35.三つのお願い
主人公の自国語は「」、は外国語は<>で表記しています。
さらに別の言語が出てくるときは{}で表記しています。
レイにちょっかいを出そうとした不届きな護衛達が、叩きのめされるより少し前に時間は戻る。
◇
モントリヒト応接室にて。
秘密保持契約が必要なほどの秘匿情報の対価となるお願いが明かされようとしていた。
<お願いは三つあります。>
<三つですか…。出来る出来ないはともかく、お聞きしましょう。>
三つと聞いて、少し難しい顔をしたワン氏。
多くも無く、少なくも無い微妙なラインだけど、内容にもよるので判断をつけかねているってところかな。
それでも聞く姿勢をとるということは、この秘匿情報にそれだけの価値を見い出したということね。
<一つ目は、先ほどまでの話の関連になります。リン家との連絡窓口になって欲しいということです。最初は、リン家とも秘匿された連絡手段での連絡を考えたのです。しかし、この情報を渡すことでリン家を危険に晒す可能性が高い…。それなら、ワン氏との連絡手段が確立した際に、リン家との仲介役をしていただいた方が安全ではないかと思い直しました。>
<なるほど…確かに。リン家は武家として歴史のある家ではありますが、あまり野心的な家ではありません。秘匿情報を渡せば危険が生じるでしょうな。>
うん、双子の家族を危険に晒したくはないからね。
ワン氏なら海外との繋がりもあるし、ホンスー国内での影響力も強い。
彼ほどの大商人なら、秘匿情報の扱いも任せられるだろうっていう根拠の無い考えなんだけど、たぶんこの勘は外れてないと思うんだよね。
<二つ目は、ホンスーの臨検や手続きに関する処理の可能な限りの簡略化です。ご存じの通り、モントリヒトの主である私は、女であり子供です。ホンスーにおいて、代表として何かをする際に弊害となることが考えられます。もちろん、婚約者としての立場でカルロや、様々な手続きの補佐としてバイエルン商会のオットーがおりますので、そういった場面では無用なトラブルを避けるために、極力表には出ないつもりではおります。しかし、そうはいかない事もあると聞き及んでいます…。そこで、ホンスー国内での影響力が大きいワン氏に手伝っていただくことで、そういったトラブルを減らせたらと思うのです。>
どうもお義父様に聞いた話だと、ホンスーでの手続きに女性が代表として出るような事があると、担当者によっては無駄に長く待たされたり、不備の無い書類を『不備があって処理できない』と何度も提出させたりすることがあるらしい…。
こういった事情もあってホンスーでは、念のためカルロやオットーが前面に出て対応する方が、波風が立たないだろうとお義父様にアドバイスを貰っていた。
それでも、船主がマリーナである以上、何らかのトラブル(手続きが遅れたり、申請が通らなかったり)が生じる可能性は高いと、私も含めみんなが感じているのだ。
ワン氏の力添えでそういったトラブルが少しでも解消出来るなら、それに越したことはないよな~って軽い考えだったんだけど…。
よく考えたら、手続き関係は国とか貴族が関わってそうだから、私が思っているよりも難しいかもしれないな…。
そう思って、ワン氏の様子を窺うと…。
あら?難しい表情とか困った表情をしているかと思ったけど、むしろ楽しそう???
<ふむ。確かに、船主がマリーナ様なのであれば、表に出ていなくとも、難癖を付けてくる役人はいるでしょうな。しかし…こういった根回しに関しては、私の得意分野ですからな。商人というのはただ物を売り買いしているだけではありません。『誰がいつ誰と何を買って、どこに送ったのか』そういった情報の蓄積によって、我々にしか見えないものが見えてくるのですよ。あとは、然るべきタイミングで正しく情報を使うだけで、大抵の融通は利くようになるものです。ははははは!>
あー、なんかうちの担当になる人が可哀想に思えてきたかも…。
あ!お義父様とカルロもちょっと口元が引き攣ってるね。
さすが海千山千の大商人、恐いわぁ~。
ま、まあ、後ろ暗いことが無ければ大丈夫なはずだし、ワン氏頼もしい!!ってことでいいでしょう。
<ふ…ふふふ。それは頼もしいですわね。三つ目は、ラパンについて知りたいということです。あまり資料が見つけられず、ラパンについての情報が不足しています。訪れてみたいと思っているので、入国の方法や知っておいた方が良い知識などがあれば、教えて頂きたいのです!!>
そう!ホンスーについての知識を学んでいる時に、偶然見つけた前世の日本に似た雰囲気を持つ国『ラパン』
ホンスーと同じ西大陸にある国で、西大陸の西部にある小さな島国。
秘境的な島国で、あまり資料が見つけられなかった。
それでも数少ない資料の中には、現在流通している『味噌・醤油』と言った調味料が、ラパン発祥でホンスーの商人を通じて世界に広まったと掛かれていた。
どうりで、日本の料理の再現が簡単にできたはずよね。
それに、ラパンの武人は独特な形状の片刃の剣を使うのだそう。
これも恐らく『刀』だと思うのよね…。
『味噌・醤油』『刀』など親しみ深い調味料があることを不思議に思っていたけれど、ラパンに私と同じような元日本人の転生者が居たんじゃないかと思うのよね。
それを確かめに行くことはもちろんだけど、『味噌・醤油』以外にも掘り出し物がある筈だから、絶対に行きたいのよ!!
