39.【 不正を許さぬ番人 Side 警備隊副隊長 ウルフハルト】
これで、プロジェクト始動後の人々の小話は一旦終わりです。
次話からは、また本編に戻ります!
私はアンカーの町を守る警備隊の副隊長をしているウルフハルトという者だ。
アンカーはバイエルン伯爵家が治める領地であると共に、我がメーア王国唯一の貿易港を有す町ということもあって、外国からの脅威にも備えるために町の規模としては大きな警備隊がある。
領主様直属の騎士団もあるが、そちらは対外的なトラブル(他領地や他国からの侵略)に対応しているので、警備隊の主な業務としてはアンカーの町の中で起こるトラブル(町人同士のトラブルや、アンカーに入港している外国の船員と町の住人とのトラブル)に対応することで棲み分けは出来ていると言えるだろう。
警備隊も領主家の指揮系統には入っているが直属では無いので、緊急時には指示に従うが、通常時は独自の判断で動き、結果のみを領主家に報告している。
この仕組みは領主家の力だけが強くなると、仮に領主家の当主に指導力がないものが就いてしまった場合に、町の治安維持に偏りが出てしまうのを防ぐことが可能となるのだ。
過去には実際に、無能な領主が騎士団と警備隊の指揮権を全て持っていて、自分が襲われることを極端に恐れるあまりに、領主邸の周りだけを警護させ、町の治安は後回しになった事で、相当治安が悪化したことがあったらしい・・・。
それらの教訓もあって、警備隊の隊長は前任者からの推薦が何よりも優先される。
ただ、この方法は逆も有り得てしまい、前任者からの推薦を優先すると、どうしても金や権力を持った無能者が賄賂などで隊長になることもあるので、副隊長は領主家からの推薦が優先される仕組みとなっており、警備隊全体の腐敗を防ぐ構造としている。
何とも面倒な仕組みだとは思うが、これまでもこのシステムで長く大きな問題が起きたことが無いので、それなりに理にかなった仕組みなのだろう。
ちなみに、現在の領主家は素晴らしい人材に溢れているのでそういった心配とは無縁である。
領主のライナー様は全てをそつなくこなす万能型、とても視野が広いので細かいことにも良く気の付く素晴らしい領主様だ。
奥様であるレーナ様は、結婚前のアイヒベルク侯爵令嬢の頃から、完璧な淑女として名高い方で、孤児院や病院への社会貢献に尽くされている素晴らしいお方だ。
レーナ様のお陰で、アンカーの孤児院や病院は近隣の領地とは比べるまでもなく、人や施設が充実する環境となっており、明るい雰囲気に包まれた場所となっている。
前領主様であるヴェルナー様は、ライナー様の父君であり、早くにライナー様に当主の座を譲った後は、アンカーの町の治安維持に全力で取り組まれている方だ。
身体強化というスキルをお持ちで、それを活かした戦闘では向かうところ敵なしの猛者でもある。
次期領主様である嫡男ギルベルト様もライナー様と同様に万能型で、すでに10歳という年齢に見合わない優れた能力を各所で発揮している。今は、他家との合同事業を立ち上げて指揮を執っているそうだ。
ご次男のヴォルフラム様は、ギルベルト様とは違って身体を動かす事に特化したお方だ。
その才能はヴェルナー様譲りと言われるほどで、スキルは無いものの、その身体能力の高さで、将来は兄君が治めるバイエルン領の治安維持に貢献すると目されている。
最後に、御年3歳を迎えられたご長女のマリーナ様。
洗礼の儀式で神様からスキルを授かった事は、お披露目会の後で領内外に公表されたが、それ以前にもバイエルン伯爵家に勤める使用人達から、誰よりも早く言葉を覚えたとか、3歳を前にして難しい本も1人で読まれているなど、俄には信じがたい話がたくさんあった。
しかし、言語関係のスキルを神様から賜ったと聞いて、みんなあの話は全て事実だったのだと納得したのだった。
そんな特別なマリーナ様は、最近では市井に良くおいでになり、ギルベルト様が進めているプロジェクトの補助のために、色々と動いておられるようだ。
孤児達のための知育教材やら、辞書やらの開発のために動かれているご様子は、一般の隊員からの報告で私の耳にも入ってきている。
領主家主導のプロジェクトの効果もあって、町全体が活気付いている事もあり、最近はトラブルの報告自体が少ない平和な状態が続いている。
◇◇◇
そんな平和な日常が続いていたある日のこと。
