表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言の葉の家へようこそ ~異世界の言葉がわかる転生令嬢、各国を巡る~  作者: 菖蒲月
第一章 幼少期編 ー芽吹くことば ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/57

36.【太陽のバイブル Side バイエルン商会 元商会員 アルノ】

少し長めです・・・いつも長いのに更に長めです・・・すみません[壁]_・)チラッ

 

 私は『元』バイエルン商会の商会員でアルノ、35歳。

妻と、15歳の長男、13歳の長女と一緒にアンカーで、幸せに暮らして居た。


 元々、貴族ではないものの割と裕福な平民家庭に育ったため、読み書きや計算を家庭教師からしっかりと習うことが出来たのは幸運だったのだろう。


 それもあって、アンカーでは憧れの就職先であるバイエルン商会への就職も叶って、商会員として15年以上勤め上げていた事は、私の誇りでもあった。


 だけど、そんな日常を一瞬で壊してしまう出来事が自分の身に降りかかるなんて、思っても居なかったんだ・・・。



◇◇◇



 外国の船から降ろした荷物を商会の倉庫に運び込んで、納品リストと商品に相違が無いか、品質には問題無いかをチェックする検品作業を仲間達と行っていた時に事故は起きた。


 荷箱の積み方が甘かったのか、近くで作業していた私を崩れてきた荷箱が雪崩の様に襲った。



 何が起きたのか分かる前に衝撃で気を失った私は、次に目が覚めたときは病院のベッドの上だった。


 どれくらい気を失っていたのか、目が覚めた俺に気付いた家族が、俺にすがって泣いているのをボンヤリと見ていると、医者がやってきて状況を説明してくれた。


 いまは、事件からすでに3日経って居ること。

崩れた荷箱が下半身を押しつぶしていたそうで、足の骨が複雑に骨折してしまっており、固定してはいるが元通りに戻すのは困難で、今後歩くことはもちろん、立ち上がることも難しい可能性が高いとのこと。


 それを聞いた妻と娘はさらに泣き出してしまったが、俺は自分の事なのに全く実感が無く、唯々呆然としてしまっていた。


 なんだよ、それ・・・。

もう立てないって、歩けないって、どういうことだよ。


 長男は船が大好きで、15歳で準成人[※]を迎えたのを機に、商会の船に見習いとして雇って貰えたので、これからいろんな国を見に行くんだと張り切っていたし、娘も妻に似て器量良しだから、私が良い男を探して素晴らしい嫁入り道具を揃えて嫁がせてやらなきゃならないのに・・・。


 こんな身体になってしまったら、何もしてやれないどころか、みんなの負担になってしまうじゃないか!なんで!なんで私が!!!


 面会時間が過ぎたことで、家族が引き上げていった後の病室に、どうにもならない運命への絶望の慟哭が響いた。



《[※]準成人:北大陸では、成人は18歳とされている。貴族は15~18歳まで学園に通い、卒業を以て成人と扱われるが、15歳から大人の社交にも少しずつ参加するようになるため、準成人と見做されてお酒などは飲んでも良いとされている。平民は貴族のように学校に通わないので、12歳~14歳までに自分の家業や適正にあった工房などに弟子入りして、雑用を熟しながら基礎を身につける。15歳の準成人からは見習いとして扱われ、少しずつ技術的な指導もして貰えるようになる。ちゃんとした職人としての扱いは18歳の成人以降となる。裕福な平民家庭の子は、弟子入りせずに家庭で勉強し、準成人の見習いからスタートする事が多い。》



◇◇◇



 その後、1ヶ月が経っても少しも良くならない容態に苛立ちを感じていたある日、いつものように見舞いに来ていた家族が話を切り出した。



「父さん、俺、船に乗るの止めるよ。何かあってもすぐに駆けつけられないんじゃ、心配で海に出ていられないからさ。船以外の仕事を探してくれるように商会に頼んでるんだ。」


