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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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8/11

第8話「木炭を作ろう」

 朝の光が鍛冶屋の屋根を温める頃、上津一は失敗した炉の残骸を眺めていた。

 黒い塊がまだそこにある。酸化鉄と炭素が固まったもの。鉄ではない。

 原因は分かっている。火力だ。薪では温度が足りなかった。木炭が必要だ——そこまでは昨日の時点で結論が出ていた。

 問題は、木炭の作り方を上津一が詳しく知らないことだ。

 知識としては持っている。木を蒸し焼きにして炭化させる。密閉した窯に木を詰めて、空気を制限しながら高温で焼く。それくらいは分かる。しかし実際に窯を作って炭を焼いたことは一度もない。ラノベで読んだ知識と、テレビで見た映像の断片があるだけだ。

 これは丸投げ案件やな。

 上津一は清々しい速さでそう結論した。できないことはできる人間に頼む。それがセミリタイアトレーダーとして生きてきた人間の合理的な判断だ。

 そこでサーラの記憶が動いた。

 北東の山岳地帯。森の奥、標高の高いところ。古い付き合いのある一族。

 ドワーフや。

 記憶を手繰ると、霊獣サーラとして何度も行き来した場所がある。森の北東、クレーターの縁に建ち並ぶ小さな家々。林業と木工で生計を立てる一族で、木炭を作っていた。サーラの縄張りの中に住む代わりに、長年良好な関係を保ってきた。

 木炭職人がいる。

 上津一はバリーの方を向いた。


「バリー、木炭作り用の窯を作っといてくれ。俺は材料を調達しに行ってくる」

「窯?」

「斜面を掘り込んで、卵みたいな形の半地下の窯や。正面に焚き口、上か後ろに煙突口。粘土と石で作れる」


 バリーが腕を組んで考えた。


「分かった。どのくらいの大きさだ」

「人が一人入れるくらいあれば十分や」

「いつまでに必要だ」

「今日中に帰ってくるつもりやけど、まあ急がんでええ」

「今日中に、か」バリーが上津一をじっと見た。「本当に帰ってくるのか」

「帰ってくるって。今回はちゃんと帰ってくる」

「前回もそう言っていた気がするが」


 上津一はその言葉を無視して翼を広げた。

 今日こそシルに怒られないようにしよう——と思いながら、空に舞い上がった。


 北東に向かって飛ぶと、すぐに景色が変わってきた。

 森が深くなり、木々の高さが増す。地面の標高が上がるにつれて、空気の温度が下がっていく。ラナン領は温暖な気候だが、山岳地帯は別だ。夏でも朝晩は冷え込み、冬には東北並みの雪が降るとサーラの記憶が告げていた。

 やがて眼下に、独特の地形が見えてきた。

 すり鉢状の窪みだ。遥か昔に小さな隕石が落ちて出来たクレーター。その陥没地形の縁に沿うように、小さな家々が並んでいる。クレーターの中心には池があり、西へ向かって細い川が流れ出している。材木を筏で運ぶための水路だ。

 集落全体が天然の防壁に守られている、という発想は面白い、と上津一は思った。外敵が来ても、縁の上から守りやすい。なかなか賢い立地だ。

 広場に降り立った瞬間、声が上がった。


「おお、サーラ様だす!」

「久しぶりだすなあ!」

「何年ぶりだすか!」


 どこからともなくドワーフたちが集まってくる。背が低く、体格がごつい。男も女も、みな元気がいい。昼間だというのに、何人かは木の杯を手に持っていた。

 上津一はテレパシーで拾える感情に目を丸くした。

 純粋な喜びだ。警戒も畏怖もほとんどない。霊獣に対してこれほど気さくな感情を向けてくるのは、チドカ村の村人たちも良い人達だが少し違う。

 なんや、この人たち——めちゃくちゃ好きやな。

 上津一の胸の奥に、懐かしいような感覚がじわりと広がった。この騒がしさ、この遠慮のなさ、昼間から酒を飲んでいる陽気さ——大阪の商店街みたいや。

 セミリタイアしてから、大阪の喧騒から離れた生活を選んだ。静かな方が好きだと思っていた。しかし今、この騒がしさを肌で感じると、どこか懐かしくて、少しだけ胸が痛くなった。