私は日課のために、隊舎の入口に設けられている一般隊員の詰め所に顔を出すために移動していた。
副隊長になると隊舎での事務仕事も多く、町の人々と直接話す機会が少なくなってしまったので、そこで錯誤が起こらないように、町の人々と直に接する機会の多い一般隊員から町の様子を聞く時間を毎日設けているのだ。
プロジェクトで町が活気付いている様子や、マリーナ様がご活躍されている様子なども、この時間に隊員達から聞いた内容になる。
この日は、たまたま時間が空いたので、いつも顔を出していた夕方ではなく、昼過ぎに詰め所に顔を出したのだが・・・。
私がいつものように顔を出すと、どうも詰め所の様子が可笑しい。
数人の隊員が慌てて何かを隠す動作をし、それを誤魔化そうとする者、何か言いたげにこちらを見ている者など、明らかにいつもとは様子が違っている。
「何を慌てている。とりあえず、いま隠した物を出せ。」
そう言うと、何かを隠そうとした者の1人が詰め所を出ようとしたので、同行していた副官にそいつを止めさせた。
他の者達の動きも見逃さないように見ていたが、気まずそうに目を逸らすもの、落ち着きなく身体を動かす者など、何か余程不味いことを隠しているらしいことは察せられた。
「ウルフハルト様。この書類を持って出ようとしたようです。」
そう言って手渡してきた書類に目を通すと、『外国の船員が何かを訴えて来たが、言葉が分からないので、いつものように突っぱねてそのまま返した』という内容の報告書であった。
なんだと!?何かを訴えていたのに、言葉が分からないから突っぱねた???
しかも、『いつものように』とはどういうことだ!私は何も聞いていないぞ!?
何故、上司の指示も仰がずに、何を訴えているのかも分かっていない外国の船員を突っぱねているんだ!!
「これはどういうことだ。誰の判断でこんなことをした。」
書類を見せながら隊員達に問うと、
「副隊長、これは良くあることなんですよ。あいつらは言葉が通じないからと、町でも横暴な態度を取るんです!前に隊長に相談したら、こんなくだらない事に割く時間が勿体ないから、報告書だけ隊長に出せば突っぱねて良いって言われてるんですよ。」
先ほど、報告書を持ってどこかへ行こうとした隊員が、ヘラヘラしながらそう言ってきた。
なるほど、隊長の指示か・・・。
現在の領主家が素晴らしい方達なら、警備隊の隊長はどうかというと・・・最悪の一言だろう。
前にも述べたように、隊長は前任者からの推薦が優先されるが、現在の隊長はアンカーの町でも割と力のある商家の次男坊で、兄が後を継いでいる商家の金と人脈を使って、前任者から警備隊の隊長の推薦を得た人間なのだ。
当然、警備隊員としての能力も統率力もないので、様々な仕事をこちらに丸投げして遊び歩いているような、碌でもない人間である。
私は自他共に認める堅物なので、賄賂も不正も許さない姿勢を貫いており、隊長はその様子が大層気にくわないみたいだが、これでも下級貴族家の出身なので、裕福な商家とは言え平民の隊長からの嫌がらせは、仕事の押しつけくらいで実害は無いのだ。
話せば嫌みしか言わない人間の相手も面倒だし、自分がやった方が断然早い上に無駄が無いので、特に何も言わずに押しつけられた仕事を熟しているのも、相手にはコンプレックスになっているらしいが、そんなことは知らんな。
さて、今回の件に隊長が関与しているなら、何かあるな・・・。
「なら、どうして隠そうとした。やましいことが無いなら隠す必要は無いはずだ。それに、良くあることだというこの報告が、私の耳に入っていないのも可笑しい。」
そう言って、この件は領主様に報告のうえで、別途調査することにするので、何かあれば私に報告にくるように伝えて詰め所を後にした。
さて、やましいことがある者も結構居そうだが、どう出てくるかな。
そんな事を考えつつ、領主様への報告書を作成するために自分の執務室に戻りながら副官に指示を出す。
「どうもこの件は可笑しい。私に報告が一切来なかったことも、隊員達の口からもこの件が語られなかった事も可笑しすぎる。外国の船員達の訴えが何なのかきちんとした調査が必要だ。お前が信頼出来る部下達と共に、一般隊員の間での噂や、町人達の話を集めてきて欲しい。頼むぞ。」
「はい!ここまで徹底的に情報が隠された裏には、何か大きな陰謀があるかもしれません。至急、情報を集めて参ります。」
