35.【 光の照らす先へ Side 孤児院 ダン 】
ここから数話に渡って、プロジェクトに関わった人間についてのお話になります。
俺はアンカーの孤児院で暮らしているダン、11歳。
赤子の時に孤児院の前に捨てられていたのを院長先生が見つけてくれたらしい。
赤子の時からこの孤児院に居るから、どこの孤児院も同じ感じだろうと思っていたが、たまに他の孤児院で酷い目に遭った奴らがここに移ってくることがあるから、アンカーの孤児院が凄く安全な場所なんだって事を今は理解しているつもりだ。
生みの親のことなんて一切知らないが、俺を生んでくれたことと、この孤児院を選んでくれた事だけは感謝してるよ。
15歳を迎えた者は、大人扱いとなり孤児院から出なくてはならない。
ただ、まともに教育も受けていない者が良い職に就けるわけも無く、騙されて搾取されるだけの奴隷みたいになるか、その日暮らしの貧しい生活をするしかないんだ。
貧しさに耐えかねて万引きやスリなんかを繰り返す奴らもたくさんいるから、孤児院出身者の評判は更に悪くなって雇って貰えなくなる。こういうのを悪循環って言うんだってさ。
俺だってもう11歳だ。孤児院を出た後のことも考えなくちゃならないんだろうが、得意な事もないし、愛想もない俺がまともな仕事に就けるとは思わないだろ。
そんな捻くれた考えで暗い毎日を過ごしていた俺を、明るい方へと導く光に出会ったんだ。
◇◇◇
ある日、いつもニコニコと子供達を見守っている院長先生が、いつも以上ににこやかな表情で子供達を食堂に集めたんだ。
「皆さんにとても良いお知らせがあります。孤児院を援助して下さっているバイエルン伯爵家のご支援で、皆さんに勉強とお仕事の機会を頂くことになりました。」
院長の言葉にちび達はキョトンとした顔をしてるし、意味が分かる奴らもどういうことだとザワザワしている。
「院長先生、つまりはどういうことなんだ?それって良いことなのか?」
「もちろんだとも!君たちは勉強が出来て、更にその知識を活かしてお金を稼ぐことが出来る。もちろん、稼いだお金は孤児院を出るときの資金として貯める事も可能だよ。そして一番は、その知識があれば出来る仕事の種類が増えるから職に困る事は少ないだろうし、何より知識という財産は誰に奪われる事もない一生の宝になるだろう。」
うーん、勉強か・・・。周りを見ると、もうすぐ孤児院を出なきゃいけない13歳14歳の兄ちゃん姉ちゃんが渋い顔をしているのが見えた。
そうだよな。勉強なんかしてる暇があったら、町で少しでも手伝いをして出た後のための資金を稼いだり、大工工房や洋裁店で、見習いとして働いた方が手に職が出来るだろうしな。
結局、すでに工房で見習いとして働いている兄ちゃん達と、1ヶ月後に隣の領の商会に下働きとして働き始める予定の姉ちゃんは、すでに自分の名前や簡単な読み書きと計算は出来るから十分だって、これ以上の勉強を断った。
まあそうだよな。俺も断りたかったけど、まだ何をするか決めてなかったし、とりあえず1ヶ月頑張ってみろって、院長先生にも言われたから仕方なくお試しで勉強することにした。
◇◇◇
領主様からの支援で提供された教材での勉強は・・・めちゃくちゃ面白い!
あんまり好きじゃ無かった文字の練習も、計算も遊んでるみたいな感覚で覚えられて、ちび達までがあっという間に覚えてしまった。
(ちび達の方が覚えるの早かったような気もするが・・・うん、年上として負けてないと思いたい。)
それに、領主家のお子様達が新しい教材を追加したり、勉強を見に来てくれるのも嬉しい。
特にマリーナ様は、3歳なのに言葉のスキルを神様から貰った凄いお嬢様らしい。
初めて顔を合わせた時は、ちびっ子らしい喋り方をしていたが、何度か顔を合わせる内にすっかり大人顔負けにスラスラ喋るようになってビックリしたんだ。
ある日、勉強の様子を見に来てくれていたマリーナ様から、俺ともう1人、12歳のカリンだけが呼び出されて話をすることになった。
これまで追加された教材を全てクリアして、語彙力も増えて、計算もかなり出来るようになっており、最近ではちび達を引き連れて店舗の調査なども行っている。
そこで読めなかった文字などは、メモして帰って、院長先生やマリーナ様に教えて貰っている。
自分から進んで勉強するなんて、自分で自分に一番ビックリしてるけど、ある程度読めるようになってくると、逆に読めない文字がどういう意味なのか気になって仕方ないんだよなぁ。
マリーナ様からの話は、本来は次のステップとしてムリーノ王国語の習得に進む予定のところを、俺とカリンだけ少し違う方向で勉強して見ないかという誘いだった。
マリーナ様がこれまで俺たちの勉強を見てくれていた中で、俺とカリンは語彙力の多さと、知らない言葉を知ろうとする探究心、計算の能力がバランス良く備わっているので、今後の先生役としての役割を担えるように、もう少し専門的な言葉の習得や、複雑な計算を勉強してみるのもアリだと思ったのだとか。
俺とカリンは驚きの表情でお互いを見た。俺が先生だって?
