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寄生虫ってどないやねん!  作者: 浪速の行者


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第2話「鳥の目線は絶景やった」

 鳥の脳は、思ったより居心地がよかった。

 飲み込まれた瞬間、体が動いていた。もう手順は体に染みついている。消化管から神経へ、

神経から脳へ——二回目ともなると、われながら鮮やかな移動だと思う。

 視界が開いた瞬間、上津一は言葉を失った。

 広い。

 小さな体のくせに、鳥の視野は驚くほど鮮明で広かった。眼下に川が光の帯として流れ、両岸の木々が風に揺れて緑の波を作っている。山の稜線が幾重にも重なり、その隙間から夕陽が差して、世界全体が金色に燃えていた。

 ラノベで何百ページと異世界の絶景を読んできたが、文字と実際の視界とでは、次元が違いすぎる。

 綺麗やなあ……。

 しばらくはただ飛んでいた。風を受けて翼を広げ、気流に乗って高度を上げる。体を傾ければくるりと方向が変わる。これが飛ぶということか、と全身で理解した。

 腹が減った。

 川面を見下ろすと、水中を泳ぐ魚の影が見える。鳥の視力でこれほど見えるのか、と感心しながら急降下した。水面すれすれで爪を走らせると、ぬるりとした感触と共に一匹が掴まれた。

 岸辺の岩に降り立って、食べた。

 固まった。

 ……旨い。

 旨いのだ。魚の脂の甘みが、確かにそこにある。寄生虫だった頃は腐肉を食らっていた。小魚だった頃は水草をついばんでいた。それと比べるまでもなく——これは、食の喜びだった。

 生きてる、って、ええなあ。

 川魚を食べながら、しみじみと思った。三十八年間当たり前だった味覚がこれほど有難いものだったとは。思えば別荘でヤマメの刺身を食べた時、もっとちゃんと味わえばよかった。まあそのせいで死んだわけやけど。


 数日が経った。

 朝は川で魚を獲り、昼は気流に乗って空を舞い、夕方は木の枝で景色を眺める。セミリタイアしてた頃より充実しとるかもしれん、と上津一は本気で思った。

 問題は、上津一という人間の本質が「調子に乗りやすい」ということだ。

 五日目の午後、ふと思った。森の向こうはどうなってるんやろ。

 本能が「縄張りがある」と告げていた。しかし好奇心は本能より少し強かった。ちょっとだけ見に行くだけや。

 木々の上を滑空しながら森の奥へ進んでいく。木漏れ日が揺れ、深い緑の匂いが満ちている。

 気配を感じたのは、その時だった。

 真上から、何かが来る。速い。

 そう認識した瞬間、世界が暗くなった。


 また、か。

 上津一は半ば反射で脳へと移動した。もはや習慣だ。食われたら脳へ、それが自分の生存本能として完全に組み込まれている。

 視界が開いた瞬間、これまでとの違いは明白だった。

 見える範囲が違う。地上の草一本一本まで識別できる。全身を流れる力の質が、川魚や小鳥とは根本的に異なっていた。濃い、とでも言うべきか。川魚が水道水なら、これは源泉かけ流しだ。

 宿主の記憶と本能がじわりと流れ込んでくる。

 この山の守護者。金色の翼を持つ霊獣。名はサーラ。

 朱雀に似た姿をしているが、朱雀が炎なら、こちらは光だ。金色の羽が全身を覆い、翼を広げれば三メートルを超える。この山一帯を縄張りとし、長い年月をここで過ごしてきた。五百年生きた、文字通りの霊獣だった。

 乗っ取った、とはっきり自覚した時、能力が一気に流れ込んできた。

 全ての生き物の思考が分かる。川を泳ぐ魚が何を考えているか、木の根元で眠るウサギが何を夢見ているか、感情の波として伝わってくる。知能の低い生き物からは断片的な感情しか受け取れないが、そこそこ知能のある生き物——人間とは、言葉で会話ができる。

 次に——超音波。翼から放射できる。脳を揺さぶって相手の動きを止める力だ。

 そして——治癒魔法。

 ヒール、という言葉が自然に浮かんだ。傷を癒し、病を和らげ、生命力を回復させる。

 上津一は興奮で翼が震えた。

 ヒールって!ヒールやで!二十年来のラノベ読みが夢見たやつ!

 テンションが上がりすぎて翼を大きく広げると、金色の羽が陽光を受けて燦然と輝いた。

 ひとしきり喜んだ後、高度を上げて周囲を見渡した。

 この山は交通の要衝にある。南東西に街道が伸びて交差し、見える範囲はおよそ百キロ。南には川が流れ、点在する小さな村を経て、その先に海と大きな港町が見える。西へ目を向ければ百キロほど先に城壁を持つ大きな町があり、お城の塔まで見えた。東は深い森が街道を覆い隠すように続いている。北は山が高くなるばかりで、険しい峰々が連なっている。

 完全に異世界やないか。

 いよいよ否定できない。大阪はどこにもない。ここは別の世界だ。

 まず情報収集や——株と同じや、全体像を掴んでから動く。

 上津一は南へ向かった。川沿いに高度を下げながら飛ぶ。


 川が平野に出たあたりで、異変に気づいた。

 岸辺の草むらで、複数の気配が何かを囲んでいる。

 テレパシーが拾った感情は——恐怖と、飢えと、興奮。

 近づくと、四頭の黒い狼が輪を作っていた。体格は普通の狼より一回り大きく、目が爛々と光っている。その中心に、小さな人影があった。

 十歳ほどの少女が、膝を抱えてうずくまっている。栗色の髪が乱れ、全身が小刻みに震えていた。

 一頭がじりと前足を踏み出した。

上津一は考えるより先に動いていた。急降下しながら超音波を溜める。地上すれすれで翼を広げ、最も近い狼に向けて解放した。

 ビシュッという鋭い音と共に、狼が地に伏した。残り三頭が振り向く。金色の霊獣を認識した瞬間、テレパシーが拾ったのは純粋な恐怖だった。それでも飢えが勝ったのか、二頭が同時に飛びかかってくる。

 上津一はためらわなかった。爪で頭を掴み、力を込めた。

 最後の一頭は逃げた。上津一は追わなかった。

 少女の方へ向き直る。少女は泣いていた。当然だろう。上津一は少し距離を置いて翼を畳んだ。

 膝に引っかき傷がある。血が滲んでいる。

 近づいてヒールを発動した。淡い金色の光が滲み出て、傷口が見る間に塞がっていく。

 少女が顔を上げた。栗色の瞳が、金色の霊獣をじっと見つめている。


「……サーラ様?」


 テレパシーが拾った感情が、恐怖から畏敬へとはっきり変わった。


「そや、俺がサーラや」


 少女の目が皿のようになった。


「しゃ、しゃべった……!」

「喋るで。あんた、一人でなんでこんなとこ来てたん?」


 少女はしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて答え始めた。話せば話すほど、表情が和らいでいく。子どもというのは順応が早い。

 少女の名前はシルといった。


「シルか、ええ名前やな。村はどっちや?」


 シルが指差した方向へ、上津一はゆっくりと歩き出した。夕暮れの川沿いを、金色の霊獣と小さな少女が並んで歩いていく。

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