副官は迅速な対応を約束して、足早に去って行った。
副官は、隊長・副隊長が自分で任命できるため、腹心とも言える人間が指名される。
我が副官も、私が直々に指名した隊員で、実力や人間性においても信頼の置ける部下なので、彼に任せておけば大丈夫だという絶対の自信があった。
さて、情報が集まるまでに私も自分の職務を果たさなければ。
領主様への謁見を求める書類の他、先ほどの報告書の内容と、それに対する対処の指示が隊長より出ていて、それが何度も繰り返されていたらしいことを纏める。
後は、副官が集めてくれている情報をまとめた物と一緒に提出すれば、領主様がご判断下さるだろう。
◇◇◇
その日の夕方。
調査に出ていた副官が戻ったので話を聞くと、
<町人からの聴取>
■町中でも、隊長の実家である商家の周囲の店で、外国の船員とのトラブルが多く目撃されている。
■外国の船員が騒いでいると、毎回警備隊員がやってきて、詰め所に連れて行く。
■商会の人間が外国の船員の悪口を言いふらしているので、町人の印象も悪くなっている。
■トラブルに遭っているのは、言葉が分からない外国の船員ばかりらしい。
■バイエルン商会の周辺ではそう言ったトラブルは起きていない。
<一般隊員の聴取>
■詰め所に連れてきた外国の船員は、詰め所の隊員達が恫喝した後に解放している。
■一般の隊員は言葉が分からないので、こちらが怒っていることだけ相手に分かればいい、適当に怒鳴って追い出せと上から指示が出ている。
■夕方に副隊長が顔を出した際にこの話題が出なかったのも、この件は詰め所の中や隊員同士であっても話題にすることは禁止されていたからとのこと。
■みんな何か可笑しいとは思いつつも、副隊長が何も言わないので、何か余程の事情があると思っていたとのこと。
何だコレは・・・全てを聞き終えた私は頭を抱えてしまった・・・。思っていた以上に最悪な事態になっていた。
いつからこんなことが行われていたのか、何故私はそれに気付けなかったのか。
自責の念に駆られるが、そんなことを言っている場合では無い!このままでは、国際問題に発展してしまう可能性もあるのだ・・・。
副官が町人や一般隊員の聴取を纏めてくれたので、先ほど作成した報告書と共に、すぐに領主様に提出しなくては!
「これはグズグズしては居られない事態です。急を要するため、明日を待たずに私が自分で領主邸まで報告書を持参します。もしかしたら、すぐに警備隊を動かす事態となるかもしれませんので、あなたの信用できる隊員達には、申し訳ないが待機の指示を頼む。」
「はっ!いつでも動けるようにしておきます!」
そのまま、報告書を持った私は、単騎で領主邸までの道を急いだ。
夕日に染まる領主邸は『メーベ』と呼ばれるに相応しく、赤に染まった海原を飛ぶカモメの様で大変優美だが、そんな美しい景観を楽しむ余裕も無く、領主邸に駆け込んだ。
◇◇◇
緊急の用件で領主様にお目通り出来るよう伝えたところ、速やかに領主様の執務室まで通された。
そこにはライナー様を始め、次期様であるギルベルト様と、前領主様であるヴェルナー様がおられた。
「ウルフハルト、久しいですね。あなたを副隊長に任命してから、定期的な報告は受け取っていましたが、いつも副官ばかりが来ていて、あなたは全然顔を出しませんでしたからね。」
開口一番のライナー様のお言葉には苦笑が漏れてしまった。
確かに、副隊長に任命して頂いてからは、隊長からの仕事での無茶ぶりも多く、忙しさから報告を副官に任せきりにしていましたからね。
「みなさま、お久しぶりでございます。忙しさにかまけてご無沙汰してしまい申し訳ありません。」
「まあ、君の副官から色々と聞いてはいるから、事情は分かってるけどたまには顔を出しておくれ。」
そこまでいつもの優美な表情で仰った後、顔つきを引き締めて
「それで、こんな時間に君が訪ねてくるなんて、ただ事では無いね?報告してくれ。」
「はい、それでは報告させて頂きます。まずはこちらをご覧下さい。」
そう言って、作成してきた報告書と聴取資料を見せながら報告をする。
説明が進むに連れて、皆様の表情が険しいものに変わっていく。
「なるほど、これは確かに緊急の用件だ。この事態に君が気付いたのは今日の昼なんだね?それでもこれだけの聴取が集まっているのはさすがだ。」
「副官と部下達が頑張ってくれました。でも、事態に気付くのが遅れてしまい申し訳ありません!」
