第10話「魔法の話」
村長の家の昼食は、シンプルだが温かかった。
煮込んだ豆と野菜のスープ、黒パン、干し肉を薄く切ったもの。ドリギが慣れた手つきで盛り付けながら、魔法の話を始めた。
「この世界では、魔法適性のある者は少ない。十一歳になると教会で適性検査を受けます」
「教会が検査するんか」
「魔法に関わる儀式は教会が管理しています。検査自体はさほど難しいものではなく、教会の魔法具に手を触れるだけです。適性があれば魔法具に付いた石が光ります」
「ランクは?」
「三段階あります。大体ですが、Cが百人に一人、Bが千人に一人、Aが一万人に一人くらいです」
上津一は黙って聞きながら、頭の中で整理した。希少性のある能力で、ランクによって扱える魔法の規模が違う。ラノベでよく見る設定だ。しかし設定を知っているのと、実際にその世界に生きているのは別だ。
「Cランクは自分では発動できないのか」
「Cランクは魔力そのものは持っていますが、体の外に放出する力がない。魔法具を介せば使えます。私の指輪のように」
「BとAは?」
「Bランク以上は自力で魔法を発動できます。BとAは十二歳から領主の費用で貴族学校に入ります。Aランクであれば、国の首都バルンハートのエリート貴族学校に」
「強制で?」
「強制です。それほど国にとって重要な人材だということです」
上津一はスープを横目で見た。飲めないのが残念だが、匂いは分かる。
「Sランクとかはないんか」
「理論上はあるかもしれませんが、私は聞いたことがありません。龍種や霊獣がそれに当たると言われていますが……」
ドリギが上津一を見た。言葉の続きは言わなかったが、意味は伝わった。
まあ、それは後で考えよう——と上津一は思いながら、別の質問を続けた。
「魔法具が高価なのはなんでや」
「魔獣の核が使われているからです」
「核?」
ドリギが指輪を外して、赤い石の部分を指差した。
「全ての魔獣は体内に魔石を持っています。その魔石の中心に、真珠ほどの大きさの核が存在します。炎を使うAランクの魔獣なら炎の核を持っていて、それを魔法具に組み込むことで炎の魔法が使えるようになります」
「この指輪は?」
「Aランクのサラマンダーの核を使っています。だから着火に使えます。Cランクの私でも、核の力を借りれば発動できます」
「核を取った後の魔石は?」
「バラバラになりますが、捨てません。鋳物に混ぜると、その魔獣の耐性が材料に移ります。火耐性を持つ魔獣の魔石を混ぜれば、炉や武具の耐久性が上がります」
上津一はそこで少し考えが止まった。
魔石を鋳物に混ぜると耐性が出る——それはつまり、鉄と組み合わせれば特性を持った鉄が作れるということだ。鉄だけでも革命的なのに、魔石入りの鉄となれば——
ちょっと待て、それは後で考えよう。今は基本情報を整理する時や。
昼食が終わる頃には、魔法の大枠は掴めていた。
話題が一段落した夕方、上津一は腰を上げた。
「そろそろ窯の方、見に行ってきますわ」
「また来てください。まだお伝えしていないことも多いので」
「またゆっくり聞かせてもらいます」
上津一は村長の家を出て、鍛冶屋の裏手へ向かった。
窯の建設現場では、三人が黙々と作業していた。
バリーが石を積み、ゾジルが粘土の配合を確認し、トリが二人の指示を聞きながら材料を運んでいる。朝の険悪な雰囲気は跡形もなく消えていて、職人三人が一つの仕事に向かっている静かな集中があった。
「作業の方はどない?」と上津一が声をかけた。
ゾジルが顔を上げた。
「窯は二日程で出来るだす。粘土の乾燥に一日、初回の火入れに半日——」
「そこから鉄作りと、窯を冷やす時間で一週間くらいだろうな」とバリーが言葉を繋いだ。
上津一は少し考えた。
一週間か。
やり方は教えた。砂鉄の集め方、炉の使い方、木炭の量の目安——大体のことはバリーもゾジルも分かっている。あとは職人の仕事だ。自分がそこにいる必要はない。それどころか、この三人の邪魔になるかもしれない。
「ほな、三人で頑張ってな。一週間後に見に来るから」
バリーが「分かった」と短く答えた。ゾジルが「任せるだす」と胸を張った。トリが深く頷いた。
頼もしい背中だ、と上津一は思いながら、その場を離れた。
夕暮れの光の中、シルの家の扉を開けた。
「ただいま」
我ながら、すっかり自分の家みたいに言うようになったな、と思いながら。
「お帰りなさい」とモミールの声がした。
「サーラ様、お帰りなさい」とシルの声が続いた。
二人が炉の前で夕食の準備をしていた。スープの鍋から湯気が上がり、黒パンが布の上に置かれている。室内はかすかに煙っていて、梁や天井が煤で黒ずんでいる。灯心がほのかな光を揺らしていた。
シルが振り向いて、少し笑った。
「今日は、ちゃんと帰ってきたんですね」
「当たり前やん」
「それが当たり前じゃなかった日が何日もありましたけど」
言い返せなかった。
奥からティランが顔を出した。娘と霊獣のやり取りを聞いていたのだろう、口元を押さえてぷっと吹いた。普段は真面目な騎士の顔をしているティランが笑いを堪えているのが、なんとも微笑ましい。
「サーラ様、お帰りなさい。一緒に食事はいかがですか」
「ありがとう、頂くわ」
上津一は家の奥に入っていった。
食事が始まった。
スープは薄い塩味で、豆と根菜が入っている。黒パンはずっしり重く、噛むたびに酸味が広がる。現代の食パンとは全く別の食べ物だ、と上津一は最初の頃に思ったが、今はすっかり慣れた。むしろこの重さと酸味が、スープと合っている気がしてきた。
