6.料理長『カール』
はい、一頻り部屋を双子達とルームツアーを堪能したマリーナです。
現在は、メイをお供に食堂にやってきました。
まだ出港したばかりということもあって食堂には誰もいません。
厨房には人の気配があるので、そちらに向かい声を掛ける。
「カール料理長はいるかしら?」
すると厨房の奥から、見慣れた青年がニヤニヤしながら歩いてくるのが見えた。
「お呼びですかい?お嬢。」
その気軽な態度にメイが少し反応したが、手で制す。
後でちゃんと説明しないとなと思いつつ、今はカールに事情を聞くのが先決!と気持ちを切り替えた。
「ちょっと、カール!私聞いてないわよ!なんで貴方がここに居るのよ!」
「いや~、お嬢の船で料理人を募集するって、加工場で聞いてさ。俺なら保存食のレシピも全部知ってるし、その時の材料で随時追加を作りながら旅を続けることも出来ます!って、領主様に猛アピールしたんだよ。お陰で料理長に抜擢して貰えて、補助の人間も加工場から二人選ばせて貰えたんだぜ。」
「ええ!カールが居ないうえに、加工場から二人も連れてきちゃったの!?オジイが困ってるんじゃないかしら…。」
「ああ、それなら大丈夫だよ。領主様はちゃんと新しい人員も補充してくれて、俺もある程度ちゃんと動けるところまでは指導してきたしな。」
カールの言葉を聞いて安心はしたけど、お父様もカールも内緒にしてたなんて酷いわよね!
「でも、なんで内緒にしてたのよ。加工場で顔を合わせてたんだから、教えてくれたも良かったじゃない!」
「まあ、教えても良かったんだけど、新しい船の事もサプライズだったみたいだし、それならもう一つくらいサプライズがあっても良いかな、って思ってさ。」
はあ…とため息をついた。
「まあ、来ちゃったものは仕方ないから、扱き使ってあげるわ!あちこち外国を回る予定だから、その土地でしか手に入らない食材で保存食を作ったり、地元の料理を食べたり、たくさん研究してみんなにお土産として持って帰らなくちゃね!」
「おう、望むところだぜ!オジイからも、お嬢を支えてこいってしつこく言われてるからな。お嬢と船の食の安全は俺に任せてくれ。」
私の扱き使う発言にも、堂々と受けて立つのがカールらしいわね。
加工場でもオジイの厳しい指導に、負けじと食らいついていって、誰よりも貪欲にオジイの知識と経験を吸収していたのがカールだった。
だからこそ、もう高齢のオジイの後継として、加工場の責任者を任せたいと思っていたんだけど…。
まあ、これも良い機会かもしれないわね。
外の国の調理法や食材に触れる機会はなかなか無いもの。
食材だけなら輸入することは出来る。
でも、現地でどう食べられているのかは、味付けや調理法も含めて、実際にその場に行ってみないと分からないから、とても貴重な経験値となることは間違いない。
きっと、オジイもそう思ったんだろうなあ。
自身が長く商船の料理長をしていた経験から、外の世界に触れる機会が、カールを何倍も成長させることが分かっていたんだろう。
「頼りにしているわよ、カール料理長!」
「おう!」
そう言って、加工場でやっている様にお互いの右腕(手首~肘の間)をトンと合わせた。
(この挨拶も久しぶりね…。加工場では食材を扱う関係で、手をしっかり消毒殺菌して作業をしているから、握手したりハイタッチしたりが出来なくて、自然とこの挨拶が定着したのよね)
これからの旅への楽しみが増えたことに、心を弾ませながら食堂を後にした。
◇◇◇
次の目的の場所への移動中に、メイにはカールについて説明しておく。
保存食加工場の立ち上げメンバーの一人で、次の加工場責任者と目されている人物でもあること。
3歳の頃から接しているので、身内の感覚で距離が近くなってしまうが、ちゃんと外の人の目があるところでは切り替えられる人物なので、船の中での態度にはある程度、目を瞑って欲しいこと。
先ほどのやり取りである程度は察してくれていたようだけど、改めてちゃんと説明したことで理解を示してくれた。
レイにもすぐに感応で情報を共有してくれたらしく、そちらからも了解の返事が来たらしい。
うん、片方に説明したら相方にもすぐに共有されるって凄いし、便利ね~と改めて感心した。
その感情のままメイに、
「何度も説明しなくて良いし助かるわ!でも、お互いの苦しさとか痛みも伝わってしまうと思うと、喜んでばかりもいられないわよね。そんな思いを2人にさせないように気をつけるわね。」
と、伝えたんだけど…。
あら?いつもポーカーフェイスを崩さないメイがポカンとした表情をしているわ!
これは凄く珍しいわね…どうしたのかしら???