「あなた、私も少し働きに出ようと思うわ。短い時間でも近くで出来そうなことをやってみようと思って。」


「お父さん、私はお母さんが忙しくなるぶん家のことをがんばるわ。素敵なお嫁さんになるためには、家事もちゃんと出来ないといけないし、良い花嫁修業だわ♪」



 私は愕然とした・・・。きっとみんなで相談したのだろう。

私の収入が無くなれば当然だがいまの生活を維持することは出来ない。


 商会からは、仕事中の怪我ということで治療費や入院費を負担して貰っていて、仕事の継続が困難な状況のため退職金として金貨120枚(給与が月に金貨10枚だったので1年分)が出ると聞いた。


 普通の商会では治療費や入院費を出してくれても、後は解雇されて終わりという事がほとんどなので、これは破格の待遇なのだ。


 だが、今後動けない私を抱えての生活が何年も何十年も続くことを思えば、決して十分な内容では無いことは家族も私も理解している。


 結局、私は家族の決断に対して何も言えないまま、退院の日を迎えた。



 退院当日は、商会で一緒に働いていた仲間達が手伝いに来てくれて、数人掛かりで担架を使っての帰宅となった。


 申し訳なさに「みんな、すまない・・・。」と謝ると、「何を謝っているんだ。仕事では何度も助けて貰ったんだ。これぐらいお安いご用だ!」とみんな何でも無いことのように言って、お礼をさせてくれと言っても受け取ってくれず、「困ったら、いつでも呼んでくれ。あんたの息子も、みんなでちゃんと一人前の商会員に育てるから心配するな!」と明るく言って帰って行った。


「父さんがこれまで頑張ったから、みんな喜んで協力してくれたんだ。俺もみんなからいっぱい学んで、父さんみたいな商会員になれるように頑張るよ!」


 仲間達や息子からの嬉しい言葉に涙が止まらなくなってしまった。



◇◇◇


 

 事故から3ヶ月が経った。両足は感覚が戻らずに、いまも動かせないままだ。


 ベッドの上で、上半身を起こすことは出来るので、なるべく自分で出来る事は自分でやるようにしているが、どうしても家族の手を借りなくてはならない場面も多く、家族に負担を掛けているのが申し訳なくて、気持ちが落ち込む日が増えていった。


 最近は家族も慣れない仕事と、私の世話で疲れている様子が目に見えて来ている。

このままでは家族が不幸になってしまうのが分かっているのに、どうにも出来ない自分への苛立ちと、どうにかしなければという焦燥感だけが募っていった。



 そんな私に転機が訪れたのは、事故に遭ったときと同じように突然だった。


 まだ日中の明るい時間に、バイエルン商会で働いているはずの息子が家に駆け込んできたのだ。


「父さん、バイエルン家のお嬢様であるマリーナ様が、父さんに会いたいって。これからいらっしゃるんだ!」


「は・・・?マリーナお嬢様が!?ど、ど、どうして!!」


「父さんの本?がどうのって言っていたと思うんだけど、とりあえず直ぐに知らせなきゃ!って急いで来たから、詳しくは分からないんだ。」


「ええ!?ど、どうしたら良いんだ。」


 親子揃ってオロオロしている内に、マリーナ様が到着してしまった。




「こんにちは。突然の訪問でごめんなさい。バイエルン家の長女マリーナです。我が商会でのお仕事中に大変なお怪我をされたと聞きました。今後、同じような事故が起こらぬように、倉庫内での安全管理を見直しました。アルノさんの今後についてもちゃんと商会でサポートしますので、安心して身体を休めて下さい。」


 マリーナ様は3歳と伺っているが・・・大人と話しているようだ・・・。

神様からスキルを賜った素晴らしいお方だと噂は聞いていたが、想像以上のお方のようだな。


「こんな姿のままのご挨拶でお許しください。私は運が悪かったんです・・・。荷箱は前にも何度か崩れた事がありましたが、たまたま誰も怪我していなかったので、大したことじゃ無いと思ってしまっていたようです。ちゃんと見直して貰えると聞いてホッとしました。もうこんなにツライ目に遭う仲間は出て欲しくないので、よろしくお願いいたします。」


