健二さんと話せるのだろうか
塚谷は笑顔のまま助手席に座った。塚谷の笑顔と言葉で、僕も笑顔になっていた。塚谷の何気ない言葉は、いつも僕に自信をつけてくれる。塚谷は決してそんなつもりはないのだろうけど、一種の才能と言っていい。
やる気とは裏腹に全く仕事が増えない時は、自分に迷いがあったり、俳優として生きていくのに不安が大きかった。だけど、塚谷との出会いを境に、猪突猛進で俳優業に臨めるようになっていたのだ。根拠を上げろと言われればできないが、塚谷のおかげだと断言してもいい。
それまでは、俳優なのに、人目を気にしたり口下手を嘆き悲しんだりもした。なのに、今では、自分をアピールするために何か話さないととか思わないし、他人の評価も気にならなくなっている。塚谷と話していると、他の事なんて気にしている暇がないとも言えるが。
純粋にマネージャーとしても、塚谷は貢献してくれた。まるで予定されていたかのように、俳優の仕事が瞬く間に増えていくのだ。塚谷がどうやって僕を売り込んでくれたのかは分からないが、塚谷には、頼まれたなら断れない魅力がある。というのは身内贔屓なのだろうか。だけど、塚谷の一番の強みは、説明しようのない魅力だ。塚谷と話しているだけで楽しくなるのだ。見ているだけで、元気になるし。
なので、今日も塚谷に元気をもらいながら、当初の予定よりも随分早くテレビ局に着いた。早く着いたのは、言うまでもなく、健二さんと話すためだ。だけど、予想外というか誤算があった。健二さんだけが出演するシーンの撮影が始まっていたのだ。
僕の勘違いかもしれないけど、そのシーンは僕と健二さんと小野リカさんの3人のシーンが終わってから撮ると思っていたのに。と嘆いていても埒が明かない。楽屋で大人しく待っているのも落ち着かない。行動に移すのみだ。少しでも健二さんと話すチャンスはないかと、僕は塚谷を連れ、見学を兼ねてスタジオに入っていった。
「ああっ、あの人ですよ。昨日、私の邪魔をして健二さんに近づけないようにしたのは」と塚谷が発するとほぼ同時に、健二さんの付き人かマネージャーらしき人も、僕と塚谷に気づいたようだ。音もたてず足早に近づいてくると、申し訳なさそうな顔になって、塚谷と僕を交互に見ながらぎりぎり聞こえるような声で発した。
「昨日は本当に失礼しました。もしや、山田さんのお知り合いの方だったのですか?」
塚谷が何か話す前に、僕は一歩前に出て話す意思を示した。非常に珍しいことだ。
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。僕のマネージャーの塚谷が大変ご迷惑をかけました。焦った僕が何も考えずに無理なお願いをしたのが発端で、塚谷は本当は優しくて思いやりがあるんです。良くも悪くも一途でもあるので、困った僕のために少し冷静さを欠いたようですけど。悪いのは100パーセント僕なので、どうか塚谷を許してやってもらえませんか?」
「そんな、許すも何も。言ってくだされば良かったんですけど、知らなかったとはいえ、数々の失礼をお詫びいたします。なんとなく見たことがあったような気はしたんですけどね。はっきりしなかったので、てっきり、小林のストーカーか何かかと勘違いしてしまいました」の言葉を聞いた塚谷が、強引に入ってきた。
「ストーカー? ひどい。私はそもそも小林健二さんなんて全く知らなかったです。ひろしさん以外の俳優さんに全く興味ないんだから」
「しーっ、塚谷君、声が大きいよ。誤解は解けたんだし、後で昼ごはんをご馳走するから、機嫌を直してよ」
怒った塚谷を、初めて見たかもしれない。これはこれで新鮮で良かったし、あっさり笑顔になってくれたので安心した。たぶん、いや絶対に、今の塚谷君の頭の中は、いろいろな食べ物がこれでもかと溢れているのだろう。