「…メイ?」
動かなくなってしまったメイが心配になり声を掛けると、
「…え?…あ!申し訳ありません、マリーナ様!」
ハッとした様子で、すぐに謝ってきたのだが、いつもと様子が違いすぎて心配になった。
「大丈夫?体調が悪いならレイと代わって、部屋で休んでいいのよ。」
「いいえ!体調は悪くありません。少しびっくりしただけなのです。足を止めさせてしまって申し訳ありませんでした。問題ありませんので、参りましょう。」
何やら必死にそう言い募る様子から、いまはこれ以上聞いても答えは貰えないだろうと感じた。
後でレイに聞いてみようと心に留めて、用事を済ませてしまおうと、止めていた足を進めた。
◇◇◇
ついた場所は、この船の最下層部にある乗組員の居住区だ。
ここに来た理由は、『海の愛し子』のギフト持ちに会うためだ。
お父様と『モントリヒト』の船内ツアーをしていた時に聞いた話では、バイエルン領に元々居る『海の愛し子』とは別の人物のようだ。
元々の人は、バイエルン商会の船や、お祖父様の海兵隊の船に乗ること多く、長期での不在は難しい。
そのため、我が家とアイヒベルク家、フェレーリ家がそれぞれで情報を収集し、『海の愛し子』のギフト持ちを探してくれたらしいの。
そして、アイヒベルク家が中央で集めた情報の中に、内陸の国から我が国の王家に献上された奴隷の中に、『海の愛し子』のギフト持ちがいることが分かった。
その内陸の国は資源が乏しいため、あらゆる物を他国から輸入しており、その対価として輸出しているのが『人間』なのだ。
単純に労働力や兵力として期間契約で貸し出すこともあれば、今回のように奴隷を差し出してくることもあるらしい。
我が国にも奴隷の制度はあるが、犯罪奴隷と借金奴隷の二種類に明確に別れており、それ以外の奴隷は法律で禁止されている。
犯罪奴隷は、犯罪を犯した者がなる奴隷で、罪の重さによって労働の場所や年数に差が出る。
主に、国営の鉱山や農場、汚水処理などで使役される。死亡率は高い。
借金奴隷は、借金が返済出来ない者がなる奴隷で、借金額の返済が出来るまで債権者の元で労働を行わなければならない。
債権の買い取りなどで奴隷の所有権が他者に移ることもあるが、人権は保障されており、借金返済後はちゃんと解放される。
今回献上されてきた奴隷達は、我が国でも合法となる借金奴隷や軽犯罪奴隷だと言うが、本当の所はわからない…。
かの国は、他国から資源や食料を得る為に、わざとに罪をでっち上げて無実の平民を奴隷に堕として、他国に引き渡しているという噂があるからだ。
ただ、その可能性があったとしても、受け入れ側の国もわざわざ調べたりはしない。
こちらの国としても過酷な作業を担ってくれる労働力を外から得られるのであれば、自国民を犠牲にせずに済むので構わないというのが中央の考えらしい。
厭な考え方よね…。
平和に暮らしている人が、ある日突然奴隷に堕とされて、他国で強制労働させられるなんて。
本来は、決してあってはならない事だわ。
しかもそれが、平民を庇護すべき立場の国が主導しているって言うのだから、もっとタチが悪い…。
だけど、証拠が無ければ何も言えないし、証拠もないままそんなことを言えば、国家間の争いの種になるだけ…。
今の私には何の力もない。
だけど、この旅の中で私に出来る事が何なのか、答えが見つけられたら良いなと思っている。
って、ちょっと話が逸れちゃったけど、献上された奴隷達の中に『海の愛し子』のギフト持ちの男の子が居たのは、元々の国が内陸の国で海関係のギフトが役立たず扱いだったから。
本来なら、ギフト持ちは一万人に一人なのだから、貴重な人材として王城や王都で仕事を得ることが多い。
ただ、私が洗礼の儀を受ける時に、お父様から聞いた話(※)のように、中央(王城や王都周辺のこと)の人達は、自分たちに関係のないギフトや、範囲が限定されるギフトに対して差別的な態度を取る傾向にある。
(まあ、自分にはないもの対する妬みとか僻みなんでしょうね…。自分には与えられなかったということを認めたくなくて、馬鹿にすることで自分は劣っていないと言いたいのかしらね)
それは他国でも似たり寄ったりで、『完全鑑定』は重宝されるけれど、下位互換となる『鑑定(植物)』や『鑑定(鉱物)』などの限定的なギフトは軽視される。
それでも、それぞれ必要とされる分野はあり、限定的なギフトでも普通の人よりは良い待遇で仕事に就くことは出来るのだ。
ただ、その中でも『海の愛し子』は、海がない場所では効果を全く発揮できないギフトだ。
海には愛されているが、何故か川や湖・池などの他の水辺とは相性が悪く、溺れてしまったりする。
だから、海がない場所に生まれてしまった『海の愛し子』は悲惨な運命を辿ることもあるようだ。
バイエルン領で最初に保護した『海の愛し子』も似たような経緯ではあったけど、まだバイエルン領っていう海に面した領地があったからマシな方ではあったのよ。
でも不幸なことに、男の子の生まれた国は海とは全く接していない国だった。
だから、折角のギフト持ちなのに役立たず扱いされ、親にも捨てられた末に、奴隷になってしまった。
川や池で何度も溺れかけたため「水に呪われた子」だと思われていたことも原因の一つらしい。
(海がない国の内陸の貧しい村だったらしいから、海の愛し子への理解はなかったのでしょうね…)
それでも、唯一の幸運と呼べることがあるとすれば、彼がメーア王国に奴隷として引き渡されたことだと思うわ。
他の海洋国であれば、奴隷として酷い労働環境の元で、ギフトの恩恵だけを搾取され続けることも考えられたけど、我が国では海に面しているのはバイエルン領だけなので、こちらが希望を出せば、ほぼ100%の確率でこちらに譲り渡して貰う事が出来る。
我が領が海洋貿易や、海から訪問する他国との重要な窓口であることは国も認めているので、自分たちには恩恵のない『海の愛し子』のギフト持ちなどは、優先的に譲ってくれるのだ。
これまでにもそういった実績を重ねてきたので、今回も特に問題にならずに、譲り受けることが出来たとか。
さてさて、それじゃあ『海の愛し子』がどんな子かお話してみましょうか!
(※)「3.貴族令嬢でしたよワタクシ」の中で、マリーナとお父様がバイエルン領に居るギフト持ちについて、詳しく話をしています。振り返っていただくとより理解が深まるかと思います。
次回は、マリーナの専属侍女となった双子についての閑話です。
最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)




