表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言の葉の家へようこそ ~異世界の言葉がわかる転生令嬢、各国を巡る~  作者: 菖蒲月
第一章 幼少期編 ー芽吹くことば ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/57

37.【 埋もれた宝 Side 刺繍の達人 ダニエラ】

『死』に関するネガティブな内容が一部あります。

あくまでも創作上の設定ですが、そういった話題に感度が高い方はこの話を飛ばしていただく事をお勧め致します。


 あたしゃアンカーで息子家族と一緒に暮らしているダニエラっちゅうもんだ。みんなにはダナって呼ばれてるね。


 歳は40を越えた辺りから歳を数えるのはやめちまったから、いまは大体60くらいじゃないかね。


 旦那は5年前に病気で先に逝っちまったよ。

漁師で身体もデカかったし、普段は風邪も引かないような男だったけど、歳と病気には勝てなかったね。


『先に逝って待ってるぞ。お前が居ないと儂は何もできんからな。』


 なんて言って笑って旅立ったのが、つい先日のように思えるよ。


 旦那は病気になるまで、生涯現役だ!って若いもんに混じって漁に出ていたから、朝早く送り出しては漁の無事を祈る日々だったが、それが突然無くなっちまったら、どうしたら良いか分からなくなっちまったんだよ・・・。


 あんたが居ないと何も出来ないのは、あたしの方だったんだねぇ。


 旦那が亡くなってからは無気力に生きてきたが、あの人は中々お迎えに来てはくれない。


 息子家族と一緒に住んじゃいるが、何も出来ない老人をずっと家に置いておけるほど、裕福な家じゃないのも分かってるから、負担になっている事が申し訳ない。


 せめてもと思って、コッソリと孫達の持ち物を繕ってやったり、息子の嫁さんのエプロンに刺繍をしたりはしているが、それもすぐに終わってしまうので1日の大半はボーッと過ごすことになる。


 裁縫や刺繍なんかは、旦那や息子が服を破いてくるのをしょっちゅう繕ってたし、天候不順で何日も漁に出られないと収入も無くなるので、旦那の無事を祈りながら刺繍した小物を作り貯めておいて、そういう時にまとめて売ることで凌いだりしてたから、そこそこ出来るようにはなったね。


 ある日の夜、子供達が寝静まった後、本来ならあたしも寝ている時間だったが、その日はどうも寝付きが悪くて手洗いに起きたら、息子夫婦が深刻そうな顔で話し合っているのを見ちまったのさ。



「はあー、母さんは父さんが死んでからすっかり別人のようになっちまったな。前は元気に動き回る人だったのに、いまは1日のほとんどを家でボーッとしてる。その内、徘徊とかするようにならないか心配だ。」


「そうね。いまは繕い物とか刺繍をする位で、後はボンヤリしているけど、徘徊とかするようになったら私と子供達では面倒を看きれないかもしれないわ。」


「だが、どこも悪くないのに病院に入れるわけにもいかんし、第一そんな金も無い。どうしたもんか。」



 そう話しているのを聞いて、息子家族に迷惑を掛ける存在になってしまっている自分という存在が、どうしようも無く煩わしく思えちまった。


 もう十分に生きたし、死ぬことに怖さは感じていないが、『神様は人が自分から死を選ぶことを喜ばない』と言われている。


 実際に何か罰があるわけじゃ無いというが、死んだ後、先に逝った者に会えないっていうのは、十分な罰だと思うよ。


 まあ、詳しいことは分からないが、寿命を全うした者と、自ら命を絶った者では死後に赴く場所が違うんだとさ。

 

 旦那には早く会いたいが、自ら命を絶つ事で、それが叶わないのは本末転倒ってもんだろう。


 そうはいっても、息子家族の厄介者になってしまっている事実と、それが分かっていても動く気力が湧かない自分に、嫌気がさして益々家に引きこもっちまう悪循環に陥っていた。