「警備隊長にも困ったものだ。能力は無いのに、こういったずる賢さはあるのだから始末に負えないな。副隊長に君がいなかったらと思うとゾッとするよ。さて、では話を戻そうか。実は、いまギルベルトが進めているプロジェクトに関する調査の中で、外国の船員に話を聞く機会があったのだが、似たような訴えがあったのだよ。それについて、これから調査をする予定だったのだが、君のお陰ですぐに対処に移れそうだ。」
そう言って、外国の船員からの聴取の内容と、予想では宿屋や商店などがグルになり、言葉が通じない船員をターゲットとした詐欺の流れが、組織的に出来上がっている可能性が高いと考えていたことを教えてくれた。
そこに今回の報告を付け加えると、更に実態が見えてくる。
警備隊長の商家が中心となり、近隣の商店や酒場・宿屋などを巻き込んで、言葉が通じない船員をターゲットとした詐欺が行われていて、最終的には警備隊までもが共犯の様な扱いで組み込まれてしまっているという全貌が見えてきた。
「バレてしまった以上は、相手も黙っては居ないだろう。証拠の隠滅も考えられる。だから、相手には時間を一切与えないように、こちらもすぐに動くことにしよう!父さん、騎士団を率いて警備隊長の実家の商家への家宅捜索をお願いします。ギルベルトは、ウルフハルトの副官と共に警備隊員を率いて、商家の近隣の店への捜索を、私はウルフハルトと共に警備隊長の執務室を押さえます。時間との勝負になります。気を引き締めて臨んで下さい。では、行きましょう!」
「「「 おう! 」」」
これまで領主家と繋がる副隊長に徹底的に報告が行かないようにしていた経緯から、今回副隊長が気付いて動いたことで、証拠の隠滅に走る可能性が高いと全員が判断し、即時対処に動く方向で話がまとまり、一気に動き出した。
◇◇◇
相手に証拠隠滅の隙を与えない一斉捜査をしたことで、捜索対象となった全ての箇所で、言葉の通じない外国の船員に大して行っていた卑劣な詐欺行為の証拠が出てきた。
かなりの数に上る証拠の数々に領主様方も事態を大変重くみて、現在アンカーで取引のある各国の船に対し、共通した謝罪と今後の対応についての宣言を迅速に行った。
被害者が言葉の分からない外国人ばかりだったこともあり、個々の特定は難しかったため、個別の救済は出来なかったが、速やかに全体への謝罪と対応強化の宣言があったことで、一時は怒りの感情を見せていた各国もひとまずの理解を示した。
警備隊の詰め所への訴えについては、外国籍の者が相手の場合は領主家にも必ず報告すること、またアンカーの全ての店舗には、外国人に対しての犯罪行為は厳罰を以て対処する、との通達が領主家から為された。
今回の事件の根底には、相手の言葉が分からないことへの不安があり、それが犯罪行為にまで発展してしまったのだと推測された。
言葉が通じないことでの不安については、もちろん解消できるようにプロジェクトを進めていくが、彼らにも国に帰れば貴方たちと同じように家族が待っている普通の人であることを、自分のことの様に想像して接して貰いたいという領主様からの言葉に、誰の心にも深く響いたのであった。
ちなみに、警備隊長は今回の件の責任を取り更迭され、副隊長が隊長へと昇格し、副隊長にはウルフハルトの副官が就任することとなった。
元警備隊長の実家である商家と、その周りの商店などは行為の悪質さなどから量刑を計り、取り潰しや縮小の措置が執られたのは当然であろう。
こうして、多くの商店や警備隊までもが巻き込まれた犯罪の芽は、大きくなる前に摘まれたのでした。
通常であれば、領主に何かを訴えても、行動に移されるまでに会議だ何だと時間が掛かって、すんなりと行動に移ることはほとんど無いのが実情である。
バイエルン伯爵家が特殊なのは分かっているが、警備隊の隊長となったウルフハルトは、そんな領主家の治める地に仕えることが出来る自分の幸運に感謝してながら、今日もアンカーの町の治安を守っている。
ウルフハルトの警備隊長への就任以来、アンカーの町には賄賂と不正を許さない鉄壁の警備隊が居る、と悪いことを企む連中の間で有名になった事で、外国の者でも安心して過ごせる治安の良い町として有名になったのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)




