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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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第6話「鍛冶屋と砂鉄からの鉄作り➊」

 シルの家の軒下で、夜風が静かに流れていた。

 上津一はバリーの家から戻った夜、眠れずにいた。いや、正確には眠るという概念が今の体にあるのかどうかも怪しいが、意識が冴えて止まらなかった。

 鉄や。

 脳の中で、記憶が勝手に引き出しを開け始めた。昔読み漁った本の数々——刀鍛冶の技法、たたら製鉄の歴史、日本刀の製造工程を解説したラノベの番外編、砂鉄採取の民俗学的考察。オタクというのは役に立たない知識を無限に積み上げる生き物だと思っていたが、まさか異世界でそれが息を吹き返すとは。

 砂鉄の集め方、ざっと考えて二つある。

 一つは磁石を使う方法。現代なら強力なネオジム磁石があれば話が早い。砂の上を磁石で撫でるだけで、砂鉄がべったりくっついてくる。しかしこの世界に強力な磁石があるかどうか——おそらくない。

 もう一つはパンニング皿を使う、昔ながらの方法。砂金採りと同じ要領だ。砂と水を皿に入れてゆすり、比重の重い砂鉄だけを底に沈めて集める。道具さえ揃えれば誰でもできる、原始的だが確実な方法だ。

 まあ、パンニング皿かな。

そう結論を出したところで、上津一の意識はようやく落ち着いた。星空の下、軒先でじっとしながら、明日の段取りを頭の中で組み立てていった。


 翌朝、バリーの鍛冶屋に顔を出すと、親子が二人で待ち構えていた。

 トリが目の下に隈を作っている。昨夜も考えていたのだろう。十二歳がそういう顔をしていると、微笑ましいというより少し申し訳ない気持ちになった。


「道具を用意してほしいものがある」と上津一が言うと、バリーが「言え」と短く返した。

「まず、木で作った浅めの皿。できるだけ平らで、縁が少し立ち上がってるやつ。次にシャベルかスコップ、それとバケツ。それだけでいい」

「皿というのは、どのくらいの大きさですか」とトリが訊いた。

「両手で持てるくらい。丸くなくてもええ」

「今日中に作ります」


 バリーが木材の棚を漁り始め、トリが削り道具を取り出した。この親子、仕事が早い。

 午後には全て揃った。

 三人で川へ向かった。

 村の南を流れる川は、山からの雪解け水が混じっていて、夏でも冷たい。流れの速いところと緩いところが交互にあり、カーブの内側に砂が溜まっている。

 川岸に着くと、バリーが皿とバケツを地面に置いて腕を組んだ。


「で、これでどうやるんだ」

「まず、黒っぽい砂が目につく場所を探すねん」と上津一は言いながら、川岸を歩いた。

「砂鉄は普通の砂より重いから、流れが緩くなるところに溜まりやすい。カーブの内側とか、石の裏とか」


 テレパシーは生き物にしか使えないが、サーラとして長年この川を見てきた記憶がある。川の流れの読み方は、五百年分が体に染みていた。

 カーブの内側の砂を手でかき混ぜてみた。黒い粒が混じっている。


「ここや」


 バリーがスコップで砂をすくい、バケツに入れた。上津一が木の皿に砂と水を移して、ゆっくりとゆすり始めた。


「こうやって皿を傾けながら、上の軽い砂を水と一緒に流し出す。重い砂鉄は底に残る」


 バリーとトリが覗き込んだ。皿の中で砂が水と共に流れ出していき、底に黒っぽい粒が残っていく。


「黒い」とトリが言った。

「それが砂鉄や。こうやって少しずつ集めていく」


 バリーが「なるほど」と低く呟いて、自分でも皿を手に取った。最初はぎこちなかったが、数回繰り返すうちに手つきが様になってきた。職人の習得が早い。


「あとは根気や。俺はちょっと用事があって、取りに行ってくる」

「用事?」とバリーが眉を上げた。

「必要なもん、取りに行ってくるわ。すぐ戻る」


 上津一が翼を広げて飛び立つと、バリーが何か言いたそうな顔をしていたのがテレパシーで伝わったが、無視した。

 サーラの記憶を手繰りながら、森の奥へと向かう。

 この辺りの地形は五百年分頭に入っている。北の山を目指して飛ぶと、森が深くなるあたりに、岩肌が露出した地帯がある。花崗岩の地域だ。

 花崗岩地帯には磁鉄鉱が伴われることがある——それはラノベの知識ではなく、高校の地学の記憶だった。IQが高いというのは、こういう時に役立つ。忘れたと思っていた知識が、必要な瞬間に浮かび上がってくる。