「もちろんです。荷箱の積み方や、安全に検品作業をする場所の確保など、ルールをしっかり決めて徹底して貰います。」


 ああ・・・私の時にもそれが行われていればと思ってしまう気持ちもあるが、息子が勤め始めた事もあって、これから危ない目に遭う仲間が出ないであろう事に安心した。


「ありがとうございます。息子も商会で勤め始めましたので、そう言って頂けて安心しました。ところで、今日は何か私にご用だったのではありませんか?」


「そうなのです。実は倉庫内の安全管理の見直しをしていた際にこの『手帳』を見つけまして。これを書いたのがアルノさんだと伺ったので、お話を聞かせて欲しくて伺ったのです。」


 そう言ってマリーナ様が出したのは、私が商会で検品作業の時に使用していた『手帳』だった。


 バイエルン商会は様々な国との取引がある。

そのため、荷箱に書かれている言葉や、取引先から貰う納品のリストなんかは外国語で書かれている言葉がほとんどなのだ。


 商会に入った当時は自国語しか分からなかったので、検品作業のために先輩商会員や、こちらの言葉が話せる外国の船員に読み方を教えて貰ったりして、必死に勉強して来たのだ。


 この『手帳』にはこの15年以上に亘って私が覚えてきた外国語を書き留めており、忘れてしまっても見返して確認が出来るようにと整理した物なのだ。


 それをお嬢様に説明したところ、目をキラキラと輝かせて、


「これは、あなたの知識という名の宝物です!中を拝見しましたが、これは外国語の辞書と言っても過言では無いと思います。コレがあれば、これから外国語を勉強する人達がどれだけ助かるか!!もし、アルノさんが許可してくれるなら、『手帳』の内容に日常的な言語をプラスして、言語毎にまとめた辞書を作りたいと思っているのですが、その編纂作業を手伝って貰えないでしょうか。」と提案してくれた。


 私が作った『手帳』を評価して貰えたのは凄く、本当に凄く嬉しいが・・・


「評価して下さって凄く嬉しいです。しかし、私はこんな状態ですし、お役に立てるとは思えません・・・。」


 そう言って俯いてしまった私だったが、一緒に話を聞いていた息子が


「何言ってんだよ、父さん!俺、いま商会で見習いとして仕事を始める中で、分からない事だらけだけど、父さんの『手帳』のお陰で少しずつだけど検品作業も出来るようになってきてるんだぞ。これが無かったら、未だに検品作業なんか絶対にやらせて貰えてないよ。みんなからも父さんの『手帳』を受け継ぐことが出来るお前は恵まれてるって羨ましがられてるんだから。」と訴えてきた。


 そうか、この『手帳』は息子が引き継いでくれたのか。

確かに、私が検品作業の時に『手帳』で確認していると、他の仲間達から「俺も欲しい」「うらやましい」と言われることはあったが、みんなも自分の経験と知識でちゃんと検品作業出来ていたし、軽い冗談のようなものだと思ってたよ。


 むしろ、みんなはそんなものを見なくても出来るのに、私は人より不器用だからたまに確認しないと不安で、あまり良いことだとは思って無かったんだよな。


 それを息子とマリーナ様に言うと、


「それは違うわ。他の人はある程度の慣れもあって、何となくいつものアレだなとか、そろそろアレの時期だから多分アレの事だろうとか、結構曖昧に作業してたみたいなの。だから、たまにしか来ない国の荷物や、急遽取り寄せになった特殊品なんかは、みんなアルノさんに任せてたみたいよ。」


「うん、仕事を教えてくれる先輩方が言っていたよ。父さんは、15年以上に亘る取引の知識を蓄積していて、全ての取引国の検品作業を正確に熟せる唯一の人だったって!父さんは俺の誇りなんだ。俺は父さんみたいになるために頑張るんだ!!」


