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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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第4話「枯れた井戸を何とかする」


 朝露が麦畑の葉先に宿り、光を受けてきらきらと瞬いていた。

 上津一はこの世界に来てから、朝の光がやけに綺麗だと思っている。大阪にいた頃は朝なんてモニターの前でチャートを眺めながら迎えるものだったが、ここでは空気そのものが違う。埃も排気ガスも混じっていない、ただの朝の空気というものが、これほど気持ちのいいものだったとは。

 今日は農地を見に行こうと決めていた。

 この世界の事を少しでも知っておきたい。何を作り、何を食い、どうやって生きているのか。情報は足で稼ぐもんや??トレーダー時代の習慣が、異世界でも抜けていなかった。

 出発前に村の中をうろうろしていると、シルが駆けてきた。その隣に、見知らぬ少女がいる。

 青い髪だった。

 空色でも紺色でもなく、朝顔の花びらのような鮮やかな青。黒い瞳がきらきらしていて、上津一の姿を見た瞬間、怯むどころか真正面から視線をぶつけてきた。


「サーラ様、おはようございます! わたし、アキレアです! シルの親友です!」


 元気のいい挨拶だった。上津一はちょっと気に入った。


「おはよう。ハキハキした子やな」

「よく言われます!」


 アキレアはシルと同い年の十歳で、両親は農家とのことだった。今日の目的地はそのアキレアの家の畑だという。


「じゃあ案内してもらおか」

「任せてください!」


 三人??正確には人間二人と金色の霊獣一羽??は村の門を出た。


 村の外に出ると、視界が一気に開ける。

 麦畑が地平線まで続いていた。緑と金の中間色の穂が風に揺れて、波のようにうねっている。畑の向こうに森の縁が見え、その上に青い空が広がっていた。

 道中、二人がよく喋った。


「サーラ様って、ずっとあのお山にいたんですか?」とシルが訊く。

「まあ、長いことな」

「寂しくなかったですか?」


 上津一は少し考えた。サーラとしての記憶が、長い孤独をうっすらと伝えてくる。五百年という時間の重さは、上津一の人間としての感覚ではまだ掴めないが。


「今は賑やかやから、ええよ」


 シルがにこりとした。


「サーラ様って、なんで変な言葉使いなんですか?」とアキレアが横から割り込んでくる。


 鋭い子やな、と上津一は思った。


「霊獣やから色々あるんや。気にせんといて」

「ふーん」


 アキレアは一秒で納得した。子どもの適応力は本当に侮れない。

 畑に着くと、アキレアが「お父さん!」と声を上げて走った。


 アキレアの父親は日焼けした、がっしりとした男だった。金色の霊獣が娘の隣を歩いているのを見て目を丸くしたが、すぐに深く頭を下げた。母親もそれに続く。


「サーラ様がいらしてくださるとは。畑など、お恥ずかしいところを」

「いや、見せてもらいたくて来た。教えてもらえるか」


 父親は少し照れながら、畑を案内してくれた。

 村の主な作物はライ麦だという。小麦よりも痩せた土地でよく育ち、寒さにも強い。収穫したライ麦は石臼で挽いて粉にし、黒パンにして食べる。それが毎日の主食だ。


「麦の他には、豆類と根菜を少し。あとは各家庭で鶏を飼っている家もあります」

「獣の被害は?」

「時々やられます。特に秋口が多くて。柵を設けていますが、大きな魔獣には歯が立ちません」


 そして領主への納税。収穫の半分を収める決まりになっているという。残り半分で一年間食いつながなければならない。上津一は黙って聞きながら、内心で眉をひそめた。半分か。キツいな。

 農家の苦労というものは、ラノベの中で何度も読んでいた。しかしこうして実際の畑を見て、実際に耕している人間の話を聞くと、文字で読むのとは重みが違う。

 一通り話を聞いて、村の中へ戻ることにした。


 村の中に入ると、井戸の周りに人が集まっていた。

 七、八人が輪になって話し込んでいる。その中に、白髪の老人がいた。


「おじいちゃん!」


 シルが声を上げて駆け寄った。老人??村長のドリギが振り向いて、孫娘の頭をそっと撫でる。六十がらみの、目つきの鋭い老人だった。元貴族という話をティランから聞いていたが、なるほど、姿勢と所作に育ちが出ている。


「これはサーラ様。先日より村に何かとお力添えをいただいて、感謝しております」

「いや、俺も楽しんでるから。それより、何かあったか。みんな集まって」


 村長の表情が少し曇った。


「実は……井戸の水が、枯れかけておりまして」


 上津一は井戸を覗き込んだ。

 深さは七メートル前後だろうか。内側に木枠が組まれていて、土が崩れないよう支えている。昔ながらの手掘り井戸だ。底の方を見ると、水面がかなり低い。染み出てくる水量が、明らかに足りていない。


