表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/39

健二さんの隠された過去

「それじゃ、話ももうすぐ済むから、最後まで聞いてくれよな。彼女のお父さんとお母さんは確かに最初は俺たちの結婚に反対だったらしいけど、俺の初主演が決まる随分前には賛成に傾いていたんだ。なのに、当の彼女が結婚しないって言い出したうえに俺に会いたくもないから、来ても追い返すように頼んだと。彼女が亡くなって初めて、そんな事を言った理由が分かったらしい。それでも何かできたんじゃないかと後悔していたけどな。だけど、その時にはもっと大事な事があって……。もちろん生まれてきた赤ちゃんの事だ。彼女の両親はどうしても自分たちが育てたいから引き取らせてくれと頼むんだけど、俺だって大好きだった彼女とのかわいい赤ちゃんを引き取りたいと思った。でも考えてみれば、俺が一人で子供を育てるのは難しいし、俺はいいけど、その子が物心ついて俺の子だということで世間から注目されたら生きづらい。それに、彼女の両親は強引に引き取ることもできるのに、わざわざ俺に頭を下げてお願いしているんだ。この赤ちゃんにとっての最善は、彼女の両親のもとで育つ、という結論に至るのは自然のことだった」

 健二さんはさらりと話しているけど、当時は相当な葛藤があったのは、僕でもよく分かる。もし僕がその立場だったならとか想像すらできないくらい大きな決断だっただろうし、悲しくもあっただろう。そこから急に健二さんははにかんだように笑い付け足した。

「ただ一つだけ俺からお願いしたのは、この子が大きくなって自分の父親に会いたいと言ったら、会わせてくださいと。そう約束してもらってから11年経ったこの前、とうとう果たしてもらったのが、バスを運転しているひろしと会った前の日だったということさ」

 まさかそんな事があってあの日の早朝、健二さんがあんな所にいただなんて。あの時は、自分の事で精一杯だったし、そうでなくても聞かないと答えに導けなかっただろう。といっても、話を聞いて納得できたし、僕としてはそこまで驚くような事ではなかった。

 だけど、マスコミが知ったなら、喜んで大騒ぎするに決まっている。僕がバス運転士をしている事なんか比にならないくらいに。なにせ健二さんは、超がつく人気大物俳優なのだから。とはいえ、小さいながらも、僕だって内緒にしたい気持ちは健二さんとかわらない。少なくとも健二さんから僕の秘密は漏れないが、いつか誰かに気づかれるかもしれないという不安は常に付きまとうのに、さらに健二さんの秘密を抱えてしまった。

 もしここに塚谷がいなかったなら、重い空気の中、すき焼きなんて一口も食べられずに、なんて事を知ってしまったんだと頭を抱えていたかもしれない。塚谷がいるおかげで、健二さんの秘密なんてそんなに大した事ではないような気がしたし、なんとかなると思ったし、なるようになるさと気楽な気分でいられた。健二さんも僕と同じように清々しい顔をしていたし、話すことによって心の荷が少しは降りたはずだ。

 そして、塚谷は、塚谷は……説明するまでもない。

「健二さんの秘密を知っちゃったし、こんな美味しいすき焼きをご馳走になっちゃったから、健二さんにも私の秘密を教えてあげますね」と言って、塚谷は健二さんの方に行った。そして僕をチラチラ見ながら、僕には聞こえないように健二さんに耳打ちをする。すると、健二さんは、何かを必死に我慢し出した。

「はははっひひひっ……」

 なぜだか健二さんは大爆笑だ。塚谷も僕も驚くしかなかった。塚谷はすぐに怒り出したが。

「笑うなんて、健二さんひどい」

 顔を真っ赤にした塚谷は、すぐに僕の横に戻ってきた。そして、いかにも僕を味方にして一緒に健二さんに抗議をしたそうにしている。もちろん本気ではないだろうが。それでも、すかさず健二さんが謝ってきた。もちろん必死ではないが。

「美樹ちゃん、ごめん。秘密の内容で笑ったわけじゃないから。たぶんだけど、そんなの美樹ちゃんの周りの人はみんなが知ってるのに、と思ったらおかしくて。そうでもないのかなあ。ああ、でも、確かに約1名は気づいてないか。少なくとも、俺はすぐに分かったんだけど」

「えー、うそー。本当ですか?」

「優秀なマネージャーでも、自分の事は見えてないもんなんだね。でも、笑ったらだめだよな。本当にごめん。お詫びに、俺は美樹ちゃんの味方になるよ」

「ありがとうございます。私も、健二さんのファンになりますね」

「あ、ありがと。それにしても、約1名も早く気づけばいいのに。鈍感にもほどがあるよな」

「そ、そうなんですけど。気づかれても、私なんて……」

 急に塚谷の元気がなくなった。落ち込む塚谷も初めてかもしれない。

「塚谷君、食べすぎてお腹でも痛いの?」

「ひろしさんのバカっ」

「ひろし、お前たちはそんなに仲が良いんだから、名前で呼んであげな。これは俺の命令じゃなくてお願いだぞ」

「言い方がお願いじゃなくて命令じゃないですか。塚谷君にだって意見があるだろうし」

「ひろしさんは、私を美樹って呼んでください」

「決まりだな」

「分かりましたよ。美樹はもうお腹いっぱいになった?」

「何言ってるんですか。まだまだ食べるに決まってるでしょ。健二さん、早く追加の注文をしてください」

「こらこら、美樹。健二さんになんて事を」

「いいんだよ、ひろし。俺と美樹ちゃんの関係は、これが嬉しいよ。それに秘密を打ち明けて胸のつかえが下りたようだから、お腹もすごく空いてきたし。ひろし、お前はもういらないのか?」

「食べますよ。美樹に負けてられないですから」

「そうこなくっちゃな。急いで頼んでくるから、少しだけ待っててくれ」と言うが早いか、健二さんは脇目も振らず部屋から出ていってしまった。残された僕と塚谷は、とりとめもない話をして楽しく時間をつぶすことに専念するだけだ。しばらくすると、健二さん自らすき焼きの具材を運んできたが、健二さんのような大スターにここまでしてもらっても、なぜか後ろめたさが皆無だった。純粋に楽しかっただけだ。

 言うまでもなく、再び健二さんは鍋奉行と化す。そして食べごろとなって、今度は鍋奉行も一緒にすき焼きを味わおうとしたその時、健二さんの携帯電話が申し訳なさそうに鳴り響いた。目の前のすき焼きから目を逸らすのは、健二さんといえど難しい。それが証拠に、健二さんは、電話が鳴っているのを信じたくないのか、もしくは早く鳴り止むように祈っているようだ。

 しかし、携帯電話は鳴り止む気配を一向に見せない。しばしの葛藤の後、観念した健二さんは、箸を携帯電話に持ち替えた。

 健二さんが「中止?」とか「どうして?」とか言うのが聞こえたので、電話相手は仕事関係の人だろう。健二さんは話しながらも何か閃いたよいうで、たまに僕の方を見ながら「それなら心当たりがある」とか「予定通りでいこう」とか「安心しろ」とか「任せておけ」とか言って電話を切った。どう見ても僕に関係があるような仕草で話していたので、何か胸騒ぎが起こったが、そんなには悪い胸騒ぎではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