居は好きだけど、毎日だと苦痛に感じることもあるんだよね。それで、ほんのたまに休みをもらっても、何もする気がしないうちに一日が終わったりして休んだ気にならないし。でも、芝居以外に全然違う事を趣味でもなんでもいいけどすると、疲れるどころか逆に元気になって休み明けの芝居にも好影響を与えるよね。リカさんは趣味とかあるの?」

「実はあるんです。ちょっと恥ずかしいので、もっと仲良くなれたら、ひろしさんにも教えてあげますね。ちなみに明日の仕事はほとんど趣味のようなものだから、寝坊しない自信はありますよ」

 塚谷はと言えば、僕と小野さんの会話かお好み焼きの焼け具合のどちらかに集中していたのだろうか。珍しく全く会話に入ってこなかったのだ。眠ってはいない。お好み焼きを前にして眠られる塚谷ではないのだ。そんな塚谷が満を持して口を開く時がやってきたようだ。

「はいはい。いつまでも無駄口をたたいている場合ではないですよ。そろそろ片面が焼けてきたので、本日の最も緊張する瞬間がやって来たんだから。誰からチャレンジするんですか? 私が決めてあげますね。最初の挑戦者はー……もちろん私です。見ててくださいね」

 気配を消していた塚谷は、お好み焼きとにらめっこをしていたようで、ひっくり返すタイミングに間違いはないだろう。ただ、一番の問題は、上手くひっくり返せるかどうかだ。

 小野さんと僕が固唾をのみ見守る中、塚谷の両手に握られた大きなコテが塚谷の体の一部になり、お好み焼きの下に入ったと思ったらすぐにお好み焼きが宙を舞った。そして、美味しそうに焼けた面を上にして、元あった場所にそっと着陸する。あまりに鮮やかだ。小野さんと僕はもちろんのこと、少し離れた所で心配そうに見ていた店員さんまでもが拍手で称えていた。何より一番喜んでいるのは、塚谷のお好み焼きだろう。

 次に塚谷が指名したのは、僕だった。小野さんとの会話や今日の芝居で緊張を度々味わい、さらにお好み焼きをきれいにひっくり返すという緊張は、僕の一日の許容量を超えていたのだろう。言い訳だというのは重々承知だけれども、人間は言い訳をしてしまう唯一の生き物なんだから。と、小野さんの前で軽く失敗したうえに言い訳をして、恥の上塗り状態にもかかわらず楽しかった。なぜなら、塚谷だけでなく小野さんも、そして離れた所にいる店員さんまで遠慮せずに笑顔になっていたのだから。

 そして、指名されずとも、次は最後に残った小野さんの番だ。いつしか足音もたてずに店員さんが近づいて来ていたので、ギャラリーが3人に増えていた。だけど、そのへんはさすがの小野さんだ。顔色一つ変えずに、両手にコテを握りしめる。一瞬間を置き、きれいな掛け声と共にひっくり返されたお好み焼きは、とてもきれいとは……いや、芸術的な形となって鉄板の上で悲鳴を上げていた。

 塚谷と僕がお腹を抱えて大爆笑する中、小野さんは顔を真っ赤にしているだけで微動だにしない。すると、店員さんが小野さんからコテを奪い、慣れた手付きでそれなりに見える姿へと直してくれた。お好み焼きはぎりぎりこの世に踏み止まる。しかし、それからなぜか僕と塚谷が店員さんに説教される展開となった。

「あなたたち、小野リカさんがちょっと失敗したくらいで笑ったらだめでしょ」

 いやいや、僕が失敗したのを見て笑っていたのに。

「いいんです、いいんです。私たちは友人同士なので、気にしないでください」

 店員さんは、小野さんが僕たちに気を使ってそう言っているだけなのかもと、いまいち納得していなかったのだろう。言わなくてもいい事まで口に出す。

「えっ? マネージャーさんと付き人さんとかじゃないの?」

 こう言われて、塚谷は居ても立っても居られなくなったようだ。

「何を言ってるんですか。私たちは、どっからどう見ても仲良し3人組じゃないですか。それに、確かに私はマネージャーですけど、リカさんのマネージャーではなくて、ここにいる山田ひろしのマネージャーなんだから。別にちやほやしてくれなくてもいいので、私の大好きなひろしさんをバカにするような事は言わないでください」

 そして塚谷は下を向いて黙ってしまったので、少し気まずい雰囲気になってしまった。僕も小野さんも掛ける言葉が見つからない。店員さんは謝ってからその場を離れてすぐに、僕が注文していた焼きそばを持ってくると、お詫びにサービスするからとエビを5匹も付けてくれた。

 もともとあっさりした性格の塚谷は、エビの効果もあって、速攻でいつもの塚谷に戻ってくれた。店員さんも胸をなでおろしている。なので、何事もなかったかのように、この日の晩ごはんはとても楽しく過ぎていった。

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