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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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第3話「村に来てもうたやないか」

 夕暮れの光が川面を染めていた。

 水が橙色に揺れて、岸辺の草が風にそよいでいる。その脇を、金色の霊獣と十歳の少女が並んで歩いていた。客観的に見れば相当に奇妙な光景だが、シルはもうすっかり慣れたようで、石を蹴りながら話しかけてくる。


「お花を採りに行っていたんです。川の向こうの崖に、お母さんが好きな青い花が咲いていて」

「一人でか?」

「……怒りますか?」

「怒らんけど、次は一人で来たらあかんで」


 シルはしゅんとした後、小声で「はい」と言った。村から離れた川べりで花を摘んでいたところ、いつの間にか黒い狼に囲まれていたという。逃げようにも足がすくんで動けず、ただ膝を抱えて震えていたらしい。

 テレパシーで拾えるシルの感情は、今は穏やかだった。少し恥ずかしさが混じっている。子どもが素直に感情を持っとる。それがなんか、心地よかった。


「家族は?」

「父と母がいます。村長のおじいちゃんも」

「お父さんは何をしている人?」

「騎士です。村を守っています」


 騎士。上津一は内心で頷いた。空から見た景色と、サーラの記憶が示すこの世界の姿——中世ヨーロッパ風の文明、街道、城壁都市。騎士がいて当然だ。

 村はもう目と鼻の先だった。

 三メートルほどの木の鋸壁が、橙色の光を受けて温かく輝いている。壁の向こうに屋根が並び、炊事の煙が細く空へ昇っていた。門扉の前に二つの人影があった。

 先に気づいたのはシルだった。


「お父さん!」


 甲高い声と共に駆け出す。上津一はその後ろをゆっくりとついていった。

 二人の男が振り向く。一人は引き締まった体格の若い男で、腰に剣を提げ、ブリオーを纏った騎士らしい姿をしている。もう一人はがっしりとした体つきで、背に弓を負っている。

 父親らしき男がシルの無事な顔を見てほっとしたのも束の間、その背後に広がる金色の翼を目に入れた瞬間——顔色が変わった。

 剣を抜いた。


「シル、離れろ!」

「違うの、お父さん! この方が助けてくださったの!」


 シルが両腕を広げて父親の前に立った。小さな体で止めようとするその姿を見て、上津一は微笑ましいような申し訳ないような気持ちになった。

 上津一は翼を畳み、その場に静止した。威圧しないよう、できるだけゆったりと。

 父親——ティランの剣がゆらりと揺れた。戦士の目だ、と上津一は思った。恐怖はある、しかし足は退いていない。娘を守るために立っている。格闘技をかじった上津一には分かる。これは本物の胆力だ。


「……霊獣サーラ、か」

「そや。シルを助けてきただけや。剣ぃしまい」


 ティランの目が見開いた。弓を持つ男——サンキラも、矢を番えかけた手を止めて霊獣を凝視している。


「し、しゃべった」とサンキラが呟いた。

「喋るで。驚かせてすまんな。川辺で狼に囲まれとったシルを助けてきた。怪我もしとったから治してある。それだけや」


 沈黙が数秒続いた。ティランはゆっくりと剣を鞘に収め、深く頭を下げた。


「……娘を助けていただき、感謝いたします。霊獣サーラ様がお言葉をお持ちとは存じませんでした」

「まあ色々あってな。それより、村に入れてもらえるか。少し話がしたい」


 夕暮れの光の中、上津一はチドカ村の門をくぐった。


 シルの家は村の中ほどにある、木造の素朴な民家だった。

 土壁に小さな窓。簡素だが丁寧に手入れされた家で、窓枠に乾燥した草花が飾ってあった。シルの母親らしい気配を感じた。

 モミールはシルの無事な顔を見て泣いた。娘によく似た、穏やかな顔立ちの女性だった。そして娘の背後に金色の霊獣を見て固まり、ティランの説明を聞いてようやく息をついた。

 家の前に焚き火が焚かれ、上津一が座り、ティランが向かいに腰を下ろした。

 ティランはエディ・ティランという名だった。男爵家の三男、爵位なしの騎士。しかし話してみれば、その言葉の整理され方が分かる。貴族の教育を受けた知識人の目を持っている。株をやっていた頃、上津一は人を見る目だけは鍛えていた。この男は信用できる、と直感した。


「この村はラナン領に属しております。領都ラナンまで百キロほど。領主はラナン・キュラス子爵閣下です」

「子爵か。その上は?」

「バルンハート国です。東の方角にある国ですが。ただ、この地はかなりの辺境ゆえ、国の中枢についての詳しい情報は……」


 上津一は内心で地図を描いた。南に川、港町。西に領都ラナン。東の森の先はバルンハート国。北に山脈。情報はまだ少ないが、輪郭は見えてきた。

 まずは全体像を掴んでから動く。株も異世界も、基本は同じや。

 夜が更けるまで話は続いた。シルは途中から船を漕ぎ始め、モミールに抱えられて家の中へ消えた。


 翌朝、村の中を歩き回った。

 朝露に濡れた麦畑が、光を受けて銀色に揺れていた。炊事の煙が細く空へ昇り、鶏が鳴き、子どもたちが走り回っている。

 問題は、上津一が歩くたびに村人が固まることだった。

 遠くから拝む者、土下座に近い姿勢を取る者、泣き出す子どもまでいる。テレパシーで拾える感情は畏怖と崇敬が混ざり合っていた。そりゃそうやな、守護霊獣が急に歩いてるんやから。

