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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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第7話「鍛冶屋と砂鉄からの鉄作り❷」

 三日後の朝、上津一はバリーの鍛冶屋へ向かった。

 扉を開けた瞬間、空気が違った。

 いつもの鋳造の熱とは別の、準備が整った場の緊張感がある。テレパシーで拾えるバリーの感情は、普段の粗削りな雰囲気の奥に、静かな興奮が燃えていた。職人が本気になっている時の感情だ。

 挨拶もそこそこに中を見回すと——炉があった。

 上津一は思わず足を止めた。

 鍛冶屋の奥、一番広いスペースに、粘土と石で積み上げられた塔が立っていた。高さは人の背丈ほど。円筒状の炉が粘土で丁寧に塗り固められ、側面の下部には送風口が開いている。横に鞴が置かれ、その口が送風口に向いていた。上部には投入口。最下部にはスラグと鉄塊を取り出すための開口部。

 上津一が説明した構造を、バリーとトリが三日でここまで仕上げた。

 上津一が昔テレビで見た奥出雲の「日刀保たたら」に比べれば、子どもの工作のような小ささだ。しかし基本的な構造は、確かにたたら炉のそれだった。


「バリー、これ三日で作ったんか」

「息子と二人でやった。文句あるか」

「文句どころか、惚れ惚れするわ」


 バリーが鼻を鳴らしたが、テレパシーには満足感が滲んでいた。トリが照れたように炉の方に目を向けた。

 炉の傍には、バケツ半分の砂鉄と、山積みの薪が用意されていた。


「じゃあ、始めよか」


 上津一は説明しながら作業を進めた。


「まず砂鉄と木炭を——」


 言いかけて止まった。

 薪だ。薪が積んである。木炭がない。

 上津一は一瞬考えたが、まあやってみよう、と思った。理論上は温度が足りないかもしれないが、実際にやってみなければ分からないこともある。それに、失敗から学ぶことの方が多い場合もある。


「砂鉄を投入口から少しずつ入れて、薪を交互に重ねていく。鞴で風を送りながら、火力を上げていくんや」


 バリーが火をつけた。薪が燃え始め、炉の内部に熱が籠もっていく。トリが鞴を押し始めた。

 ごおっという低い音が炉の中から響いた。

 送風するたびに火力が上がる。炉の周囲の空気が揺らめき、熱波が顔に当たる。バリーが砂鉄を投入口から少しずつ流し込んだ。


「このまま続けるんですか」とトリが鞴を押しながら訊いた。

「ああ。交代しながら、火を絶やさずに続ける。長くなるぞ」

「どのくらいですか」


 上津一は少し間を置いた。


「三昼夜や」


 トリの手が一瞬止まった。バリーが「そうか」とだけ言った。


 七十時間が始まった。

 昼も夜も、炉の火は燃え続けた。バリーとトリが交代しながら鞴を押し、薪を補充し、砂鉄を流し込む。上津一は傍で火の状態を見ながら、時折指示を出した。

 夜中の作業は静かだった。

 村が寝静まった中で、炉だけが赤く燃えている。トリが黙々と鞴を押す音と、薪がはぜる音だけが響いた。上津一はその光景を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。十二歳の少年が、眠い目をこすりながら七十時間の作業をやり遂げようとしている。

