13.棘の奥にあるもの
主人公の自国語は「」、は外国語は<>で表記しています。
さらに別の言語が出てくるときは{}で表記しています。
はい、リモーネの言の葉の家を視察中のマリーナです。
メイ達や護衛達、そして何やらハウスのみんなからも冷ややかな空気を感じて、室内全体の温度が下がっている気がします…。
切っ掛けはハウスで勉強中の青年から、質問したいと声を掛けられたこと。
<何でもどうぞ。>と答えた私に、挑発的にホンスー語で質問をしてきた。
少し返答に迷う内容だったので、なんて返答しようか考えていた私に対して、
{やっぱり、分からないんだな。このまえのお姫様と同じで口だけなんだ。これだから女はダメなんだよ…。頼むから勉強の邪魔をしないでくれよな。}
青年はホンスー語でこう言い放ったのだ。
表情はにこやかなまま、相手が言葉を理解出来ないと思っての発言。
だけど、どんなに表情を取り繕っても、言葉に潜んでいる棘は隠しきれない。
当然、ホンスー出身のメイ達の怒りは大きく、護衛達もホンスー語が分からないまでも、言葉の端々から悪意の気配を感じ取って、ピリピリと青年に警戒を示している。
青年の言動を諫めることは簡単だろう。
でも、室内を見渡すと同じような思いなのか、他のメンバーも似たような表情でこちらを見ている。
彼らの中に燻っている何かが分からないと、この問題は良くない方向に彼らを導く気がするわね。
ひとまずそちらの対処から取り掛かりましょうか。
◇◇◇
{なぜ、私がホンスー語を理解していないと思うのかしら?}
馬鹿にしたようにこちらを見ていたハウスの面々が驚いた表情をした。
{質問をしてと言った以上、答えられるだけの知識を持っていて当然ではない?}
そう言うと、青年は馬鹿にされたと思ったのか、顔を赤くして怒りだした。
<分かってるのに、分からない振りをしたのか!!意地が悪いところは、やっぱりあの姫様と一緒だな!>
興奮しすぎてホンスー語では無くなっているのにも気付いていないらしい。
そして、またまた登場の姫様…一体、何があったのかしらね?
<私がいつ分からない振りをしたの?私は知らないとも、分からないとも一言も言っていないわ。あなたの質問が抽象的だったから、どう答えるのがいいか考えていただけよ。それをあなたが思い込みで判断したのでしょう?>
<そんなの言い訳だ!これ以上無いくらい分かりやすい質問だっただろう。>
<あなたは{ホンスー語を勉強していますが、男性優位社会について答えてください。}こう聞いたわよね?>
<ああ、そうだ。簡単じゃ無いか!なあ、みんな!!>
青年は周囲にも理解を求めた。
すぐに同意している人もいれば、すこし怪訝そうにしている人もいるので、理解度に差があるのでしょうね。
<確かに質問としては簡単よね。でも、この聞き方だと一般的な男性優位社会の考え方が知りたいのか、男性優位社会に対する私の考えが知りたいのか分からなかったのよ。だからどちらで答えるべきか悩んだの。>
そう言うと、青年も含めて多くの人が、思い当たったようにハッと息をのんだ。
あちこちから<確かに…><言われて見れば…>などといった声が聞こえてきて、少し攻撃的な空気が和らいだ気がした。
<…ところで、姫様と一緒ってどういうことなの?>
全体の空気が落ち着いた気配を感じたので、気になっていた部分について問いかけると、ハウスのみんなが一斉に気まずそうに目を逸らした。
よっぽど言いづらいことなのかしら?
とりあえず、私に向かって暴言を吐いた青年に答えて貰いましょうかね!
相手を真っ直ぐに見据え、逃げることを許さない視線を向ける。
青年も視線をあちこち彷徨わせていたけれど、観念したのか少し気まずそうにこちらを見る。
<先日、お姫様がハウスに視察に来たんだ。すごく優しそうで可愛くて、『たくさん勉強しているから何でも聞いて』と言われたから、ホンスー語の分からない所を質問したんだ。そしたら…>
うーん…キラキラふわふわのお姫様に浮かれて質問して、何かショックな事でも言われたのかな?
