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4・旧友との再会

 市が立っていた昨日の喧騒が幻だったかのように、今日の大通りは人も馬車も、水路を往くゴンドラのように穏やかに流れている。


 ちょっと拍子抜けするような気持ちで大通りを横断すると、お目当ての建物が見えてきた。

 焔竜禍の後に建てられたという冒険者ギルドは、王立の庁舎にも引けを取らない立派な建築物だ。


 凝った飾りアーチを通り抜けると、集会所は冒険者たちで溢れかえっていた。

 広さといい、天井の高さといい、賑やかさといい、それはまるでダンスホールの様相だ。


 ワルツではなく立ち話に興じる人たちの間を縫って受付カウンターに辿り着く。

 そこで顔見知りの受付嬢に声を掛けてみたものの、「ただいま混みあっておりまして、お名前をお呼びするので待合でお待ちください」と、頭を下げられてしまった。


 仕方がない。お茶でも飲んで待つとしよう、と受付カウンターに背を向けると、受付嬢は「討伐クエストはこちら、狩猟クエストを受注される方は、あちらの列へとお並び下さい!」と、良く通る声で案内を始めた。これは少々時間が掛かりそうだ。


「空いてる席は、と……」


 参ったな。人気の喫茶店よろしく席の殆どが埋まってしまっているじゃないか。先に席を押さえてから受付に行けば良かった、なんてところもまでもが人気の喫茶店と同じだね。


 しかし、厄介事を取り扱っているギルドがこれほど盛況だということは、世の中には困っている人と、それを助けたいと思う人とで溢れているんだな。


 その割には人々の間に争いは無くならないという矛盾に、一種のアイロニーを感じてしまわなくもない。


「お、空いた」


 タイミング良く近くにいた二人組が席を立ったので、椅子取りゲームよろしく空いたソファに滑り込む。座面に先人の体温が残っていて微妙に気持ちが悪かったけど、座り心地はまあまあだ。


 これは『ウマ小屋』のソファよりも大分上等のようですな。ま、僕くらいになりますと、ヒジ掛けをニギニギするだけで分かっちゃったりするもんなんですよ。


 実はわたくし、家具には少々うるさい方でしてね。

 良い家具は人生を豊かにしてくれる、という信念を持っているんですよ。


 鑑定学を少しはカジっていた僕が見立てるに、このソファはまあ300Lくらいとして、『ウマ小屋』のは100L、特売セールで78Lといった具合の安物だ。


 では300Lのソファは100Lのソファの3倍優れているのか? みたいな不毛な議論は鑑定学の討論会でも度々交わされていたけど、家具の価値は値段だけで決められるものではない。


 このソファだって、リエッダ人における成人男性の平均身長ピッタリな僕には収まりが良いけれど、僕より頭一つ以上は飛び抜けているヴェイロンには確実に窮屈だろう。彼の場合は追加料金を払ってでも、自身の身体に合ったソファを購入するべきだ。


 そうすれば、より快適に飲酒を楽しめるだろうし、酔いつぶれてはソファごとひっくり返ってイーリスに心配されることも少なくなるはず。


 そして、その信念に基づいた鑑定眼は、数多の冒険者たちにも容赦なく注がれるのだ。


 あの人の長剣は仕立てが良い上に使い込んであるな。きっと腕の良い冒険者なんだろうな、とか。

 あの人の長槍は穂先と柄の繋ぎが随分と甘く感じる。それに、柄に巻かれた握りの白さからすると、まだ駆け出しの冒険者なのかな、とかね。


「ここ、空いてます?」

「ええ、どうぞ」


 そんなノリで、僕の向かいの席に座った人の装備にも、ついつい目が行ってしまう。

 ふむふむ、ちょっとばかり薄汚れた風体から察するにクエスト帰りなのでしょうか。

 さて、無造作に立てかけた杖から魔法使いとお見受けしますが、どれほどの物でしょう?

 ほほぅ、なかなか手の込んだ作りの良い杖ではないですか。これは良い仕事をしてますねぇ。

 どれどれ、杖の先端に嵌め込まれたシャードの色は……紫色か?


 これは珍しいな。紫色のシャードが得られるドラゴンは、大陸広しといえども僅か一種のみ。

 それは雷竜種の最上位に君臨する、恐るべき紫電を放つ紫電竜(ヴァイオラ)だ。


 もちろん、この杖の持ち主が紫電竜を倒したのかどうかは定かでは無いけれど、購入しようったってヴァイオラのシャードが市場に出回ることなんて殆ど無いから、そもそも値段の付けようが無い。それくらいにレアなシャードなんだ。


「どうだい、ロディ? その杖の鑑定額は、どんくらいになりそうかな?」

「いやあ、これほどの逸品、そう簡単には値付けなんて出来ないですよ……って?」


 どうして僕の名前を?

 杖の先から杖の持ち主へと視線を移すと、頭に布を巻いた髭面の南方人が、寛いだ姿勢のまま面白そうに僕の顔を見ている。

 ぱっと見、南方から来たれし預言者といった風体の人だけど、そんな偉大な知り合いは僕にはいない。しかも髭面のせいで年齢も掴みづらい。


「あのう……失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

「なんだよ、ロディ? 学院一の美男子と謳われた、この顔を忘れちゃったのかい?」


 顔? 学院一? 失礼だとは思いながらも、美男子と自称する男の顔を凝視する。

 モサモサの髭に埋もれて人相が読み難いが、やたら彫りの深いその顔は……


「もしかして……?」

「久しぶりだな、親友」

「うわあ! ナラハトだあ!」


 久しぶりに会う旧友の名を叫んだのと同時に立ち上がってしまった。

 彼の名はナラハト・ユガ。学生時代の親友(悪友?)だ。

 まさか、こんなところで再会するとは。


「どうしたロディ? ビックリ人形じゃあるまいし」

「え? ビックリ人形? って、なに?」

「知らないの? 指で押すと、ビョン! って跳びはねる、オレの地元で人気のオモチャ」

「知らないよ、そんなの……って、一年ぶりに再会して最初の話がビックリ人形って。相変わらず自由だね」 

「おう、オレは相変わらずの自由だぜ。しかしロディ、なんかお前、疲れてないか?」

「実は昨日の夜、サキュバスに襲われまして」

「マジか! 羨ましいな! 男の夢じゃんよ!」

「いや、サキュバスに襲われたというのは比喩的表現というか」


 事の顛末を掻い摘んで伝えると、ナラハトは「良いなぁ、羨ましい環境だなぁ」と唸った。

 羨ましい? 定期的に妙な料理を喰わされて、酔っ払った痴女に貞操を奪われそうになるような、あの環境が?

 正直、イーリスが居なかったら、僕は今ごろ不動産屋を巡っているところだよ!

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