 磁鉄鉱は天然の磁石だ。正確には、酸化鉄の一種である磁鉄鉱が自然に磁化したもの——ロードストーンと呼ばれる。真っ黒で、ずっしりと重い。見た目だけでは他の黒い石と区別がつきにくいが、磁力を持っているかどうかで判断できる。

 目的地に着くと、確かに灰色がかった花崗岩の露頭があった。

 よし、ここや。

 上津一は岩場に降り立ち、黒い石を探し始めた。様々な石が転がっているが、黒くて重そうなものを選んで爪で確認していく。人が持てそうなサイズのものを選びながら、数十個を翼の付け根に抱えた。重い。これだけあれば何個かは磁鉄鉱のはずだ。

 川へ戻った。


 バリーとトリは黙々と皿をゆすっていた。

 バケツの底に黒い砂が薄く積もっている。上津一が飛び立ってからかなりの時間が経ったはずだが、量はまだ少ない。


「結構時間経ったのに、こんだけか」

「思ったより大変だな」とバリーが額の汗を拭いた。「これを炉一杯分集めるとなると……」

「まぁええわ。こっちも試してみよか」


 上津一は採ってきた黒い石を川岸に並べた。バリーとトリが首を傾けながら見ている。


「なんですか、これ」とトリが訊いた。

「磁鉄鉱かもしれん石や。バケツの砂に近づけてみる」


 一個目。何も起きなかった。

 二個目。何も起きなかった。

 三個目、四個目——何も起きない。ただの黒い石だ。

 バリーが少し疑わしそうな顔になってきた。上津一も少し焦り始めた。全部外れやったら恥ずかしいな——

 七個目。

 バケツに近づけた瞬間、黒い砂粒がひと房、石の表面にくっついた。

 上津一は内心でガッツポーズした。


「ほら」


 バリーが目を見開いた。トリが「あっ」と声を上げた。

 石を離すと砂がぱらりと落ちる。近づけるとまたくっつく。バリーが自分の手で石を取り、バケツに近づけてみた。砂がくっついた。


「……石が、砂を引き寄せてる」

「磁力や。この石は鉄を引き付ける力を持っとる。砂鉄の採取に使えば、パンニング皿より早い」

「こんなものが自然に……」とトリが呟いた。目が完全に研究者のそれになっている。


 残りの石を順番に試していくと、三十個ほどの中から磁力を持つものが六個見つかった。

 バリーがその一個を手の平に乗せ、しばらく黙って見つめていた。職人が新しい素材と出会った時の顔だ、と上津一は思った。好奇心と計算が混ざった、静かな興奮の顔。


「これを使って砂鉄を集め、鉄を作る」

「そうや」

「やってみる価値は十分ある」


 バリーが立ち上がり、川に向き直った。磁石を水の中に差し入れると、砂鉄がじわじわと表面に吸いついてくる。川から引き上げてバケツの縁で軽く叩くと、砂鉄がぱらりと落ちる。また差し入れる。また叩く。

 パンニング皿より確かに早い。


「これは……使える」とバリーが低く言った。


 それから十日が経った。

 毎朝バリーとトリが川に出て、日暮れまで砂鉄を集めた。磁石と皿を使い分けながら、少しずつバケツの底が黒くなっていく。上津一も合間に飛んで花崗岩地帯を探し、磁鉄鉱をさらに数個追加した。

 村人も何人か手伝いに来るようになった。最初は何をやっているのかと不思議そうに見ていた農家の男たちが、磁石に砂鉄がくっつく様子を見て興味を持ち、皿のゆすり方を覚えていった。

 十日目の夕方、バリーがバケツを持ち上げて重さを確かめた。

 黒い砂がバケツの半分まで溜まっていた。


「半分か」とバリーが言った。疲れているはずだが、声に張りがある。

「よう集めた。これだけあれば、まず試せる量はある」

「いつやりますか」とトリが前に出てきた。目の下に隈があるのはいつものことになっていたが、目だけが光っている。

「炉の準備が出来たらすぐや。バリー、いけるか」


 バリーが腕を組み、少し空を見た。


「三日くれ」

「ええよ」


 夕暮れの川面が橙色に染まっていた。バケツの中の黒い砂が、その光を受けて静かに輝いている。

 上津一はその色を見ながら思った。

 砂が、鉄になる。鉄が、道具になる。道具が、この村を変える。

 まだ始まりに過ぎないが——なんか、ええなあ。

 セミリタイアして株を眺めていた頃には、こういう手応えはなかった。数字が増えても、誰かの顔が変わるわけではない。しかしここでは、自分の持ち込んだ知識が、目の前の人間の目を輝かせていた。

 それが、思いのほか悪くなかった。


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