 村の構造を観察した。鍛冶屋が一軒、小さな集会所、井戸が二箇所。人口五十人ほどの小さな集落だが、なんとか自給できる作りになっている。しかし防衛力は心もとない。ティランとサンキラ、そして農家の男たちが少し武器を持てる程度だ。

 そんなことを考えていた時、サンキラが森へ向かうところに出くわした。


「狩りか?」

「は、はい……サーラ様」


 サンキラはまだ霊獣に話しかけられることに慣れていないようで、声が微妙に裏返っている。三十三歳の屈強な男がそうなるのだから、霊獣というのは相当な存在なのだと改めて思う。


「一緒に行ってもええか」

「え゛」


 サンキラの表情が「そんな選択肢が存在するとは思っていなかった」と正直に物語っていた。


「邪魔はせんよ。ただ見ててみたい」

「……よ、よろしければ、ぜひ」


 森に入るとサンキラの動きが変わった。足音が消え、風向きを読み、木々の間に目を配る。テレパシーで動物の気配を拾える上津一から見ても、その観察眼は本物だった。


「あそこに鹿がいる」


 上津一が言うと、サンキラは驚きながらも矢を番えた。静寂の後、弦が鳴り、鹿が倒れた。


「す、凄い……」

「テレパシーみたいなもんやで」


 狩りは順調に進んだ。兎が二羽、鳥が一羽、鹿が一頭。サンキラは徐々に打ち解けてきた。

 帰り道で、地面が揺れた。

 木々の奥から低い唸りが響いてくる。テレパシーが拾った感情は純粋な攻撃本能——

 姿を現したのは、牛ほどの大きさのイノシシだった。ただし普通のイノシシではない。牙が異様に発達し、体表に黒い硬質の毛が生えている。目が赤く光っていた。


「魔獣だ」とサンキラが低く言った。「でかい……これは、まずい」


 サンキラが矢を放ったが、硬い毛に弾かれた。魔獣が突進してくる。

 上津一は翼を広げて前に出た。魔獣の突進を翼で受け流しながら、首元に向けて超音波を放射した。ビシュッという鋭い音と共に魔獣の体が痙攣し、動きが止まる。上津一はそのまま爪に力を込めた。

 どさり、と巨体が地に落ちた。

 振り向くと、サンキラが木に背をもたれて座り込んでいた。突進の際に吹き飛ばされたらしく、脇腹を押さえている。


「怪我したか」

「か、かすり傷です」


 大丈夫ではない顔だった。上津一はサンキラの傍に寄り、ヒールを発動した。淡い金色の光がじわりと広がり、少しずつ顔色が戻っていく。


「痛みが……消えた」

「折れてたかもしれんで、無理したらあかん」


 サンキラはしばらく呆然とし、やがて深く頭を垂れた。言葉が出てこないようだった。

 村への帰り道、二人で魔獣を引きずった。

 村の門が見えた頃から騒ぎが始まった。魔獣の大きさに気づいた村人たちが集まり、口々に声が上がる。子どもたちが目を輝かせ、老人たちが信じられないという顔をしている。

 その夜、村の広場で火が焚かれた。

 魔獣の肉が炙られ、麦のパンと共に振る舞われる。村人たちが輪になって座り、笑い声が夜空に溶けていった。

 上津一は広場の端に陣取り、その様子を眺めていた。テレパシーで拾える感情が一面の喜びで満ちていて、それが心地よかった。村人たちが代わる代わる頭を下げ、食べ物を置いていく。上津一はどう反応していいか分からず「ありがとな」と関西弁で返していたが、それはそれで霊獣らしくないと後から少し反省した。

 人の輪が落ち着いた頃、隣に小さな気配が座った。

 シルだった。


「サーラ様、今日もすごかったです」

「まあな」

「お怪我はないですか」

「ないない。それよりシルこそ、昨日のびっくりで眠れたか?」


 シルは少し考えてから、こくりと頷いた。


「母がそばにいてくれたので」


焚き火の光を受けて、栗色の瞳がゆらゆらと揺れている。

 上津一はなんとなく、三十八年間ろくに人の役に立ってこなかった自分が、今この村で少しだけ必要とされているような気がして、妙にこそばゆくなった。

 空を見上げれば、星が多い。大阪では見られなかった密度だ。

 まあ、しばらくここにおってもええかな。

 焚き火の暖かさの中で、上津一は静かにそう思った。

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