「マリーナ様。カリンは面倒見も良くて、ちび達にも慕われているから分かるが、俺は愛想も無いし先生って柄じゃ無いと思うぜ。」
そう言うと、以外にもカリンから反対の声が上がった。
「何を言ってるの。確かに口調とか態度はぶっきらぼうだけど、面倒くさそうにしつつも、ちゃんと相手をしてくれるあなたがちびっ子達は大好きなのよ。先生に向いてると思うわよ。マリーナ様、私はやってみたいです。それが習得出来たらムリーノ王国語も勉強しても良いですか?」
カリンはもう決めたみたいだな。俺はどうしたいんだろうか・・・やりたいことも見つかって無いし、やってみても良いかもな。
「マリーナ様、俺もやってみるよ。勉強なんて無理だって思ってた俺でも楽しく勉強出来てるから、同じように勉強なんて・・・って思ってる奴らにも、俺でも出来たんだって教えてやりたいからさ。」
「うん、ダンもカリンも先生に向いてると思うし、学びたいことはどんどん学んで欲しい。無理に院長先生みたいに優しい先生にならなくても良いから、自分もそうだったって素直に伝えて、共感してあげられる先生になって欲しい。知識は自分だけじゃ無く、誰かを助ける力を持ってるわ。私は、少しでも多くの人にその力を持って欲しいの。手伝ってくれる?」
「「 はい! 」」
◇◇◇
そうして、気付けば勉強を初めてから3ヶ月が経っていた。
この頃は、バイエルン商会の事務作業を手伝わせて貰いながら、契約書類や帳簿なんかの見方も教えて貰って、毎日が新しいことの連続であっという間に過ぎていった。
そんなある日、2ヶ月前に隣の領の商会の下働きとして孤児院を出て行った姉ちゃんが、やっと貰えた休みを利用して孤児院に顔を出した。
俺が商会の手伝いから戻ると、アンカーの鍛冶工房に孤児院から通いで見習い修行している兄ちゃん達と、戻ってきた姉ちゃんが話して居るのが聞こえてきた。
「やっと2ヶ月の試用期間が終わって、正式に採用してくれることになったの!ほら、契約書もしっかり書いてくれたのよ。後はサインして出せば、私も商会の一員だわ。」
「おー、やっぱ商会ってすげーな。契約書なんて書いてくれんだな。」
「ちなみに、なんて書いてあんだよ。」
「契約書をくれた時に説明してくれたんだけど、休みは月に2日、商会の部屋に住み込みだから、住居費と食費を天引きするために給与は商会が管理してくれて、そこから決まった額の小遣いが支給されるんですって。」
「マジかよ。住み込みで食事まで出て、小遣いまでくれんのかよ。休みは少ねーが、かなり条件良いな。」
「金の管理してくれんのかぁ。俺たちは貰ってもすぐに使っちまうから、その方が良いかもな。」
俺は兄ちゃん達の話を聞いて愕然とした・・・。
は?一体何を言ってるんだ?本気で言ってるのか???
「姉ちゃんお帰り。兄ちゃん達もお疲れ様。いまちょっと聞こえたんだけど、この2ヶ月間も隣の領の商会で働いてたんだろう?試用期間の間の給料は出たのか?」
「何言ってるのよ。試用期間でお給料出るわけないじゃない。2ヶ月間の試用期間を勤め上げたからこそ、正式に採用して貰えることになったんだから!」
おいおい、本気で言ってるのかよ・・・。
「いや、姉ちゃん。それこそ何言ってるんだよ。」
俺がいま勉強のためにバイエルン商会で契約書とか帳簿について教えて貰ってる事を伝えた上で、試用期間ってのは雇う側が相手の人間性や適性を見るための期間っていうのもそうだけど、雇われる側も職場の環境は悪くないか、最初に説明された業務内容と実際の仕事に相違は無いか等を判断するための期間なのだと説明した。
もちろん、その間も正式では無いにしても雇用関係だから、決められた給与は払われるのが当然だということも。
「え?それじゃあ、この2ヶ月も本当はお金貰えたってこと???」
「そう、それが普通。しかも、雇用主が住居費や食費を引くために給与を全額預かって、毎月の小遣いをそこから出す何てことも可笑しいからね。まあ、兄ちゃん達みたいに使っちゃう場合もあるだろうから、善意で一定額以外は預かってくれてるってこともあるかもしれないけど、本来は住居費や食費を引いたお金は自分のお金なんだから、どう使おうと自由なんだよ。毎月の預かり金の確認方法や必要な時にどうやって引き出すかの説明はあったの?」
「・・・いいえ。だって、預かってくれるなんて親切だなって思ったんだもの。」
あ~、姉ちゃん泣きそうだよ。
正式採用って言われて、みんなにも嬉しい報告を届けに来てくれた所だったのに悪いことしちゃったな。
でも、どうも怪しい感じがするんだよな。
「姉ちゃんを泣かせたい訳じゃないんだ!契約書ってのは、サインしちゃうとどんなに内容が最悪なものでも、理解してサインしたって扱われて、後からどんなに話が違うって訴えても、正式な契約書がある時点で取り合って貰えないんだよ。もし問題が無いならそれで良いんだし、一度俺に契約書を見せてくれないか。」
「うん、分かったわ。コレよ。」
そう言って、鞄から取り出した契約書をじっくりと読んでいく。
幸い、これまで勉強した内容で読めない部分は無いが、読み進めるにつれて眉間に皺が寄っていった。
ここまで酷いとは・・・。
「姉ちゃん、これは雇用契約書とはとても言えない。姉ちゃんを奴隷のように扱うための契約書だ。」
■仕事内容は商会の下働きの他、商会長家族の日常生活の補助。
(朝から寝る直前まで仕事になってるじゃないか!)
