第5話「鍛冶屋の見学」
朝の光が村の屋根を温める頃、上津一はすでに広場をぶらついていた。
この村に来てから数日が経つ。井戸を掘り、狩りに出て、畑を見た。次は——鍛冶屋や。
道具というものは文明の鏡だ。何を使って何を作っているかを見れば、その社会の技術水準が分かる。トレーダー時代に培った分析の癖が、異世界でも静かに動いている。
考えながら歩いていると、背後から足音が二つ。
「サーラ様、今日はどこに行くんですか?」
シルだった。隣にアキレアもいる。青い髪が朝の光を受けて、少し光って見えた。
「鍛冶屋や」
「鍛冶屋!」アキレアが目を輝かせた。「バリーさんとこですね。行きます、わたしも!」
「危なくないですか?」とシルが少し心配そうに言う。
「見るだけやから大丈夫やろ。ついてきたいなら来い」
三人は連れ立って村の端へ向かった。
鍛冶屋は村の端、風下の方にあった。
近づくにつれて熱と煙の匂いが漂ってくる。煙突からもうもうと煙が上がり、中からは規則的な音が響いていた。重い、くぐもった音——金属と何かがぶつかる音ではなく、もっと地味な、作業の音だ。
扉の前に着いた瞬間、アキレアが一番乗りで中に飛び込んだ。
「バリーさん、おはようございます!」
一拍置いて、低い怒声が返ってきた。
「こら、子供が勝手に入るな! 火傷するぞ!」
上津一とシルが続いて中に入ると、坩堝の前に立った大男がアキレアを見下ろしていた。百八十五センチはあるだろう。赤髪を後ろで縛り、革のエプロンをつけた体躯は、まるで壁のような厚みがある。目が鋭く、口調が粗い。しかし上津一がテレパシーで拾った感情に、悪意はなかった。職人気質の、真面目な男だ。
「すまんな、急に来て」と上津一が言うと、バリーは金色の霊獣を見て少し目を丸くし、それから深く頭を下げた。
「これはサーラ様。先日は井戸の件でお世話になりました。掘削器の注文を受けた時は驚きましたが……よもや直々においでとは」
「鍛冶に興味があってな。見せてもらえるか」
「喜んで」
その時、奥から少年が顔を出した。父親と同じ赤髪だが、体は細く、まだ線が細い。丁寧に頭を下げた。
「息子のトリです。十二になります」
「トリか。修行中か?」
「はい。まだ見習いですが」
礼儀正しい子だ、と上津一は思った。父親の粗さと対照的で、少し笑えた。
鍛冶屋の中は思ったより広かった。
坩堝、型台、粘土を練る作業台、棚には大小様々な型が並んでいる。木で削り出した原型もある。鎌の形、鍬の形、釘のような細いもの——どれも青銅色をしていた。
「今作っているのは?」と上津一が訊いた。
「収穫用の鎌です。秋に向けて、村の分をまとめて作っています」
バリーは作りかけの鎌を見せてくれた。青銅の鈍い光沢が、炉の明かりを受けて揺れている。
鋳造の流れをバリーが説明してくれた。木で削った原型を粘土に押しつけて型を取り、左右二枚の型を合わせて空洞を作る。柄を差し込む部分は粘土のコアを立てて中空にする。注ぎ口と空気抜きを設けて型を焼き、青銅を溶かして流し込む。冷えたら型を割って取り出し、余分な部分を削り落として、砥石で刃を研いで完成——
上津一は黙って聞きながら、出来上がった鎌を手に取った。いや、爪で持ち上げた。
きれいな仕事だ。型の合わせ目の処理も丁寧で、刃の研ぎも均一に入っている。青銅鋳造としては相当な水準だろう。
しかし上津一の目は、素材の方に引っかかっていた。
「バリー、一つ訊いていいか」
「何でしょう」
「鉄で作らないのか?」
バリーが眉をひそめた。
「……鉄、とは?」
上津一は少し間を置いた。
あ、そういう段階か。この世界はまだ青銅器時代なんや。
「鉄というのは、青銅より硬い金属や。砂鉄や鉄鉱石から取り出せる。青銅は銅と錫を混ぜて作るやろ。鉄はそれより高い温度で溶かして、不純物を取り除いて作る」
バリーの目が変わった。職人の目だ。
「青銅より硬いと?」
「比べ物にならんくらい硬い。刃の切れ味も、耐久性も、全然違う。農具に使えば畑の効率が上がる。武器に使えば——まあ、それは置いといて」
「どうやって作るんですか」とトリが前に出てきた。目が輝いている。