 2人とも私の考えを否定してくれて、凄いことなんだと、誇って良いんだと言って貰えて、涙が止まらなかった。


 「何で私が。」「どうしてこんな目に。」「これからどうすれば良いのか。」と悪いことばかり考えてしまって、中々いまの自分を受け入れることが出来なかったが、これまでの積み重ねがちゃんと自分の中にはあって今の自分があるのだと、やっと自分の現状を受け入れることが出来たような気がした。


 静かに涙を流す私を穏やかに見つめていたマリーナ様でしたが、


「アルノさん、確かにあなたは歩けなくなってしまった事で、多くのものを失ってしまったのかもしれません。でも、あなたの知識と経験はあなたの中でちゃんと今も生きている。その生きた知識と経験を、息子さんのようにこれから外国語を学ぶ人達の助けになるような『辞書』としてまとめて見ませんか。」


そう言って、もし引き受けてくれるなら、自宅のベッドの上でも編纂作業が出来るように環境を整えることや、必要な資料や雑務を補助してくれる助手まで手配してくれると提案してくれた。


 もちろん、編纂作業をするにあたっては給与が発生すること、さらに『辞書』が発売された場合、売り上げから著作料として10%が支払われるという。


 私は信じられない思いでいっぱいだったが、家族の後押しもあり、引き受けることにした。



◇◇◇



 編纂作業に取り掛かった私は、自分を哀れんで鬱々とした時間を送る暇も無いくらい忙しく過ごしていた。


 どんな風にまとめたら分かりやすいのか、マリーナ様と相談をしたり、学び始めたばかりの息子の意見を取り入れてみたり、様々な工夫を凝らしながら、『辞書』を作り上げている作業は楽しくて仕方なかった。


 この『辞書』が誰かの役に立つ事を想像することのなんと楽しいことか。

気付けば、家族の間に漂っていた重たい空気もいつの間にか消えており、明るい笑い声が戻っていた。


 編纂作業で貰える給与は以前の給与より多かった事もあり、妻が外で働く必要もなくなった。


 息子にも船に乗ることを勧めたが、


「もちろん、外国には行きたいけど、その前にやることがあるって気付いたんだ。まずは、父さんの『手帳』の知識を自分のものにして、ちゃんと言葉が分かるようになってからでも遅くないってね。そして父さんの作る『辞書』で最初に言葉を勉強するのは、俺でありたいとも思ってる。マリーナ様にもちゃんと許可を貰ってるんだ。」


 そう言って楽しそうに笑う息子の顔を見て、嬉しくて泣きそうな気持ちになりつつも、色々な国を見に行きたいという息子の夢のためにも、半端なものは作れない!と改めて気合いが入ったのだった。



◇◇◇



 その後、様々な国の言語で纏められた『辞書』が続々とバイエルン商会から発売され、その見やすさと使いやすさから、各国で翻訳出版され、全世界的に爆発的なヒットとなる。


 アルノは、老衰で身体を起こせなくなるまで、『辞書』の編纂を続け、終生に亘って使いやすい『辞書』を作るための改訂を続けた。


 そんなアルトは後生で『言語の父』と呼ばれ、長く彼の編纂した『辞書』を超えるものは世に出てこなかったという。


 彼の『辞書』を愛用する者達が、いつしかそれを『辞書(バイブル)』と呼ぶようになったのは必然だったのかもしれない。



 中でも、『辞書(バイブル)』を世界で一番愛していた者といえば、彼の息子だろう。

彼は、自身の宣言通りにアルトの知識を貪欲に吸収し、父が作った『辞書(バイブル)』を携えて世界中を飛び回った。

 

 初めての国に行くときも、「俺にはいつも父が付いているから大丈夫だ。」と言っていたという。


 その後、バイエルン商会一の船乗りとして諸外国でも有名になった彼であったが、本人は父が付いているお陰だと、いつも太陽のように笑っていたそうだ。


 彼が乗る船での取引は必ず上手くいくとのジンクスもあり、彼の死後は愛用の『辞書(バイブル)』達が『太陽のバイブル』として船乗り達のお守りとなったのであった。


最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