「今日は窯の方、どうでしたか」とティランが訊いた。
「ゾジルが来てくれて、バリーと一緒に作り直してる。二日で出来て、一週間後には鉄が出来るかもしれん」
「一週間後に」とモミールが少し目を丸くした。
「上手くいけばやけどな。前回失敗してるから、今度こそって感じや」
「ドワーフの方は怖くないですか?」とシルが訊いた。
「ゾジルか? 全然怖くないで。むしろ飛ぶのが怖かったみたいで、ヘロヘロになっとったやろ」
シルがくすりと笑った。
「それから、村長のドリギさんとこにも行ってきた。鉄が出来た後の事を話してきた」
ティランが箸——ではなく、木のスプーンを止めた。
「村長に、ですか」
「鉄が出来たら、この村は注目される。急な変化は準備してないと混乱するから、村の人たちと話し合っといてほしいと伝えた。製法を秘匿する事も大事やと」
ティランが少し考える顔をした。元貴族の教育を受けた男だ。話の重みをすぐに理解する。
「確かに。領主の耳に入れば、介入してくる可能性もあります」
「その辺は村長に任せた。ドリギはそういう話が分かる人やと思う」
「そうですね。村長は……経験のある方ですから」
ティランの言葉に、少し間があった。上津一はそこに何かを感じたが、今は深入りしなかった。
「あと、村長から魔法の事を少し聞いてきた。ティランにも詳しく聞いてもええか」
ティランが「もちろんです」と答えた。
「十一歳で適性検査を受けるんやったな」
「はい。教会の魔法具に手を触れると、魔力の有無と強さが分かります」
「貴族は適性がある人が多いとも聞いたが」
「血筋的にそうなる傾向があります。とはいえ保証はありません。貴族の子でも適性がない子もいますし、平民でも稀に高い適性を持って生まれることもあります」
モミールが静かにスープをすすっていた。シルが黙って聞いている。
「シルとアキレアは半年後に検査か」
「ええ。十一歳になりますので」
「楽しみやな」
シルが少し緊張した顔をした。
「適性があればBランク以上は強制で学校に行くんやろ」
「領主の費用で貴族学校に。Aランクなら首都のエリート学校です」とティランが答えた。
その声が、僅かに複雑な色を帯びた。娘が遠くに行くかもしれない、という気持ちが混じっているのだろうとテレパシーが伝えた。
上津一は別の方向に話を向けた。
「魔法具に魔獣の核が使われてる、って村長に聞いたんやけど」
「そうです。魔獣はランクが高いほど強力な核を持っています。Aランク魔獣の核は非常に高価で、王侯貴族か、よほど裕福な商人でなければ手が届きません」
「核を取った後の魔石は鋳物に混ぜると耐性が出るとも聞いた」
「よくご存知ですね。職人の間では使われる技術です。ただ魔石自体も安くはないので、村レベルではなかなか」
上津一はそこでふと思った。
俺も魔石あるんやないか。
サーラは霊獣で、Sランクに相当するかもしれないとドリギは言っていた。霊獣にも魔石があるなら——
「ティラン、俺も魔石あるか?」
ティランがスプーンを止めた。少し考えてから、慎重に答えた。
「……おそらくあると思います。霊獣は魔獣の上位存在ですから。ランクで言えば、龍種と同じSランク相当かと」
「Sランク」
「理論上最上位です。魔法具の中でも伝説級のものに使われると言われています。ただ……」
「ただ?」
「Sランクの核を持つ存在は、その核を狙われることがあります。歴史上、霊獣が人間に討たれた記録が全くないわけではありません」
上津一は少し黙った。
Sランクか。そうか、俺ってSランクか。
命を狙われるかもしれない。
まあ、今の体で生半可な人間に負けるとは思えんけど——それでも知らないでいるより知っておく方がいい。これはトレーダー時代から変わらない習慣だ。リスクは把握してから動く。
上津一が次の質問を考えかけたその時。
「サーラ様、あのね」
小さな声が割り込んだ。
シルだった。
テーブルの向こうで、少し遠慮がちに、しかし確かに上津一の方を見ていた。大人たちの話に挟まれて、ずっと聞いていたのだろう。栗色の瞳が、炉の灯心の光を受けて揺れている。
上津一はすぐに話の流れを変えた。
「シル、今日は何しとったん」
シルの顔が、ほんの少し明るくなった。
「アキレアと、村の外の川まで行きました。ちゃんと二人で行ったんですよ、一人じゃないですよ」と少し得意そうに付け加えた。
「偉いやないか。何かあったか」
「川の底に、きれいな石があって。青くて丸い石で」
「持って帰ったか?」
「持って帰りました」
シルが席を立って、チェストの上に置いてあった石を持ってきた。親指の爪ほどの大きさの、滑らかな青い石だ。川に磨かれて、光を受けてわずかに透けていた。
「綺麗やな」
「サーラ様にも見せたかったんです」
上津一はその石を爪の先でそっと受け取った。
軽い。小さい。ただの川石だ。しかしシルが今日一日の何かをここに詰めて持ってきた、ということが、上津一にはなんとなく伝わった。
「もらっていいか」
シルが目を丸くした。
「え、いいんですか。霊獣様がそんな石……」
「欲しいから言うとる」
シルがしばらく石と上津一を交互に見て、それからこくりと頷いた。
「じゃあ、あげます」
モミールが炉の前でにこにこしているのが見えた。ティランが「ごちそうさまでした」と静かに言って、そっと席を立った。
家の中に、夜が満ちてきた。灯心の光が揺れ、煤けた天井に影が踊る。
上津一はシルから受け取った小さな青い石を、翼の羽の間にそっとしまった。




