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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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口止めは誰のために

 僕の車を塚谷が運転して、僕たち三人は健二さんが予約しておいてくれたお店に向かった。道中は、さすが人好きする二人だけあって、健二さんと塚谷はすぐに仲良くなり、ほとんど二人だけで話している。内容は、僕の事がほとんどだったけど。

 普段の僕だったら、このままドライブも悪くないだろうと思ったに違いない。おそらく、塚谷も。だけど、今日は大事な話があるのだ。小野さんの参加を拒絶したほどの。塚谷も健二さんも同じように考えてくれたようだ。

 気づけば、健二さんの完璧な道案内で、予約しておいた時間ちょどに、落ち着いた感じの小綺麗なお店に着いていた。何を言わずとも、すぐに当たり前に個室に通される。店員さんは、俳優の小林健二ではなく上客の小林さんとして接客してくれていた。第一印象から気持ちのいい店だ。

 個室に入るとすぐに、健二さんが「おまかせ」という感じで注文すると、店員さんは分かってますよと感じで返事をして去っていった。おそらく健二さんとは顔見知りだなと感じるが、だからって余計な事は話さない。さり気ない動きだけど、本当に好感が持てた。ついつい観察してしまったのは職業病なのもあるが、お店に入ってからここまでが快適だったからだろう。

 ただ、楽しかったのは、ここまでだった。本当は、何が食べられるのだろうかと期待でいっぱいになるところだ。だけど、急に我に返り、どういう順序で何をどのように話せばいいのだろうかと思うと、逆に何の言葉も出て来ない。そんな僕を見て察してくれたのか、健二さんが先に話しかけてくれた。

「ところで、聞くのを忘れてたけど、ひろしは明日休みなのか? そのー、両方とも」

「はい。撮影が伸びることも考慮に入れて、次の日は休みにしてあるんです。だから、バスの方は週に2日か3日だけにしてもらってるんですよ。空いている日に何をしてるとか詮索されるわけでもないし、融通を利かせてくれるしで、すごく働きやすいんですよね。塚谷君が見つけてくれたんです」

「そうなんだ。美樹ちゃんは何でもできるんだね。俺はひろしの知名度が全然ない時から、こいつは近いうちに絶対に出てくるって確信があったけど、こんなにも早く出てくるなんて、美樹ちゃんの努力も大きいんだろうな。俺のマネージメントも頼みたいけど、いいかな?」

「うーん、健二さんはまあまあ忙しそうだから……。私にはそこまでの時間はないかなあ」

「な、何を言ってるの、塚谷君。まあまあどころではなくて、健二さんは大忙しなんだよ。だから、マネージャーも一人二人どころではなかったでしょ?」

「そうなんですか。それじゃ、絶対に無理ですね。健二さん、ごめんなさい」

「ははは。冗談で言っただけだから大丈夫だよ。あっ、でも、美樹ちゃんのような優秀なマネージャーと仕事をしたいっていう気持ちは本音だから。といっても、今現在俺についてくれてるマネージャーだってなかなか優秀だけどな。十分満足してるし、感謝だってしてるんだぞ。それはそうと、ひろしの担当だったら、忙しくて他には全く手が回らないだろ?」

「いえいえ。そんなことないんです。ひろしさんはわがままだから、役者の仕事をあんまりしてくれないんですよ。だから主役級のオファーを断ってばっかりで。負け惜しみとかじゃないですからね」

「そうなのか、ひろし? 俺がひろしとのダブル主演で映画に出たいって、事務所に再三言ってるのに、どおりで実現しないわけだな。でも、理由が分かって安心したよ。もしかしたら俺はひろしに嫌われてるんじゃないかと思ってたから。本当だからな」

「健二さんを嫌いなわけないですよ。ただ、主役とかさせてもらうと、最低でも2、3ヶ月は大忙しになりますよね? その合間にバスに乗るとなったら、休みがまったくない状況になるのが目に見えてるんです。そうなると、どちらの仕事もいい加減なことになるでしょ? 俳優の仕事では、僕のせいで作品が下らないものなるでしょうね。バスの仕事の方は、最悪、事故を起こすまであると思うんです。せっかくの健二さんとのダブル主演は、言葉では言い表せられないくらいに光栄です。だからこそ中途半端な芝居はできません。そして、バス運転士を一生続けたいんです」