「まず鉄鉱石か砂鉄が要る。それを木炭と一緒に炉に入れて、高温で焼く。溶けた鉄が下に溜まるから、それを取り出して不純物を除く。温度は青銅の倍以上必要やけど、炉の構造を工夫すれば届く温度や」
バリーがしゃがんで、地面に指で何かを描き始めた。炉の形を考えているようだった。
「空気を送り込む量を増やせば温度が上がる、ということですか」
「そうや。鞴を大きくするか、送風を工夫するか。どっちかやな」
「鉄鉱石はどこで手に入りますか」
「川の砂に砂鉄が混じっとることが多い。この辺の川を探せば出てくるかもしれん」
バリーが立ち上がり、腕を組んだ。その目が炉の方を向いて、何かを計算しているようだった。
この男、本気で考えとる。上津一は少し嬉しくなった。
話はそのまま、鍛造の話に流れていった。
鋳造は型に流し込むだけだが、鍛造は金属を熱して叩き伸ばす。叩くことで金属の内部組織が締まり、強度が上がる。刃物の場合は鍛造の方が切れ味が出る——
「叩いて伸ばすだけで強くなるんですか」とトリが身を乗り出した。
「金属の粒子が揃うんや。鋳造のまま使うのと、叩いたものとでは全然違う」
「面白い……」
気づけば陽が高くなっていた。
シルがそっと上津一の隣に寄ってきて、小声で言った。
「サーラ様、私たち、少し飽きてきました……」
上津一がアキレアを見ると、壁に背をもたれて目が半開きになっていた。あのアキレアが飽きとる。相当な時間が経ったな。
「悪い、二人は帰ってええよ。お昼は食べて行き」
「分かりました。サーラ様も、あまり遅くならないでくださいね」
シルが行儀よく頭を下げ、アキレアを引っ張って出ていった。
扉が閉まった。
バリーが上津一を見た。
「サーラ様、今日はとことん話しましょう」
断る理由がなかった。
日が暮れた。
三人はバリーの家に移っていた。テーブルに麦のパンとチーズと干し肉が並び、木の杯に麦酒が注がれている。上津一は飲めないが、場の雰囲気というものがある。
話は尽きなかった。
鉄の製法、炉の構造、砂鉄の集め方、鍛造の基本、焼き入れと焼き戻し——上津一が持っている知識を話すたびに、バリーとトリが目を輝かせた。バリーは粗い口調のまま矢継ぎ早に質問を繰り出し、トリは一言も聞き漏らすまいと真剣な顔で聞いている。
「焼き入れとは、赤くなるまで熱した刃を水に入れる、ということですか」
「急冷することで表面が硬くなる。ただし硬くなりすぎると脆くなるから、その後に少し温度を戻す焼き戻しが要る。そのバランスが難しい」
「難しいが、できる、ということですね」
「理屈は単純や。あとは経験を積むだけ」
バリーが杯を傾けながら、炉の方に目を向けた。
「砂鉄か……この川で取れるなら、試してみたい」
「試す価値はある。最初は失敗するやろけど、バリーの腕があれば早いと思う」
バリーは少し目を細めた。職人が褒められた時の、照れを隠した顔だ。
話が途切れた隙に、上津一は窓の外を見た。
真っ暗だった。
星が出ている。夜が、かなり更けている。
……あ。
シルとアキレアのことを、完全に忘れていた。
翌朝。
村の広場で、シルが仁王立ちしていた。隣にアキレアが腕を組んで立っている。
「サーラ様」
シルの声が、いつもより少し低かった。
「ん、おはよう」
「昨日、遅くならないでくださいって言いましたよね」
「……言ってたな」
「朝まで鍛冶屋さんのお家にいたんですか?」
「まあ、話が盛り上がってな」
アキレアがため息をついた。十歳とは思えないため息だった。
「霊獣様でも、そういうことするんですね」
上津一は返す言葉がなかった。
すまんかった、と心の中だけで言った。口に出すと負けな気がしたので、言わなかった。しかしそれが顔に出たのか、シルが少し笑った。
「もう行きましょう、アキレア。朝ごはんの時間です」
「はーい」
二人が歩いていく。
上津一はその背中を見ながら、まあ怒られるくらいでよかった、と思った。心配させたのは本当に悪かったけれど——昨夜の会話は、久しぶりに時間を忘れるほど面白かった。
バリーとトリが、この村の技術を変えるかもしれない。その予感が、朝の光の中でじわりと広がっていた。




