8.海の愛し子『ネロ』②
船大工の資材置き場 兼 待機場の扉をノックした。
中から入室を促す返事があり入室すると、部屋の中には船大工の親方とネロがいた。
「親方、お久しぶりです。まさか親方が船大工として来てくれるとは思わなかったわ。アンカーの方は大丈夫なの?」
「お嬢!ご無沙汰しとります。すっかり淑女になられましたな~。わはは!!アンカーは弟子達がしっかりやるんで問題ないですとも!まあ…乗る予定だった弟子にはすまんかったが、ネロが心配でジッとしておられんかったんですよ…。」
お祖父様と同年代なのに、未だに現役で木材もヒョイヒョイと運べてしまうパワフルな親方らしく、アンカーに関しては問題なしとの太鼓判を押してくれた。
でも、弟子を押しのけて船大工としてついてきた後ろめたさがあるのか、最後は少しだけ罰が悪そうに言うのが可笑しくて、堪えきれずに笑ってしまった。
「ふふふっ。こちらは親方が船大工として来てくれて有り難いくらいだし、アンカーが問題ないなら大歓迎よ!!ネロにもまだまだ親方の力が必要でしょうしね。」
「そういって貰えるとありがたいですわ。航海の間にネロには出来るだけたくさんの事を教えてやりたいと思っとります。」
そう言って、ネロの頭を撫でる親方の目はとても優しくて、ネロも恥ずかしそうにしつつも嬉しそうな様子に、良い関係が築けている事が見て取れて安心した。
私たちが入室した時は、知らない人が来た事で緊張した様子だったけど、親方と親しく話している様子を見て、少し緊張が解れたみたいね。
親方も、敢えてネロには声を掛けなかった私の意図を汲んでくれて良かったわ。
この様子なら声を掛けても大丈夫そうね。
「親方、彼と少し話がしたいんだけど良いかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。ネロ、この船の持ち主であるバイエルン伯爵家のお嬢様でマリーナ様だ。お前と同じようにルクス様からギフトを賜った方でもある。お前と話がしたいそうだ。」
親方の紹介にびっくりした様子だったけど、同じギフト持ちという所に少し興味を持ったようで、話をする事には頷きで答えてくれた。
拒否感は無さそうだ…と、ほっと息をつく。
親方も問題はなさそうだと確認したら、「じゃあ、話してる間にちょっくら船内を確認してこよう。」とフットワークも軽く、部屋を出て行ってしまった。
「さて、じゃあ座って少しだけお話しましょう。親方が紹介してくれたけど、私はマリーナよ。この船の上ではみんな家族みたいなものだから、私の呼び方は呼びやすい様に呼んでくれて構わないわ。ただ、外では一応貴族令嬢としての体裁があるから、ちゃんと呼んで貰う必要があるけどね。もし切り替えが難しいようならお嬢様とか、マリーナ様で統一すると良いかしらね。」
「ネロです!あまり器用な方ではないので、うっかり外でミスしないように、お嬢様とお呼びします。ずっとバイエルン家の方にお礼を言いたかったんです。僕をバイエルン領で受け入れて下さってありがとうございました!!これまでは、自分が何故水に嫌われているのか分からず、親にも気味悪がられて捨てられて、生まれたことが間違いだったのかと思ってしまっていたから…。」
そう言って、これまでの事を思い出しているのか、とても苦しそうな表情をしている。
人間は『みんなと違う』ということに異常に反応することがある。
ただの水くみで溺れそうになったり、小さい子でもするような川の浅瀬での水浴びでも溺れる。
そんな事が続けば、それを異常(呪い)だと判断して恐れるようになり、そして恐れから逃れるために排除しようとする。
ネロの身に起こったのも、そういった集団心理からくる排除行動に、海や海の愛し子に関する無知が重なった事で起こった悲劇だったのだろう。
「ネロがうちに来た経緯は聞いたわ。これまで大変な目に遭ったわね。でも、一つだけ言えることは、『海の愛し子』のギフトはネロに必要だったということ。ルクス様は洗礼の儀で、ギフトを与えて下さるけど、その人の性質に合ったギフトを授けているんだと思うわ。」
