5・自由人ナラハト
「しかし、そんな羨ましい目に遭うなんて、ロディも大人になった、ってことだなあ」
「羨ましいかどうかはとこかく、僕も18歳になったからね」
「遂にロディも成人したかぁ。そりゃあ、オレもオジサンになるわけだ」
いやいや、本物のオジサンを舐めちゃいけないよ。本物のオジサンは、もっともっとオジサンですよ。
と、ヴェイロンのだらしない姿を思い出す。
「待てよ、確かロディはオレの3歳年下だったから……あれ? オレって今、何歳だったっけ?」
悩ましい顔をして指折り数えるナラハト。
顔面の下半分を覆うヒゲのせいで年齢が読みにくいけど、僕の3つ上だから21か22歳くらいのはずだ。
学院にいた頃は"遊び人風優男"って感じだったのに、いま目の前に座っているナラハトからは、まるで巡礼者を率いる指導者みたいな風格すら漂っている。外見におけるヒゲの影響力って凄いね。あくまで見た目だけの印象だけど。
「ナラハトは、その様子だと旅でもしていたの?」
「ああ、あちこち見て回ってきたよ」
「あちこち? あちこちってどの辺のあちこち?」
「おうおう欲しがるねぇ、君ィ。そうだなあ……神樹の麓にある地底湖とか」
「神樹!? 地底湖!?」
「あと、オレの地元とか」
「オレの!? 地元!?」
「オレの地元で興奮するか? 残念ながら砂しかないぞ」
「ドラゴンは? ドラゴンいた!?」
「ドラゴン?」
ナラハトは何かを考える素振りをみせてから、うんうん頷いた。
「ま、それなりにいたな。しかし、相変わらずの竜狂いだな、ロディは」
「ふふっ、そんな竜狂いが幸いして、僕はいま『対竜研』で働いているのです」
「対竜研? 対竜研って、あの長ったらしい名前の?」
「長ったらしい名前の、対竜種装備技術開発総合研究所です」
「それって、もしかしてノーム族のリルリルさんが責任者をやってる研究所か?」
「え? ナラハトはリルリル室長を知ってるの? 知り合いか何か?」
「いいや。直接は知らない」
「じゃあ、どうして室長のことを?」
「カワイイからチェックしてた」
「……そういう所は全然変わってないね、ナラハトは」
「そりゃそうだ。オレはその為にはるばるリエッダまで出てきたんだからな」
ナラハトが遠くイシュラッドからリエッダにまで出てきた理由。それはお嫁さん探しだ。
初めて聞いた時には、何その理由? と、首を傾げたものだけど、ナラハトの嫁探しは中々どうして難しい話なのだ。
「んで、ロディは何しに冒険者ギルドに?」
「僕は職場のお使いで」
見られて困る物でもないし、クエストの依頼書をナラハトに渡して見せた。
さっきまでは巡礼者風だったのに、寛いだ姿勢のまま依頼書を眺めるその姿は、何だか隊商のリーダーみたいに見える。
「ふぅん。レイクサーペントの毒牙ね」
「研究用の試料だよ。慢性的に不足しているんだ」
「ちなみにロディ、報酬金は持って来ているのか?」
「もちろん。お金を預けないと依頼を受け付けて貰えないから当然持って来てるよ」
「どんくらいだ?」
僕は財布の中身を確かめるまでも無く、預かったのは1000Lだとナラハトに伝えた。
「1000Lだと、ギルドが2割はハネるとしても、報奨金は800Lってトコか。悪くないな」
リエッダでは普通に一日働いて得られるお金が100Lくらいだから、クエスト達成で軽く一週間分以上の実入りになる。
「なあ、ロディよ。そのクエスト、オレたちで受注しないか?」
「え……ちょっと何いってるのか分からないんですけど」
「なんで何いってるか分かんないんだよ。オレとお前でレイクサーペントをやっちまおう、って話だって」
「でも……」
「何ならオレとロディとで折半でも良いんだっての」
「折半……」
折半だと400Lが僕の懐に……それは心が揺らぐ金額である。
しかし、レイクサーペントはモート湖に現れる魔物の中では最も注意すべき危険な亜竜種だし、僕を戦力としてアテにされても困る。
その旨を伝えると、ナラハトは立てかけていた杖を手に取った。
「そんなのは百も承知さ。でもなロディ、オレの得意な魔法系統が何だったか忘れたのか?」
ナラハトが得意な魔法系統、それはズバリ雷撃系魔法だ。そして、雷撃魔法は水生魔物の弱点に他ならない。それは当然、レイクサーペントの弱点でもある。
「サクッといってドーンで終了だ。お前は付いてくるだけで丸儲け。悪い話じゃないだろ?」
「確かにそうだけど……でも、一人でクエストを受注すれば800Lはナラハトの手に入る訳でしょ? 僕と折半したら損にならない?」
「何だよ、暫く合わないうちに疑い深くなっちまったな。あの純粋無垢な可愛いロディは、どこに行ってしまったんだよ」
「別に疑ってなんかいないよ。ただ、ちょっと不思議に思ったんだ」
「不思議って何がだ?」
「だって、ナラハトの特になるような事が何も無いじゃないか」
「そんな事ないって。ほれ、あれ見てみろよ」
ナラハトが顎をクイっとさせた方へと目を向ける。受付に並んでいる冒険者たちの列は、さっきよりも短くなるどころか、むしろ伸びた気さえする。
「今からあの列に並ぶのは正直メンドい。だいたいオレは並ぶのキライ。そんなの自由じゃない」
「まあ、それは確かに」
「それにオレは『討伐者』だから、正直なところ、狩猟クエストは苦手なんだよね」
「ちょっと待って。実は僕、討伐者と狩猟者の違いが今ひとつ分かっていないんだ」
「そうなのか? まあ、冒険者ギルドに縁がなきゃ、知らないのも無理ないか」
「どっちも魔物を倒すんだよね?」
「うーん、その認識だと、ちょっと違うんだよな」
ナラハトは「よし。じゃあ、このオレが直々に説明してやるとするか」と、預言者風の顎髭を撫でつけた。