 この時のあたしには、旦那のお迎えを只管待ち続けるこの昏い日々に唐突に終わりが来るなんて、想像もしていなかったんだよ。



◇◇◇



 ある日、部屋でボンヤリしていると、息子の嫁さんが大層慌てた様子で、

「お義母さん!領主様のところのお嬢様がお義母さんに会いたいって来てるよ!!」と言ってきた。


 領主様んとこのお嬢様?そんな方があたしに会いに来る訳ないじゃないか、誰と勘違いしてるんだか・・・と、人違いだと思いつつ出てみると。


 蜂蜜のような深みのある金髪に、領主様と同じ黄緑色の綺麗な瞳をした小さな少女がいて、


「初めまして、バイエルン家長女のマリーナよ。この刺繍を刺したダナという方に会いに来たの。」といった。


 お嬢様の手には、あたしがむかし刺して売りに出したスカーフがあった。


「お嬢様、初めてお目に掛かります。あたしがその刺繍を刺したダニエラでございます。みんなからはダナと呼ばれとります。」


「あなたがダナね!この刺繍は素晴らしいわ。スカーフの様な薄くて柔らかい生地に、ここまで繊細な刺繍が出来るなんて、本当に素晴らしい腕前だわ!!」


「ありがとうございます。漁師だった旦那が漁に出ている間の不安や、無事を祈る気持ちを針に込めて刺してましたので、そういって貰えると凄く嬉しいですね。」


「なるほど、そうだったの。気持ちのこもった作品だったのね。もし、最近作った作品があれば見せて貰える?」


 わたしの刺繍を気に入って、他の作品もあればと来てくれたようだが、生憎と旦那が亡くなってからのここ数年は、新しい物は何も作ってないので、素直にそう伝えてお詫びした。


 折角訪ねてきてくださったのにという申し訳なさから、後は大人しくお迎えを待つだけだと思っていると、余計な事までポロッと話してしまった。


「ダナは、どこかお身体の具合が悪いの?それとも目が見えづらくなって刺繍が出来ない?」


 お迎えを待っていると言ったからか、お嬢様が心配そうな表情で身体を心配してくれたので慌てて、


「いえいえ、年なんでガタはきちゃいますが、病気はありません!目もまだまだ見えとりますよ。ただ、旦那が死んでからは何を込めて刺繍をするのか分からなくなっちまって、刺そうと思っても何も浮かばないんですよ。」と、気持ちの問題なのだと説明した。


「そっか、旦那さんへの祈りが籠もった刺繍だったんだものね。仕方ないのかもしれないわ。でも、それじゃあこの素晴らしい刺繍の腕前が勿体ないわ!もし、身体に支障が無いのであれば、あなたを雇いたいのだけど、どうかしら。」


 そう言って、アンカーで進んでいるプロジェクトとやらで使用する教材の、刺繍の監修と技術指導をしてほしいと言われたが、人に教えたことの無いあたしでは無理だと思い、すぐにお断りをした。


 だが、お嬢様は落ち着いた様子で、


「ダナ。あなたの様に高齢であまり家から出なくなってしまった方の中には、長い年月を掛けて磨き上げてきた高い技術を持つ方がまだまだたくさんいると思うわ。私はそんな貴方たちの技術をそのままにするなんて勿体ないこと、とてもでは無いけど出来ないわ。それに、教えるなんて大げさに考えなくて良いのよ。刺繍が好きな人達が集まって、ワイワイとお話をしながら刺繍をして、分からない事やコツを教え合うだけなのよ。必要な技術はそうやって他の人にも自然と伝わるし、あなたの技術を良い意味で盗んでくれる人もいるでしょうね。是非とも、あなたの技術を盗ませてくださいな♪」と、悪戯っ子の様な表情で仰った。


 お嬢様は何とも魅力的なお方だね。普通は技術を盗ませろなんて、思ってても言わないだろうに。

自分の刺繍がそこまで凄い物だとは思ったこと無かったけど、お嬢様に勿体ないと言って貰える自分の技術が少し誇らしく思えたよ。


 このまま私が持って逝くだけだったものを、引き継いでくれる人がいるかもしれないと思うと、なんだい嬉しいじゃ無いか!