そんな気持ちも込めて、かなりの熱量で伝えたので、ワン氏もその勢いに少したじろいでいた。
それでも、そこは大商人。
すぐに立て直して、少し考える様子を見せながら話し出した。
<ほほぅ…ラパンですか。あそこは可能性の宝庫ではありますが、少し閉鎖的な面がある国なのです。外の国の人間が訪れる事をあまり良しとはせず、自分たちの文化風習を静かに語り継いでいきたいのだとか。>
<そうですか…。それなら、ラパンを訪れるのは難しいでしょうか?>
<うーん、少しお時間を頂ければ何とかなるかもしれません。私の商会はラパンとの交易を許されている数少ない商会の一つです。ラパンの高官に一度話しをしてみましょう。>
<本当ですか!?ありがとうございます!!いま一番行きたい国なので、良いお返事が貰えたら嬉しいです。>
嬉しくて思わず、カルロに満面に笑みを向けた。
カルロも私がラパンに行きたがっていたのを知っているので、「良かったね」と微笑んでくれた。
その様子を見ていたワン氏は、これまでは大人顔負けに話をしていたマリーナの年相応に喜ぶ様子に、商人としての表情を少しだけ崩して、口元で小さく笑んだ。
<はい。マリーナ様はまだ未成年の女性ですので、あちらもそこまで大きく警戒せずに、受け入れて下さる可能性はあるかと思います。ただ、あちらの反応が読めませんので、あまり大きな期待はせずにお待ちください。>
<もちろん、それは承知しています。他国とのお話ですので、決して無理はなさらないでください。これまでのワン氏の経歴に傷が付くようなことは、当然ですが避けて下さいませ。>
ワン氏は、秘匿情報の対価のためには多少の無理はしようと思っていた。
しかし、マリーナはそれはしないでくれという。
普通は、対価として相手に求めるのは結果だけ。
だから、それに対して相手がどれだけ無茶をしたのかなど、まず気にしないのが一般的なのだ。
だけど、彼女は『相手との長く良好な関係』を求めており、そのためには無理をしていては続かないから、互いに出来る範囲で努力をしていこう、という姿勢を崩さない。
大商人と呼ばれるまでに大成したワン氏だが、マリーナとの取引はある意味で危険だと商人の本能で感じていた。
彼女との交友関係は…年齢も、性別をも超えた唯一無二のものとなるだろう。
相手に決して無理を求めず、可能な限りの努力で紡がれる関係は、互いの関係に高い満足感と高揚感をもたらすことだろう。
そうするとどうなる?
もっと、相手のために良くしてあげたくなる。
手が届かない物でも、努力を重ねて、より良い結果を相手のためにもたらす。
今度は相手がそれに答えるために、努力と成果を重ねる。
結果的に自分も相手も、常に高め合うことになる。
こんな循環が、マリーナとの間では容易に想像出来てしまうのだ。
一度嵌まったら抜け出せない底なし沼。
しかも、嵌まったことに気付いても、誰も進んで抜け出そうともしない。
足の引っ張り合いが常の商人の世界で、何とも危険で甘美な関係か…。
こんなことを考えている時点で、恐らく自分も囚われてしまっているのだと感じるが、もはや抜けようとは微塵も思っていない。
むしろ、商人としてはもう頂点まで来ていると思っていた自分でも、さらに飛躍できる可能性があると思わせてくれる、彼女とのこれからの関係が楽しみでならないのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)