 もう戻れない場所の匂いがした。


「村長はどこにいる?」と上津一が訊くと、近くにいたドワーフのおばあさんが「酒場だす!」と即答した。

 昼間なのに。


 酒場は集落の中ほどにある、天井の低い建物だった。

 扉を開けた瞬間、煙と酒の匂いが出迎えた。昼間だというのに席がほぼ埋まっていて、あちこちで話し声が飛び交っている。

 奥の席に、白髪の老人が座っていた。

 ごつい体格に深く刻まれた皺、しかし目だけが若々しく光っている。三百十歳——人間換算でざっと七十歳台後半か八十歳くらいの見た目だが、その眼光に衰えはなかった。


「サーラ様! 久しぶりだす!」


 村長ゾイドが立ち上がり、大きな手を差し出してきた。握手を求めているのだろうが、上津一には手がない。爪の先をそっと差し出すと、ゾイドが豪快に笑って両手で包むように握った。


「元気そうだすなあ。何年ぶりだす?」

「まあ、色々あってな。久しぶりや」

「まあ座るだす! まず飲むだす!」

「俺、飲め——」

「まあ飲むだす!!」


 断れなかった。

 テーブルに杯が並び、ドワーフたちが集まってきて、いつの間にか宴会が始まっていた。上津一は飲めないので食べ物の方をつついていたが、ゾイドが話し出すと止まらなかった。森の話、昔の話、材木の話、クレーターの池の話——三百年分の話というのは、そう簡単には終わらない。

 上津一も気づけば話し込んでいた。

 気づいた時には、外が暗くなっていた。

 あ。

 今日中に帰るって言ったな。

 しかし体が動かなかった。正確には、この雰囲気を切り上げる気力が出なかった。ゾイドの話が面白すぎた。

 気が付くと、ゾイドの家の客間で夜が明けていた。


 朝の光が窓から差し込んで、上津一の意識が戻った。

 ……またやってしまった。

 シルの顔が浮かんだ。怒ってるやろなあ——と思いながら、上津一はゾイドの家を探した。

 台所でゾイドがパンを焼いていた。


「目が覚めたかだす。朝飯食うだす」

「ゾイド、本題を話していいか」

「食いながら聞くだす」


 上津一は昨日から温めていた話を切り出した。チドカ村での鉄作りの試み、たたら炉の構築、七十時間の製錬、そして失敗——薪では火力が足りなかったこと。木炭が必要なこと。

 ゾイドは黙って聞いていた。パンを齧りながら、目が段々と細くなっていく。


「木炭職人を一人、貸してもらえないか。しばらくチドカ村に来てもらいたい」


 ゾイドが顎を撫でた。


「ゾガのとこに行くだす。あいつが一番腕がいいだす」


 木炭職人の作業場は、集落の外れにあった。

 斜面を掘り込んだ半地下の窯が二基、その前に木材が山積みになっている。煙突から細い煙が上がっていて、独特の焦げた香りが漂っていた。

 作業場の前に、二人のドワーフがいた。

 一人は背が低く、体がごつく、頭が禿げ上がっていた。顎から胸元まで黒いモジャ髭が広がっている。年齢二百二十歳——人間換算で五十五歳くらいの見た目だが、動きに無駄がない。職人の体だ。これがゾガだろう。

 もう一人は同じく背が低くごつい体格だが、黒い髪が頭に残っており、髭がない。若い——八十歳、人間で二十歳くらいの見た目だ。目が大きくて、好奇心が顔ににじみ出ている。