 二日目の夜中、トリが鞴を押しながらぽつりと言った。


「サーラ様、鉄が出来たら、何が作れますか」

「なんでも作れる。農具、建築の道具、刃物——青銅より遥かに丈夫なものが」

「剣も?」

「剣も作れる。ただそれより、鎌や鍬の方が先やと思うけどな」


 トリが少し笑った。


「父さんは絶対、剣を作りたいと言います」

「まあバリーらしいな」


 三日目の夜明け方、バリーが「もうすぐだ」と低く言った。

 炉の下部から、ドロリとした光るものが少し滲み出ていた。スラグだ。そしてその下に、何か固まりつつあるものがある。

 七十時間が終わった時、バリーとトリは炉の前に並んで立っていた。二人とも顔が煤けて、目が赤い。しかし立ち姿に疲れよりも達成感があった。


「やった」とトリが小さく言った。

「ああ」とバリーが答えた。


 上津一も、素直に嬉しかった。

 三人で顔を見合わせて、誰ともなく笑った。バリーが珍しく、声を上げて笑った。


 炉が冷めるまで数日かかる。

 その間、バリーが「今夜は飲む」と宣言した。上津一に拒否権はなかった。

 バリーの家のテーブルに麦酒と食べ物が並び、三人の宴会が始まった。バリーが上機嫌で語り、トリが相槌を打ち、上津一が時々関西弁で突っ込む。気づけば深夜になっていた。

 翌日も、その翌日も、同じパターンが繰り返された。

 三日目の夜、上津一はふと気づいた。

 シルに何も言ってなかった。

 テレパシーを村の方向に向けると、かすかに心配と呆れが混ざった感情が届いた気がした。気のせいかもしれない。しかし気のせいではないかもしれない。

 まあ、炉が冷めたら帰ろう——と思いながら、上津一はまた話の続きに戻った。


 四日後の朝。

 炉が冷え切ったのを確認して、バリーが下部の開口部を崩した。

 中から出てきたものを、三人で囲んで見つめた。

 黒かった。

 金属の輝きがない。ずっしりとした、黒く固まった塊だ。表面がざらついていて、所々に赤茶色が混じっている。

 上津一は塊を爪でつついた。硬いが、金属の硬さではない。もろい。断面を見ると、炭素が混じったような黒ずみ方をしている。

 失敗や。

 すぐ分かった。


「これは……鉄ではないですか」とトリが静かに訊いた。


 上津一は少し考えてから答えた。


「完全な鉄ではないな。酸化鉄と炭素が固まったものや。金属鉄まで還元できてない」

「なぜですか」とバリーが低く、しかし責めるわけでもなく訊いた。


 上津一は炉を見た。薪の燃えかすが残っている。そこで気づいた。

 火力や。

 たたら製鉄に必要な温度は千五百度前後。薪の燃焼温度は精々千度程度だ。鞴で風を送って上げたとしても、限界がある。木炭なら千二百度から千五百度まで届く。乾留して不純物を取り除いた木炭は、薪とは火力が根本的に違う。


「薪では温度が足りんかった。木炭が必要や」

「木炭?」バリーが眉を上げた。「炭なら使ったことはあるが、あれは自分で作れるものなのか」

「作れる。木を蒸し焼きにするだけや。ただ、やり方がある」


 バリーが腕を組んだ。失敗の悔しさが顔に出ているが、それより先に次への興味が上回っている。この男のこういうところが、上津一は気に入っていた。


「教えてくれ」

「ええよ。ただ今日は一回帰る」

「なぜだ」

「シルに怒られる前に、顔出しとかんとな」


 バリーがぷっと噴き出した。霊獣が村の子どもに怒られるのを恐れている、というのが可笑しかったのだろう。

 上津一は鍛冶屋を出て、村の中へ向かった。


 シルは広場にいた。

 アキレアと並んで座って、何か話していた。上津一の姿を見た瞬間、二人がこちらを向いた。

 アキレアがため息をついた。


「また泊まってきたんですか」

「鉄作りで色々あってな」

「どうなりましたか」とシルが訊いた。声は穏やかだが、目がじっとしている。

「失敗した」


 シルが少し目を丸くした。


「サーラ様でも、失敗するんですか」

「するよ。でも原因は分かったから、次は違うやり方でやる」


 シルがしばらく上津一を見てから、小さく頷いた。


「……今日は、ちゃんと帰ってきてください」

「帰ってくる」


 アキレアが「本当ですね」と念を押した。

 上津一は「ほんまに」と答えた。

 広場の朝の光の中で、次は木炭や——と上津一はすでに次のことを考えていた。


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