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1・ボスの名は

 *



 思えば僕が卒業弁論のテーマに選んだのも『竜血晶(シャード)』について考察だったし、僕は何かとシャードとはご縁があるような。


 僕の生まれ育った北方リエッダを始め、ユーラスティア大陸全土で広くシャードは流通し利用されているんだけど、そもそもシャードとはドラゴンにとっての何なのか、といった肝心なことが今一つはっきりしていない。

 活用する方法は日進月歩に編み出されているのにも関わらず、判明している事実は思いの外に少ないんだ。


 そのもどかしさを学生時代の親友(悪友?)にぶつけた事がある。


「シャードとは何ぞや?」


 僕の疑問に悪友(親友?)は「石炭みたいなもんじゃないか?」と返してきた。


 言いえて妙だ。

 僕は石炭とは一体何なのか良く分からないままに、ただ寒いって理由だけでストーブに石炭を放り込んでいるではないか。

 その点だけでいえば、僕にとっては石炭とシャードは同じくらいに謎に満ちた物質ではある。

 だが、石炭は炭鉱を掘れば幾らでも出てくるのに対し、シャードはドラゴン一匹を倒しても手に入るかどうかは運次第だ。


 一般的なドラゴンは『ウマ小屋』くらいの大きさで……ああ、馬が住んでる方の馬小屋じゃなくて僕が住んでる方の『ウマ小屋』くらいの大きさって意味で……って、ややこしいな。

 まあ、ざっくり二階建ての家屋くらいのドラゴンから取れるシャードは、運が良くても小石程度の大きさのがせいぜい2、3個。それでも取れればまだいい方で。


 ただし、一匹のドラゴンからどれくらいのシャードが採れるかは、つい最近まで長年に渡り不明のままだったんだ。


 そんなのドラゴンを解体して、出てきたシャードを数えれば良いだけなのに、どうして正確な数が分からなかったのか?

 これが困った話なんだけど、シャードはその美しさと希少価値の高さから、相当な金額で取引されているんだ。

 詳しく調べてみないと正確な金額は出ないけど、例のワイワーム鍋から出てきた、あの極小サイズのシャードでも僕の給料の1か月分くらいはするんじゃなかろうか?


 あんなリンゴの種みたいなのが3000L(Lはリエッダ通貨の略)もするんだよ?

 そりゃあ不正行為に手を染めてでも欲しがる人が後を絶たない訳だよね。


 シャードは小さいから隠すのもスリ替えるのも簡単だし、数なんてごまかし放題だ。

 やっとの思いでドラゴンを倒したのに、シャードの奪い合いで討伐隊が全滅した、なんて笑えない話も聞いたことがある。


 そんなこんなで、一匹のドラゴンから採取できるシャードの数が判明したのは、7年ほど前にクラウディア女王が即位されてからのことだ。


 優れた政治家であり、カリスマ性に溢れた軍人でもあるクラウディア女王が、先王の失策から腐敗が進んでいた軍部を引き締めてくれたおかげで、書類の偽造や横流しに手を出すような不逞軍属が排除され、ようやく横槍が入ることなく研究者がドラゴンを調査できるようになったんだ。


 そこで分かったことは、『シャードは、元々一つの球体状の物質が砕けたことで生じた破片である』ということだ。


 便宜的に球体状の物質は『竜珠(オーブ)』と名付けられ、シャードの集合体であるオーブの正体を突き止めるための研究が始まった。

 ところが、不思議な事にどれほど丹念にドラゴンの死体を調べても、完全なオーブを再現するだけのシャードが見つからなかった。

 その点を踏まえて様々な仮説が立てられたが、現在最も有力とされているのは


・ドラゴンが生きている間はその体内にてオーブは球体を保っているが、生命活動を停止した際にオーブが砕けるのではないか?


 もしくは、


・オーブが砕けることがドラゴンの死を意味するのではないか?


 という2つの説だ。

 では、そうなると足りないシャードは何処に行ってしまうのだろう? 

 謎は深まるばかりだ。

 しかし、不確定な要素ばかりを並べ立てても進歩がないが、我々研究者は憶測や推測で判断を下してはならない。

 ならば、現在判明している事実を再度検証し、精査し、誤差を縮め、より確度を高めるのも研究にとって大いに意義のあることである。


 では、これまでに分かっていることを整理してみよう。


 身を飾る宝石としての価値もさることながら、竜の魔力を帯びたシャードには様々な利用方法がある。


 誰でも想像しやすいのは魔法使いの持っている杖に、いかにもな感じに取り付けられたあの石だろう。

 アレは雰囲気作りの役にも立ってはいるが、れっきとした魔力増幅器なのだ。


 例えば火竜の力が残された赤みを帯びたシャード、『炎晶(ファイアシャード)』は、火炎系魔法の威力を高めてくれる。


 また、シャードは色が濃ければ濃いほど、鮮やかであればあるほどに込められた魔力は強くなるようである。


 また、そこまでの魔力が得られないような小さな炎石でも、シャードの力を引き出す錬金術でもって精製すれば、それなりの熱を発するので、布に包んで懐に忍ばせておくなんて、温石のような使い道もある。


 他にも例を挙げるとすれば、氷竜のシャード『氷晶(アイスシャード)』は保冷剤として使えるし、風鳴竜のシャード『風晶ウインドシャード』は風を起こすので、部屋の隅にでも置いておくと空気を循環させてくれたりして便利である。


 ちなみに『鍋掴み』こと僕の義腕にもシャードが使われているんだ。

 何のシャードをどのように利用しているのかまでは分からないけど。


 そして今、僕がギンギンになって書き上げてしまった報告書を熱心に読んでおられる、このお方こそが『鍋掴み』の製作者であり、稀代の錬金術師『リルリル室長』であらせられる。


 そこそこ広いはずの執務室にも関わらず天井に届くほどの本棚に周囲を囲まれているせいで、押し潰されそうな圧迫感を感じる。


 いや、プレッシャーを発しているのは本棚だけでは無い。


 小柄な女性といえどもリルリル室長は『対竜装備総合技術開発研究室』の最高責任者であり、すなわち僕らのボスなのである。


「報告書を読むだけでは、俄かには信じられない話ではありますね」


 否定的とも取れる固い口調に臆することなく懐から例のシャードを取り出すと、リルリル室長は読みかけの報告書から顔を上げた。


 外見のみを語るならば、室長はイーリスとそう大して変わらない年頃の、いかにも利発そうな顔をした少女にしか見えない。

 ただし、長く伸ばした髪の左右からヒョコっと突き出たタレ耳が、リルリル室長が人間族ではなく『ノーム族』であることを証明している。


 実は僕がリルリル室長と出会ったのは随分と昔のことで、僕が8歳くらいの頃に最初の義手を作って貰って以来だから、彼女とはかれこれ10年来の付き合いになる。

 だというのに、彼女の外見は髪型を除いて、出会った当時と殆ど変わりがないように見える。


 土の精霊が肉体を得たのがノーム族だといわれているが、彼らは僕ら人間族の3倍は長く生きるという。

 単純に考えてノーム族の寿命は人間族の3倍となると、僕の10年はリルリル室長にとっては精々3年少々、なんて計算になるのだろうか? そうなるとリルリル室長は僕より何歳も……いや、もしかしたら何倍も年上なのかも知れない。


 そんな年齢不詳のリルリル室長が難しい顔をして報告書を読んでいても、イーリスが苦手な算数に頭を悩ませている姿と大して変わりがないようにも見える。


 だが、こう見えても彼女はシャード研究の第一人者なのだ。

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