「その人の性質に合ったギフト…ですか?でも…。」
困惑するのも無理は無いわね。ネロは海がない国の貧しい村で育ったらしいから。
海に関するギフトを貰った意味が分からなくて当然よね。
でも、生まれた場所は関係ないのよね。
ルクス様は、その人の内面を読み取っているだけだから…。
まあ、その辺りは説明しても分かりにくいと思うし、他の切り口で
そこで、分かりやすく説明するために簡単に北大陸の地図を書いて見せた。
「あなたが生まれた国がここ。全く海に接していない国。でも、周りの国を見て?ほとんどの国が広く海と接しているの。そしてどの国も大小の港を複数持っている。だけど、いま居るメーア王国はバイエルン領しか海と接している領地がなく、港もアンカーのみ。本来はあなたのギフトを活かすためには、港を複数持っている他の国に引き渡した方が喜ばれた筈なのよ。」
そこまで説明すると、ネロも「確かに…。」と理解を示した。
だけど、他の国の場合は奴隷という立場から、ギフトの恩恵のみを搾取する過酷な労働環境に置かれた可能性が高いことを説明すると、想像したのか少し顔色が悪くなってしまった。
「じゃあ、なぜあなたがメーア王国のバイエルン領に来たのか。それは恐らくルクス様の導きだと思うわ。ルクス様は人の日々の行いを見ておられるわ。そして、その行いに応じて困難に直面した者に力を貸して下さるの。だから、ネロのこれまでの行いがルクス様に認められたということよ。あなたは幸せになれる場所の入口までは連れてきて貰っている。でも、そこから先は自分で進んでいかなければならないわ。」
「ルクス様の導き…。幸せになれる場所の入口…。自分で進んでいく…。」
私の言葉を呆然とした様子で繰り返していたネロだったけど、一言呟く毎に、次第に目に強い光が宿り始める。
そして、何かを決意した表情で
「お嬢様、まだ僕は自分に凄いギフトがあるということを、本当の意味で理解出来ていないのかもしれません。でも、船に乗ると優しい気配に包まれるのが分かるようになってきました。これが多分海に愛されているって事なんだと思います。これまでは水が怖かった…。なぜ他の人が当たり前に出来ていることが出来ないのかと苦しかった…。それでも腐らずにここまで来られた自分を、少しだけ認めてあげても良いのかもしれないと、やっと思えるようになりました。それもバイエルン領に導いて下さったルクス様、受け入れて下さったバイエルン領の皆さんのお陰だと改めて実感しています。僕は、これから親方の指導のもとで立派な船大工になって、自分の居場所を守れる人になりたいと思います!」
「ふふっ。親方の指導は厳しいわよ~。でも、これまで辛い状況を乗り越えてきたネロなら、きっと大丈夫だって信じられるわ。私もルクス様から賜ったギフトの力を活かすために、世界を巡る旅に出たの。でも、何度旅に出ても、必ずバイエルン領に無事に帰るって決めているわ。だから、海に愛されているネロの力と、船大工としての力をこの船に貸してちょうだい。」
「もちろんです!船大工としての俺も必要だと言ってくれてありがとうございます…。まだまだ見習いですが、親方に食らいついて、早く一人前だと言って貰えるように頑張ります!」
さっきまでの少し自信が無さそうな雰囲気は消え、気合いに満ちた、とても凜々しい顔つきになったネロをみて、戻ってきた親方がとても嬉しそうに口元を緩めたのが見えた。
親方ったら本当に嬉しそうだったわね…。
部屋を後にした私は、先ほどの親方の様子を思い返して思わず頬が緩む。
なにより私自身、心強い仲間が増えたことを心から喜び、ますます旅が楽しみになったと心が浮き立っている。
――――さあ、新たにひらかれた世界へ、いま大きな一歩を踏み出そう!
次回、初の外国となるムリーノ王国に到着致します!
大変長らくお待たせいたしました(o_ _)o
最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)