「サーラ様、何かよい方法はございますでしょうか」と村長が尋ねた。


 上津一はしばらく黙って井戸を見つめた。

 う~ん、そうやね。

 脳みそをフル回転させる。IQの高さとオタク的な知識の蓄積が、こういう時に動き出す。


「対処法は二つある」と上津一は言った。

「一つは、この井戸をもっと深く掘り下げて、より深い帯水層まで届かせる。もう一つは、別の場所に新しい井戸を掘る」


 村長が周囲と目配せをした。


「別の場所となると、土地の問題もあり、なかなか……」

「やったら、掘り下げる方で行こか」


 そこで上津一の頭の中に、ある記憶が浮かんだ。曽我部式掘削。かつて日本で使われていた、シンプルだが合理的な手掘り技術だ。パイプ状の掘削器を土に押し込み、回転させながら少しずつ深く掘り進める方法。電気もエンジンも要らない。人力でできる。

 これや。


「村長、道具の準備を頼みたい。村の鍛冶屋に頼んで、先端に土砂をすくい込む仕組みが付いた金属製の掘削器を作ってもらう。それを取り付ける木の棒と、ハンマーも要る」


 村長は少し目を細めた。理解が早い。さすが元貴族の教育を受けた男だ。


「明日の朝までには用意できるかと」

「頼んだ」


 翌朝、井戸の前に道具が揃っていた。

 そして人が集まっていた。村人のほぼ全員が来ているのではないかというくらいの人数が、井戸を取り囲んでいる。子どもたちが前の方に陣取り、老人たちが後ろで背伸びをしていた。

 上津一は翼を広げて、みんなに向かって説明した。


「まず掘削器をパイプの先に取り付けて、井戸の底に垂直に立てる。上からハンマーで叩き込みながら回転させて、土に食い込ませていく。ある程度入ったら引き上げて、中にたまった土砂を出す。それを繰り返す。男衆は交代で手伝ってもらいたい」


 ティランとサンキラが前に出た。二人の動きにつられて、農家の男たちも続いた。

 作業が始まった。

 最初のうちは硬い土が抵抗して、なかなか進まなかった。ハンマーを打ち込むたびに鈍い音が響き、掘削器をぐっと回すと少しずつ土に噛んでいく。男たちが交代しながら、黙々と繰り返す。

 上津一は横から指示を出しながら、時折超音波で岩盤を細かく砕いて掘りやすくした。それを見た村人が「サーラ様が岩を割った」とざわめく。いや、音波やねんけどな??と心の中で突っ込んだが、説明は省いた。

 一時間ほど経った頃、引き上げた掘削器の中に湿った砂が混じり始めた。


「湿ってきた」とサンキラが言った。

「ええ感じや。もう少し掘ろか」


 さらに続けると、引き上げた土砂がじわりと砂利交じりになってきた。掘削器を差し込んだ時の感触が、硬い土から「ザクザク」とした砂礫の感触に変わっていく。

 そしてある瞬間??


「水が!」


 誰かが叫んだ。

 井戸の底に、じわりと水がにじんでいた。最初は染みる程度だったものが、少しずつ、少しずつ増えていく。透明な水が底に溜まっていく。

 やがて、かすかな水音が聞こえた。

 その瞬間、広場に歓声が上がった。

 その夜また、焚き火が焚かれた。

 麦のパンと魔獣の干し肉と、農家から出してもらった野菜の煮込みが振る舞われた。井戸から汲んだばかりの水が木の器に注がれ、村人たちが笑いながら飲んでいる。

 上津一は広場の端で炎を眺めていた。代わる代わる村人が頭を下げにやってくる。今日も「ありがとな」と関西弁で返し続けて、今日も後から少し反省した。

 人の輪が落ち着いた頃、隣にちょこんと誰かが座った。

 シルだった。


「サーラ様って、なんでもできるんですね」

「なんでもはできんよ。知ってることをやっただけや」

「でも、あの掘り方、どこで覚えたんですか?」


 上津一は少し間を置いた。


「……遠い昔に、な」


 シルは不思議そうな顔をしたが、それ以上は訊かなかった。賢い子だ、と思う。

 焚き火の光の中で、栗色の瞳がゆっくりと瞬く。


「水が出た時、お母さんが凄く喜んでました」

「そうか」

「井戸が枯れたら、村が困るって、ずっと心配してたから」


 上津一は黙って炎を見た。

 三十八年間、自分のためだけに生きてきた。株のトレードも、セミリタイアも、別荘も、全部自分のため。誰かのために何かをする、という経験が、正直なところ薄かった。

 なのに今、見知らぬ異世界の、人口五十人の小さな村で、誰かが泣くほど喜んでいる。

 こそばゆい。でも??悪くない。

 星が多かった。大阪では見られなかった密度で、空が満たされていた。


「シル、明日も何か面白いことがあったら呼んでくれ」

「はい!」


 元気よく返事をして、シルは炎の方に向き直った。

 上津一はその隣で、しばらく静かに夜空を見上げていた。


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