「お嬢様、あたしで役に立つならやってみます。ただ、だてに長く生きちゃいませんからね、あたしの技術が全部盗みきれるかは分かりませんよ。」


「あら、それこそ臨むところだわ!ダナの持てる技術は、全部きっちり盗ませて貰いますからね♪」


 そう言うと、また準備が整ったら待遇面や、作業の場所などについて連絡を下さると、お嬢様は楽しそうに帰って行かれた。


 その日のうちに、息子夫婦にはお嬢様から受けた提案と、それを受けようと思っている事を話した。


 息子は涙ぐみながら、「父さんが生きてた頃の母さんに戻ったみたいだ。元々勝ち気で、漁しか取り柄の無い父さんを尻に敷いて、きっちり父親が不在がちな家を回していた母さんだ。きっと上手くやれるさ。だけど、もう若くないんだから身体にだけは気をつけてくれよ。」と喜んでくれた。


「若くないは余計だよ!!」と叱ると、「叱られるのも久しぶりだ。」と嬉しそうにされてしまって、無気力に過ごしていたこの数年は、息子にも本当に心配を掛けてたんだと痛感して、それ以上何も言えなくなっちまったよ。



◇◇◇



 マリーナ様が家を訪ねてきたあの日から3ヶ月が経った。


 いまは、バイエルン商会が用意してくれた作業場に刺繍を得意とする者達が集まって、教材用の布絵本や布小物を作成している。


 子供達が触れる物だから手触りや質感に拘って、でも安価で量産し易い生地を選定したり、文字部分の刺繍も何度も触れることが前提となるので、解れにくい刺し方の研究をするなど、これまでの自分の経験や技術を実際の商品に反映させる作業は、心底楽しみながらやらせて貰っている。


 ここまでの移動は乗り合いの馬車が出ていて、作業員は無料で乗ることが出来るし、昼ご飯や休憩には食事はもちろん、お茶とちょっとした菓子まで出して貰って、始めは待遇の良さにビックリしたもんさ。


 ずっと作業を続けた方が早く出来るのにと最初は思ったが、食事や適度な休憩を取ることで、かえって作業が捗るのだとマリーナ様から説明されて、実際にそれを体感した今となっては、これが正しい形なのだとみんなが理解している。


 一緒に働いている者の中にはあたしのような高齢者も多く、家にいるよりも作業場に来て、みんなで楽しく話をながら刺繍をして、お給金まで貰えるってんで、みんな生き生きと過ごしている。


 もちろん、体調や怪我などで家から出られない者も居るので、そういった人でも希望があれば、見本と共に生地や糸を定期的に届けて、家で作業をして貰う事も出来るようになってるんだ。


 出来た品物の回収には、作業場から元気な作業員が交代で行っており、作業場で考えられた新しい技術やコツの共有をするとともに、一緒に働いているという意識をもってもらう為の交流の場にもなっている。


 そうやってこの歳でもお給金を得られるようになって、「孫に新しい服を買ってやれた」「小遣いをあげられた」と、家庭内での居場所を取り戻したことで、張り切って作業をする元気な高齢者が増え続けている。


 そしてこの流れはこの作業場だけじゃなくて、アンカーの町全体に広がっている。

マリーナ様は町の人達に聞いて回って、様々な技術を持った高齢者を発掘して回ったらしいね。


 現役の工房の親方なんかは、その技術で収入を得ている状態だから、弟子以外にその技術を伝えることが無いのは当然だが、引退した方々はそういった柵が無いから、暇を持て余している者や、自分の技術を誰かに残したい者などが、アンカーの町のあちこちでご意見番として活躍しているよ。