「健二さん、私も山田ひろし主演の映画やドラマを観たいのは山々です。マネージャーとしても仕事のオファーを断るのは、本当に心苦しいんです。だけど、ひろしさんが好きな事を思う存分楽しんでくれるのが、私の中の一番大事な事なんです。なので、ひろしさんがバス運転士をしているのを誰にも言わないでください。そして、ひろしさんがバス運転士をしているのを、他の誰にも知られないように、できる範囲でいいので協力してください」

 こんな真剣な表情の塚谷を見るのは初めてかもしれない。今日一日だけで、塚谷の怒った顔と真剣な顔を見るなんて思っていなかったが、驚きよりも嬉しさが勝っていた。と、感傷に浸っている場合ではない。

 少し立ち遅れた感はあれど、塚谷に続いて、僕からも健二さんにお願いした。お願いするまでもなく、健二さんの口が堅いのは分かっていたが、それが一応筋だろう。

「大丈夫だ。そんなに頼まれなくても、はなから誰にも話す気なんてなかったんだから。できる範囲で協力するのも約束するよ」

「ありがとうございます」

 話が一段落したところで、健二さんが注文したすき焼きがちょうど運ばれてきた。店員さんは襖の向こう側でタイミングを計っていたとは思えないが、もし仮に僕たちの話が聞こえていたとしても、頭に入れない努力をしてくれていただろう。店員さんとは初対面だけど、本当に信頼に値する人だと感じたから間違いない。万が一、うっかり記憶してしまったとしても、絶対に誰にも話さないのは断言できる。

 座卓の上に所狭しとすき焼きの材料を並べ、鍋に火をつけた店員さんは、本来なら調理してくれるのだろう。だけど、健二さんが当たり前に自分がするからと言ったので、あっさり退いてくれた。健二さんと店員さんの素振りから、いつものことなのだろう。バス運転士に関する僕の話はまだまだあるので、素直に安心してしまった。健二さんも分かっていたのだろうけど。

 鍋に火が通るまで、僕たちはなぜか無言で鍋を一心に見つめていた。僕と塚谷は、心底安心したのもあって、豪華なすき焼きに目を奪われていたのもある。なぜか健二さんがやけに神妙にしていたし。

 三人の中で最初に口を開いたのは、健二さんだった。思い出したかのように鍋奉行と化し、僕と塚谷に手出ししないように命令する。もちろん僕たちは二つ返事だ。再び、健二さんは神妙になる。すき焼きは、全く始まろうとしない。

 どれくらい経ったのだろうか。おそらく10数秒だろうけど、確信はない。健二さんは、意を決したかのようだ。すき焼きを作り始めると同時に、口を開いた。

「ひろし、今日お前が来てくれたのは、俺に口止めしたかったからなんだろうけど……」

「いや、まあ、その……。そうかもしれないです。すいません」

「いい、いい。別に責めてるんじゃない。実は、口止めをしたかったのは、俺の方なんだから。まあ口止めと言ったのは言葉の綾で、ひろしがいちいち俺の事をとやかく他人に言わないことくらいは知ってる。だけど、なんと言うか、ひろしは信用できるだろ。だから、俺の秘密を知っていてくれたら、万が一の時に協力してもらえるかなという姑息な考えがあって……。それで、お前をごはんに誘ったんだよ。本当はひろしと二人だけで来るつもりだったんだけどな。ひろしが美樹ちゃんを信用しているのが手に取るように分かったから、美樹ちゃんには悪いけど巻き込んでやれって感じだ。冷静にこんな風に考えられるようになったのは、今日の朝、ひろしと美樹ちゃんに会ってからだけどな。あの時は、頑張ってポーカーフェイスを作ってたけど、バスを運転しているひろしに気づいた時は、心臓が張り裂けそうだったんだからな。ひろしは俺に気づいてなかったみたいだから、声を掛けなかったら、何事もなく済んだかもしれなかったけど。だけど、不安を抱えながらひろしと仕事をするのは、俺には無理だしな。それで、自分から声を掛けてやれと思ったんだよ」

 何か思っていたのとは違う展開になってきた。確かに、考えてみれば、あんな所に健二さんがいたのは、それなりの理由があるはずだ。そしてそれは、俳優小林健二の将来を左右するほどに深刻なのかもしれない。健二さんの雰囲気が、そう語っていた。

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