■月の給与が固定で金貨1枚。(金貨1枚=銀貨10枚)
住居費と食費で月に銀貨5枚が天引き。小遣いは給与から月に銀貨1枚を支給。
■休日は月に2日
従業員が減ることで業務に支障が出るので損失の穴埋め金(1日銀貨1枚)が発生する。
■小遣い以外のお金を預かるために、預かり金として月に銀貨2枚天引き。
■これらの内容に納得しているので一切の異議申し立ては致しません。
これらの内容を説明しても、勉強に参加しなかった兄ちゃん達も姉ちゃんもピンと来ていないらしい。
そこで、教材の木の硬貨を持ってきて実際に見せながら計算してみると、お金が残らないことに気付いた。
「「「 え?これじゃあ、残らない??? 」」」
「その通り!お金が残らないのに毎月銀貨2枚の預かり金が必ず天引きになるんだ。しかも、月に2日休むと、損失穴埋め金で銀貨2枚取られてるんだ。休みに休んで何でお金取られるんだよ。可笑しいだろう?」
ここまで説明してやっと兄ちゃん達も姉ちゃんも可笑しいと思ったみたいだ。
「兄ちゃん達、姉ちゃんもこれは院長先生に相談した方が良いと思う。まだ契約書にサインしてないから断るのは問題無いと思うし、何かあってもこの契約書が悪質なことはハッキリしてるから、こちらの領主様に訴えるって言えば、向こうは強く言えないだろうしね。」
「ダン、気付いてくれてありがとう!危なく騙されて奴隷の様に働かされる所だったわ。」
「ああ、ダンはすげーな。俺たちがここを出た後も安心だわ。」
「すっかり頼もしくなったな!」
姉ちゃんや兄ちゃん達にお礼を言われて、マリーナ様の言葉を思い出した。
『知識は自分だけじゃ無く、誰かを助ける力を持ってるわ。私は、少しでも多くの人にその力を持って欲しいの。』
本当だな、マリーナ様。俺の知識で姉ちゃんを助けることが出来たよ。
勉強の機会をくれたバイエルン家と院長先生に、改めて強く感謝の気持ちをいただくと共に、誰かを助けられるように、もっと知識を蓄えようと強く決意したんだ。
ちなみに、この時の経験が切っ掛けで、見習いとして忙しくて勉強に参加していなかった兄ちゃん達も、知識は大事だと気付いて勉強に参加するようになった。
いまでは、工房の契約や仕入れの面でも重宝されるようになったと喜んでいた。
そして、無事に隣の領の商会との雇用の約束を取り消して戻ってきた姉ちゃんは、自分と同じような経験をする人が出ないようにと、俺と同じ先生への道に進みたいと勉強を頑張っている。
◇◇◇
10年後、アンカーには複数の言語を巧みに操り、契約や取引の誤魔化しを絶対に許さない男がいると噂が広まった。
『アンカーに商いの番人あり』と外国の商人達に恐れられた男こそ、ダンである。
そんな彼は生涯にわたって、『言の葉の家』の子供達の教育にも携わり、送り出した生徒は数知れず。
彼が亡くなった時は世界中に散っていた生徒達が、彼を悼んでアンカーに集まったという伝説が残っている。
『俺は光に導かれてここまで来た。だから、誰かを照らせるような自分でありたいといつも思っていた。俺はちゃんとお前達を照らしてあげられただろうか。お前達、先に行っているぞ。光の先でまた会おう。』(ダンの伝記より「ダンの最期の言葉」 最期を看取った弟子ガロン 著)
最後まで読んでいただきありがとうございます(ღ˘⌣˘ღ)