何を言われたのか、青年の言葉を待つけれど…なかなか言葉にならないみたい。
そんな様子を見かねたのか、近くにいた青年と同じくらいの年齢の女の子が、そっと教えてくれた。
『はあ!?そんなの習ってないから知らないわ。私が知ってることを質問しなさいよ。これだから平民は嫌なのよ!』
そう吐き捨てて、帰って行ったのだとか…。
それを聞いた私やメイ達、護衛達でさえも『何じゃそりゃ!?』って思ったわよ。
じゃあ何でも聞いてって言うなよ…って思うけど。
きっと普段は周りが忖度して、姫様が分からない事は聞かない世界で生きてるんだろうね…。
青年の『これだから女は…』発言は、元を正せば姫様の『これだから平民は…』から来てるのかもね。
完全に悪い見本だわ…二度と来て欲しくないわね。
<なるほどね。その後で同じように視察に来た私に対して不信感があったのは理解したわ。だけど、それを差し引いてもあなたの先ほどの発言は、言語を学ぶ者として決して許せるものではありません。>
私が理解を示したことでホッと息をついた青年だったが、先ほどの暴言が無かったことにはならない事に改めて気付き、一気に青ざめた。
<さっきの質問の答えだけど…。多分あなたは勘違いしているわ。男性優位社会とは、ホンスーで一般的な考え方で、男性が表に立つことを重んじていて、男性の意見や決定が優先される考えの事よ。だけど誤解してほしくないのは、決して女性を軽視しているってことではないの。女性は家の内を守る存在で、あまり表に出さないことが男性の甲斐性とも見られる。女性は家で大事に守るものだっていう考えね。貴族や裕福な家の女性ほど、その傾向が強いかもしれないわね。>
恐らく青年の中で『男性優位社会』という言葉は、『男尊女卑』のようなイメージだったんじゃ無いかしら。
まあ、恐らく一部には男性優位社会を曲解して、『男性が何よりも優遇され、女性は劣った存在である』という考えの人もいるでしょうけどね。
表だって行動できない女性の立場は確かに弱いと言えるだろうし、それにつけ込んで女性を虐げる人がいても、家の中のことは外には分からないんだもの…。
メイ達双子もきっと国では嫌な思いをたくさんしたでしょうね。
彼女たちは「女性」でさらに「双子」なので、生き辛さはあったんじゃないかしら。
ムリーノ王国に来てからは、距離が近いこともあってホンスーの名を耳にする機会がとても増えた。
ホンスーの名が出る度に、メイの目元が…レイの指先が…ほんのわずかに強張るのよ…。
次の瞬間には、いつも通りに戻っているけれど、いつも一緒にいる私には隠しても分かってしまう。
ホンスーは女性が表に出さないことが美徳ではあるけれど、それは双子の主である私が理不尽な扱いに黙っている理由にはならない。
双子に不利益があるのならば、その時は遠慮など一切しない!!
そんなことを考えていたせいか、冷ややかな笑みを浮かべてしまっていたらしい。
真正面から対峙している青年だけではなく、周囲のメンバーが怯えた表情をしているのが目に入って、慌ててお澄まし令嬢スマイルに切り替えた。
<…そうか、女性は表に出ないだけで、内を守る役割を担っているのか。役割の違いがハッキリしているというのが、正しい解釈なんだな。>
私の冷ややかな笑みに少し固まっていた青年も、男性優位社会の正しい解釈を聞いて、思うところがあったみたい。
だけど、彼の問題は他の所にもある。
それをちゃんと理解して貰わないといけない。
<そうね。せっかく勉強の機会を得ているのだから、正しい知識を正しく使って欲しい。あなたの先ほどの発言、もちろん間違った解釈で女性を侮辱したことも問題だけど、それ以上に大きな問題は『相手が理解していないと思って外国語で悪口を言ったこと』よ。>
そう言うと、彼や周囲のメンバーがハッとした表情をした。