 そうやって眠っていた技術と新しい技術との融合で、アンカーの町が更に活気付いているのは、マリーナ様の目論見通りって感じだね。



◇◇◇


 

 そして、10年の月日が流れた。

 

 布絵本は大いに人気を博し、マリーナも予想しなかった面白い副次効果を2つもたらしていた。

 

 まずは、意外にも貴族達の間でも布絵本への興味が集まった事だろう。


 平民よりも早い年齢から教育が始まる貴族の幼年知育教材として、品質の良い布絵本が欲しいとの要望が多数出たのだ。


 そこで、平民向けの製造ラインが落ち着いた頃に、裁縫や刺繍の技術がより高いものを選抜して、生地や糸の選定や縫製の技術にも拘った貴族向けの製造ラインを作ることになったのだ。


 ダナの技術はそちらでも遺憾なく発揮され、子供向けなので派手な装飾はないものの、丁寧な仕事と良い素材が合わさることで、貴族達も満足するレベルの布絵本が生み出されることとなった。


 ただ、布絵本も小物達も簡単に模倣できる物なので、真似をして大量生産する者が出始めた。


 これはマリーナも予想していたことだったので、特に慌てること無く、生産量を無理に増やさず、決して品質を落とすことの無いようにと厳命していた。


 これによって、他者が無理に大量生産した粗悪品と、丁寧に作られた正規品という明確な差が生まれ、子供向けの商品であることもあり、安全を重視する親たちによって自然と『やっぱりアンカー産じゃないと!』と言われるようになり、粗悪品が淘汰されていく事となった。


 

 もう一つは、作業員達の識字率の上昇だろう。


 作業員達は平民の主婦達が多かった。

 自分の名前すら書けない者も多かったのだが、布絵本を何度も作る過程で、子供達が刺繍文字の部分を手でなぞって覚えるのと同じような感覚で、同じ刺繍を何度も刺す事で文字を覚えていったのだ。


 それまでは布絵本の作り手として、文字の部分の刺繍をしていても『模様』として認識して刺すだけだったが、それが何かを意味する文字だと認識して学ぶ側にもなることで、より一層布絵本への創意工夫がこらされていき、洗練されたものになっていくと共に、作業員達の識字率が上昇していったのだ。


 ダナも3年前に亡くなるまでにはたくさんの言葉を覚えており、こんな年齢でも新しい事を覚えられるのかと自分にビックリしていたくらいだ。


 更に、文字を覚えた女性達が家で家族に文字を教えたことで、『言の葉の家』で学んでいる人だけではなく、それ以外のところからも識字率が底上げされたのだ。


 それによって、アンカー全体の識字率が大幅に上昇し、メーア王国一の識字率を誇る町へと発展していった。



◇◇◇



 ダナの晩年は、たくさんの仲間達や息子家族に囲まれた明るい雰囲気に包まれていた。

そして、『随分、旦那を待たせちまったよ。でも、旦那に楽しい土産話がたくさん出来た。』と幸せそうに旅立っていった。


 布絵本の作業場では、ダナの技術を受け継いだ者達が、今日も楽しそうに作業をしている。 


 新しい技術がどんどん出てくる中で、ダナが考案した解れにくい刺繍の刺し方は、未だにそれを超える技法が現れていない。


 ダナに教えを請うた者も多くいたが、『刺し方を教えて欲しい?あたしゃ人に教えるなんざ出来ないよ。好きなだけ見て触って盗んでいきな!』と自分の技術を隠すことは一切無いものの、教えられないから自分から盗んでいけ!というスタンスを崩すことは無かった。


 そうして、ダナの技術を自分の物に出来た者達が、その技法を『ダナステッチ』と呼んでいたことで、後生まで広くその技法が受け継がれることとなった。


『なんだい、随分としっかり盗まれちまったねえ。みんな、後のことは頼んだよ!』

ダナの愉快そうな声が聞こえた気がした。


最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