そんな塚谷のためにも、昼ごはんをゆっくり食べられる時間を作ろう。NGを出さないのはもちろん、監督の納得のいく芝居をしなければならない。そのためには、どうしても健二さんと話しておきたい。
「今って、健二さんと話すことってできませんか? どうしても話したい事があるんです」
「もう少ししたら10分ほど時間ができるので、ここで待っていていただけると可能かと思いますよ」
「待ちます待ちます。良かった。でも、このシーンは今日の夜に撮るんじゃなかったんですか?」
「そうなんですよ。その予定だったんですけど、昨日急に小林自ら午前中に回したいって言ったんです。小林がこんなわがままを言うなんて珍しいので、是が非でも聞いてもらおうと必死でスタッフさんに頼むと、拍子抜けするくらいに即答だったんです。もちろん、OKと。皆さんも早く終わるのが嬉しいのかもしれないですね」
「そうだったんですか。健二さん自ら……」
なんとなくだけど、僕と関係があるのだろう。この付き人さんらしき人も理由は知らされていないはずなので、これ以上深く聞かない方がお互いのためだ。それよりも、せっかくの機会を活かして、久しぶりに健二さんの芝居を見学させてもらおう。
こうやって客観的に見る健二さんは、言葉では言い表せられない迫力がある。普通に感動するし、僕の勉強にもなる。ベタな言い方をさせてもらうと、人間小林健二は、正しく男が惚れる男だ。そんな健二さんと同じ時代に生きているだけで幸せだ。その上、一緒に芝居をできるなんて、きっと僕は前世で良い事をこれでもかと言わんばかりにしたのだろう。
と悦に入っている場合ではない。僕は健二さんの芝居を特等席で見学した。までは覚えている。いつしか僕は、映画館のスクリーンで健二さんを観ている。そんな何もかも忘れて映画に没頭していた僕を正気の戻したのは、監督の「カットー」という声だった。やはり監督の声は、僕の心に染みるのだ。
僕は気持ちを切り替え、健二さんへ近づいていった。できるだけ目立たないように。なのに、健二さんはあっさり気づく。健二さん以外の人は気にもしてないようなので、健二さんが鋭いだけなのだろう。そして、健二さんは身振りで待つように言って、軽快な足取りで近づいてきた。
「ひろし、おはよう。わざわざ俺の芝居を見に来てくれたのか?」
「おはようございます。それもありますけど、ちょっとお願いがありまして……」
「ああ、お前のことだから、あの事だな。俺は、ひろしが困るような事はしない。だから安心してくれていいけど、今日の撮影が終わったら、晩ごはんに付き合ってくれないか?」
「はい、喜んで。これで、さらに集中して今日の撮影に臨めますよ」
「ははっ、現金なやつだな。誘っても、いつも断るくせに。俺の誘いを簡単に断るのは、ひろしくらい……いや、リカなんて一度も来てくれたことがなかったかな」
「え? あの……小野リカさんも誘ってるんですか?」
「いやいや、今日は、ひろしだけだよ。その方がいいだろ?」
「はい。あっ、僕のマネージャーの塚谷も、ご一緒させてもらってもいいですか?」
「もちろん。ということは、そちらのかわいいマネージャーも事情を知ってるんだな?」
「はい。塚谷君のおかげで僕はやりたい事を自由にできるし、塚谷君のいない人生なんて考えられないくらいです」
「そっか。まあそのへんのところは、ごはんでも食べながら話そう。もう少し俺だけのシーンがあるから、もう行くぞ。あっ、共演シーンは、いつも通りの素晴らしい芝居を頼むぞ」と言うが早いか、健二さんはセットに向かってしまった。なので、僕は健二さんの背中に向かって心からのお礼を言うのが精一杯だった。これで不安はなくなったようなものなので、健二さんの期待に応えるべく、素晴らしい芝居をする自信が芽生えている。