<ハウスが何故出来たのか分かる?港に来る外国の船の船員達は、全員が外国語を学べる環境にはいない。だから、簡単なお使いなんかでもぼったくられたり、詐欺に遭ってしまったりするの。それを防いで、気持ちよく港を利用して貰うため。そして孤児や立場の弱い人達に学習の機会を与えて、生活するための力を蓄えて貰えるようにという意味もあるわ。でも、あなたはせっかく学んだ言語を、人を馬鹿にすることに使用した。表情を取り繕っていたということは、それが悪口である自覚はあったのよね?>
当然自覚はあったのだろう、私の言葉を聞いて彼は完全に項垂れてしまった。
<……はい。相手を侮辱する言葉であることは自覚していました。俺は何てことを…。ハウスで船員達の用事を手伝っていると、他所の国で言葉が分からずに騙されてしまったという話をよく聞きます。『ありがとう。助かったよ!』という言葉もたくさん貰いました。誰かの役に立つ仕事が自分にも出来るのだと凄く誇らしかった…。それなのに俺は自分でその誇りに泥をかけてしまった!マリーナ様、本当に申し訳ありませんでした。そして大事なことに気付かせて下さって、本当にありがとうございます!!>
うん、ちゃんと分かってくれたみたいね。
周囲のメンバーも、彼と同罪だと感じているのか一緒に深々と頭を下げている。
人間は慣れてしまう生き物だから、それまで新鮮な気持ちで取り組んでいたことも、だんだんと当たり前になっていってしまう。
そうなると、最初の頃の自分を忘れて歪んでいってしまう…。
今回は歪みが大きくなる前に気付けて良かったわ。
<分かってくれて良かったわ。あなたからの謝罪を受け入れます。>
そう言うと、彼や周囲のメンバーもホッと息を吐いて頭を上げた。
<だけど覚えていて、いくら表情を取り繕っても、言葉に潜む棘は隠せないの。相手に通じていないと思っても、言葉の棘は必ず相手に刺さるわ。今後、新しい言語を覚える際も必ずそのことを忘れずにね。>
これには、私の周りに控えている双子や護衛達も深く頷いている。
それをみたハウスのメンバーも、彼らに悪意が伝わってしまっていたことを知り、それぞれが真摯に受け止めているようだ。
表情もここに来た当初のような冷ややかなものではなくなっているので、彼らに燻っていたものはちゃんと解消出来たみたい。
さて、では最後の仕上げといきましょうか!
<あなたたちがハウスで学んだ知識を正しく使えるように、私もフェレーリ家も支援は惜しみません。だけど、ここで得た知識で出来ない人を馬鹿にしたり、侮辱するような行為をする事は決して許しません!!ハウスで言語を学んでいる人間として、常に誰かに誇れる自分でいてください。>
<<<<< はい!! >>>>>
うん、みんなの表情が変わったわね。
<さて、じゃあこの話はこれでおしまい!勉強の時間を取ってしまってごめんなさいね。今日はもう時間が無くなってしまったけど、私もリモーネ滞在中はちょくちょく顔を出すようにするわ。分からないところがあれば、ホンスー語以外でも何でも答えるから、遠慮無く聞きに来てちょうだいね。>
そうみんなに声を掛けて、双子や護衛達と共に勉強部屋を後にした。
いや~無事に事態が治まって良かった、良かった!と機嫌良く歩いていると、カルロから声が掛かった。
<マリーナ!>
カルロはにこやかな笑顔で、廊下の曲がり角から現れてこちらに向かってくる。
<お疲れ様。途中から話は聞こえていたんだけど、僕が出て行くまでもなく見事に解決してくれたね。流石は僕の婚約者殿だ!(やっぱりマリーナは凄いな!あの我が儘姫が余計なことをしたばかりに、マリーナに迷惑を掛けてしまったのは誤算だったけど…彼らには良い薬になったかもね。それにしても、昔からマリーナは変わらないな。そんな君だから愛さずには居られないんだ…僕もそろそろ本気でいかせてもらうからね)>
んん?褒められてるのに、なぜか背筋に寒気が……?
何だろう…この狙われた小動物にでもなったような気持ちは…???
よく分からない感覚に頻りに首を捻るマリーナと、それを底の見えない笑みで見つめるカルロ。
そんな二人の様子を、双子と護衛達は「うちの姫様が完全に捕まるのも時間の問題だな…」と、複雑な気持ちで見守るのであった。