 ゾイドが紹介した。


「木炭職人のゾガだす。弟子のゾジルだす」

「サーラ様……本当にサーラ様だすか」とゾガが頭を下げた。「噂は聞いとるだす。最近チドカ村に顔を出してるって」

「色々やっとってな。実は頼みがあって来た」


 上津一は話した。鉄作りの経緯を、できるだけ丁寧に。青銅と鉄の違い、たたら炉の構造、七十時間の製錬、そして薪では足りなかった火力のこと。


「木炭なら千二百度以上出せる。薪では届かない温度に届く。そやからゾガ、チドカ村に来て木炭を作ってほしい」


 ゾガが腕を組んだ。


「木炭職人ってのは、炭を焼く仕事だす。鉄作りの手伝いは……専門外だすな」

「炭を焼くだけでいい。鉄作りはバリーがやる」

「バリー?」

「チドカ村の鍛冶屋や。腕のいい男だ」


 ゾガは少し考える顔をしたが、首を縦には振らなかった。木炭職人としての誇りがある。自分の仕事の範疇を外れることへの抵抗感が、テレパシーで伝わってきた。

 しかしその隣で、ゾジルが全く違う感情を放っていた。

 ワクワクが、滲み出ている。


「サーラ様!」ゾジルが前に出てきた。「鉄って、本当に青銅より強いんだすか?」

「比べ物にならんくらい強い」

「どのくらい強いんだすか」

「同じ厚さで、硬さが三倍以上は違う。刃物なら切れ味が段違いで、農具に使えば畑仕事の効率が全然変わる。武器に使えば——まあ想像通りや」


 ゾジルの目が輝いた。


「それを木炭で作れるんだすか!」

「木炭の火力があれば、できる可能性が高い」

「行きたいだす! 俺、行きたいだす!」

 ゾガが「ゾジル」と低く言った。

「でも師匠、青銅より強い金属だすよ! 俺たちの木炭が、新しい金属を生み出すんだすよ!」


 ゾガがため息をついた。しかし怒る顔ではなかった。弟子の熱量に、どこか嬉しそうな色が混じっていた。


「……お前が行くなら、俺は村に残るだす。どうせお前一人の方が話が早いだす」

「行っていいだすか!」

「行ってこいだす。ただし、木炭職人の仕事を恥ずかしくないようにやってくるだす」

「任せるだす!」


 問題は、移動方法だった。

 チドカ村まで山道を歩けば丸二日かかる。上津一が運べば速いが——


「俺が飛んで連れて行く。背中に乗れるか?」


 ゾジルの顔から血の気が引いた。


「……飛ぶ、だすか」

「怖いか?」

「だ、大丈夫だす! ドワーフは怖いものなんてないだす!」


 明らかに強がりだった。テレパシーには恐怖が筒抜けだ。

 ゾジルが荷物をまとめ、上津一の背に捕まった。小さいが重い。ドワーフというのは密度が高いらしい。

 翼を広げた。


「い、行くだすか? 今すぐだすか?」

「行くで」


 跳んだ瞬間、ゾジルが「ひいぃぃ」という声を上げた。


 上昇するにつれてゾジルの声が高くなっていく。羽に爪を立てているのが分かる。


「力抜いて、落ちへんから」

「落ちたら死ぬだす!!」

「落とさんって」


 しかしゾジルは全く信用していなかった。背中にしがみついたまま、「ひいぃ」と「だす」を交互に繰り返しながら、チドカ村まで全行程をそのまま固まっていた。


 チドカ村の広場に降り立つと、ゾジルがずるずると地面に崩れ落ちた。


「……着いた、だす」

「着いたで」

「も、もう二度と飛ばないだす……」


 ゾジルが芝の上に大の字になっているところへ、足音が近づいてきた。

 シルだった。

 隣にアキレアもいる。二人が上津一を見た。次にゾジルを見た。また上津一を見た。


「サーラ様」シルの声が、いつもより半音低かった。「昨日、今日中に帰ってくるとおっしゃっていましたよね」

「まあ、色々あってな」

「今日中に、とおっしゃっていましたよね」

「ゾイドの話が長くて——」

「泊まってきたんですか」


 言い訳が思いつかなかった。

 アキレアがゾジルを見下ろした。芝の上でヘロヘロになっているドワーフと目が合った。


「あなたは誰ですか」

「ゾジルだす……木炭職人だす……空は、もう、いいだす……」


 アキレアが上津一を見上げた。


「ドワーフの方を連れてきたんですね」

「まあ、必要な人材やから」


 シルがため息をついた。怒っているのだが、どこかに諦めが混じってきている。この数日で学習してきたのだろう。


「……ゾジルさん、立てますか。家に来てください。お茶を出します」

「あ、ありがとうだす……」


 ゾジルがふらふらと立ち上がり、シルの後についていく。

 上津一はその背中を見ながら、心の中でそっと手を合わせた。

 すまんシル。でも今度こそ、鉄ができるかもしれん。

 広場の朝の光の中で、上津一はそう思った。


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