Dream.33『真実の愛』
夜鬼に運ばれたアリスは海を越え、ある密林の上空へさしかかった。次第に今にも倒壊しそうな象牙の宮殿が木々の間から見え、その奥の森は異変が起きたかのように変質しているのがハッキリとわかるほどであった。
夜鬼はその宮殿の横にアリスを降ろし、変貌した森の先を指さす。
アリスはルルの思いを無駄にしないためにも決意を新たにしイヴが待つ場所へ向かうことにした。
目の前にある森の植物は、見えない圧力で成長が阻害されているかのようで木の幹はグニャリとあらぬ方向へ曲がり、病にかかってしまって黒く染まり気色の悪い斑点がついていた。アリスがその森を進んでいくと普通の植物の中に震える菌類やねじれた奇妙なシダ植物など異界のもののような植物が紛れ始めた。
「これは一体……イヴがしているの?」
やがて、アリスは枯れ木に囲まれた大きな石造りのアーチを見つけた。中を覗くと今までに見てきた異物の生い茂る異界の密林がそこにはあった。
「ここにイヴが…………?」
夜鬼がアーチへ入っていく。アリスもアーチを潜ると、異界の不気味な花で不自然に膨張したグロテスクな昆虫が蜜を啜り、静脈が走るトンボのような翼を持った怪物が紫や青など異様な毒々しい色をした植物の上を飛び回り、空は緑色で星は無かった。
乾いた黒い土を踏み歩みを進める。……そして、居た。
イブ=ツトゥルだ。
ブーーン、と耳障りな羽音のような雑音と共にイヴの声が脳内にひびく。
『ニャル兄に刺された……ニャル兄に刺された……痛かった、凄く痛かった……!』
『悲しい、悲しい』
『ニャル兄がそんな風にわたしを思ってたなんて』
イブ=ツトゥルが顔を手で覆いゆっくりと異界の中心で回転している。
『わたしは計画のために生まれただけだったの?』
『ニャル兄がわたしにかけてくれた言葉は全部嘘?』
『好きだったのはわたしだけだったんだ』
『……もう何も信じたくない』
『アリスもきっとわたしのことなんてもう好きじゃない』
アリスはその言葉に驚愕し反論しようと口を開いた瞬間、イブ=ツトゥルからテレパシーを送られた。その瞬間、アリスはこの空間と時空すべてをイヴが支配していることを理解した。
『本当にそう?私を好きなのはわたしがあなたの好きな物語に出てくる白兎みたいだったからじゃないの?』
ーー違う。私はイヴが好きなんだ。白くても白くなくてもイヴが好きなことに変わりはないよ!
『わたしが好きな自分が好きなわけじゃなくて?可哀想なわたしを構う自分が好きなんじゃないの?』
ーー違う!違うよ!私は自分のことなんて嫌いだよ、何をするにも手遅れで、大切な人1人守れてない!
『その大切な人って?』
ーーイヴちゃん。あなただよ。
イブ=ツトゥル……、イヴが肩を震わせて泣いている。
『こんな化け物でも、まだわたしを大切だと思ってくれる?』
ーー当然だよ。
アリスは隣にいる夜鬼に指示を送り、イヴの下へ向かう。
「イヴ、手を下ろしてくれる?」
アリスに発言の間を与えるほどイヴは躊躇っているように思えたが、イヴはアリスの言う通りにする。
アリスは腐り爛れたその顔に手を伸ばし、己の愛を示すようにキスを落とす。
イブ=ツトゥルの滑らかに腐肉の上を滑っていた目玉が動揺するようにピタリと止まる。
「これでわかってくれた?私はイヴがどんなに恐ろしい見た目をしていても大好きだよ。だって、イヴだから」
『わたしも、アリスのこと好き……大好き……ッ!』
その声はテレパシーだったけれども、イヴの感情に呼応するように震えていたように聞こえた。
イヴの精神が安定し、不安と悲しみ、絶望が痛みと共に膨張していた姿は人の形へと戻る。しかし、その姿は以前のイヴとは大きく異なるものだった。
月白色の美しい髪は濡鴉色へ、そしてその髪先は腐りボロボロになったような黄緑色の不気味な翼へと変貌し、瞳は戦闘時によく見たあの黄緑色に変わっていた。そこはかとなく、顔つきもジャックに近ずいたような気がする。
本来の姿に戻ったイヴがアリスを抱擁し、涙を流しながら言う。
「ありがとう……こんなわたしを愛してくれて」
アリスとイヴは抱き合いながらゆっくりと地へ降りていく、アリスの体を支えていた夜鬼はいつの間にかいなくなっていた。
そしてイヴが腹を据える。
「……ニャル兄を止めに行こう」
「うん。私達で止められるかはわからないけど、このまま何もしないなんて出来ないよ!」
2人は頷き、しっかりと手を繋ぎアーチの外へ出る。
「ニャル兄は今ドリームランドにはいない。でも、キランの神殿に異変を感じる。そこに手がかりがあるかもしれない」
イヴは意識をドリームランド中に集中させて告げる。
「じゃあ、そこに行こう!」
アリスが夜鬼を呼ぼうとすると、イヴがそれを制止してあの時のようにアリスを持ち上げる。
「ひぃ〜!お姫様抱っこ!あの時は放心状態で何とも思えなかったけど、なんだか嬉しくて恥ずかしいな」
アリスが赤く染まった頬を手で隠すようにする。
「じゃあ、やめる?」
「いや、このままでお願いします……」
アリスは頭上から湯気を立てながらイヴに頼む。それにイヴはクスリと笑い、高度を上げていった。




