Dream.31『イヴの正体』
暖かい夕日の光に包まれ2人は時空を超越する。視界を染める赤が白へ変わり、眩しい光にアリスは思わず目を瞑る。そして、再び目を開くとアリスは異世界に来ていた。あの時のように個性のない無機質な囚人服は可愛らしい水色のワンピースとエプロンに変わっている。
更に、アリスの脳内に忘れてしまっていたイヴとの思い出が蘇る。殺人犯に間違えられて取り押さえられた時のこと、ウルタールでイヴに時計を渡した時のこと、白い部屋の中で互いに首を掻き切った時のこと、戦いでボロボロになったイヴを抱きしめた時のこと、
美しい海と水族館で遊んだこと、イヴを庇って死んだこと。
「……全部、思い出した。どうして私、こんな大切なこと忘れていたの!?」
アリスは堪らなくなって隣にいたイヴを強く抱きしめる。
「ごめん!私、イヴのこと全部全部忘れてた!……こんなにも大切なのに!!……ありがとう、迎えに来てくれて」
「いい。仕方ないことだから。……思い出してくれて良かった」
そう言うイヴだが、寂しさを僅かに浮かべていた表情は安堵へと変わっていた。
そして、2人は抱擁を解き帰還したドリームランドの地を真剣な眼差しで見据えていた。
「なに……これは、どうなってるの……?ここはそういう場所なの?」
「……いや、ムタールの人形館で合ってるはず」
虹色のヴェールがかかった星明かりの下、以前は華やかに立ち並んでいたお土産屋が見るも無惨に倒壊し、大地は割れ隆起し冷えた溶岩がその割れ目を埋め、空からは灰が降りドーム状の結界にそれが積もった世界の終わりのような廃墟が広まっていた。
恐ろしい光景に2人は互いの手を握る。イヴが背後で瓦礫が崩れる音と共に何者かの気配を感じ取ると、警戒し戦闘態勢を取る。
「……誰」
イヴが音のした先に鋭い視線を送ると、瓦礫から黒い影が姿を現した。
「いてて……あれ、イヴちゃんだ!アリスちゃんを無事連れて戻れたんだ、良かったね!」
ジャックは衣服に付いた塵を払いイヴへ歩みを進める。
「ニャル兄……!!」
イヴがジャックの下に駆け寄り抱きつく。
「ニャル兄のおかげ。ありがとう……本当にありがとう……。それから、わたしが居ない間に何があったの?ニャル兄は大丈夫なの?」
ジャックは心配するイヴの頭を愛おしそうに撫で、自身の無事を告げる。
一方、アリスはジャックに対し不信感を抱いていた。夢の忠告、フィランソとのやりとり、ムタールに来るきっかけとなった彼の話。そして、彼が刑務所で出会った浅黒い肌の少年の容姿に酷似していたこと。
アリスの疑惑を感じ取ったジャックがアリスに視線を送り妖しく笑う。
「イヴ、その人から離れて!」
アリスの叫びに驚きイヴが振り向いた瞬間、イヴの腹部に衝撃と激熱が走る。
「…………え?ニャル……兄?」
ジャックがイヴの腹を刺していた。ジャックは刃を深く深くねじ込むように押し込む。刃を刺し込むジャックの手の甲にイヴの涙が零れ伝った。
そして、パチンッとイヴの胎内で何かが弾ける感覚がしたのと同時にイヴが口から血を吐き出し床を黒く染める。
「どう、して…………?」
ジャックが刃を抜き、イヴが腹を抱え膝をつく。イヴがジャックを見上げると、彼の手には忌々しいあのトキの頭部を柄にもつ短剣が握られていた。
アリスがイヴの名を叫び彼女に近寄ろうとすると、ジャックが天に手を掲げ指を鳴らし合図を送り聞き馴染みのある声で呪文が辺りに広がる。
「いっ………ぐ、ぁあああ!!!」
呪文を聞いたイヴが頭を抱え蹲り苦しみ出す。
「イヴ!?ジャックさんあなた何を!!」
ジャックがしたり顔でイヴを見下ろし、天に掲げた手を下ろし短剣を握った方の手首を握ると悠然と語り出した。
「これは復活の儀だよ。イヴちゃんの中に眠る本当の彼女のね」
「本当の、イヴ……?そんなのどうだっていい!イヴはイヴだよ!早く詠唱を止めて!イヴが苦しそうにしてるでしょ!」
アリスがイヴに触れようとすると、イヴの足元に広がる血溜まりが花弁のように捲れ、そのイヴを覆い隠そうとする勢いに弾かれる。
完全に血の花弁がイヴを覆い尽くした瞬間、それは蝙蝠のような翼を広げ現れた。
黄緑色に輝き、ドロドロと腐った頭部の表面を目玉が不気味なほど滑らかに滑る。無数の乳房を垂れ下げた巨大な邪神が悲哀と絶望の嘆きを上げていた。
「イス人、装置を起動するんだ!!」
復活した邪神の姿を確認すると、ジャックは地下に居るものに指示を出す。「あいあいさ〜!」と返事をする不愉快な声が聞こえたような気がすると、イヴの慟哭が宙へ響き渡り、世界を反転させていく。
「……よし、いいぞ!計画通りだ!」
ジャックはイヴを中心に反転していく様を嬉々として見守っていた。まるで、子供が時間をかけて作ったドミノを倒しその様子に胸を踊らせているかのように。
「何が……起こってるの…………」
アリスはただ呆然とイヴだったものを見上げていた。
「彼女は本来はイヴなんて名前じゃない。……名付けたのは僕だけど。彼女の本当の名はイブ=ツトゥル。僕の可愛い娘さ」
持ち物を自慢する子供のように、高揚した面持ちで続けて語る。
「イブを招来させるとき反転の現象が起こる。狂気を正気に、正気を狂気にといった風にね。これをドリームランド全域に広げ、夢を現実に反転させる。これをするためにイブを一時的に封じておかなくちゃいけなかったんだ。その為にあの子の体にアイホートの雛を植え付け仮の人柱とした。……今日で星辰も揃う!見なよ、煌めく星々を!世界を作り直すのに相応しい新年だ!ハッピーニューイヤー!」
ジャックは両腕を広げ、星空を見上げたままクルクルと回り歓喜する。そんな彼の言葉を聞き、何を思ったのかイブ=ツトゥルは絶叫しながら空の彼方へ羽ばたいていった。
「……どうして、親というものはどうもこうも自分勝手なの。泣いてたんだよ!イヴは!何とも思わないの!?あなたはイヴのこと大切に思ってたはずだよね!?」
ジャックは回転を止めキョトンとした顔でアリスの憤った顔を見ると、どっと笑い出してこう言った。
「どうして?確かに、僕以外の奴に傷つけられるとは実に憤慨だけれども、僕がイヴを傷つけたとしてもどうも思わないよ。だってイブは僕の所有物だからね!」
アリスがその言葉に堪忍袋の緒が切れ拳骨を振り下ろそうとした時、粉塵と破裂音と共に地下から召喚者達が姿を現した。
その中に見知った人が紛れており、アリスが動揺する。
「ナーサリーさんにカルミアちゃん、リーフさん、フィランソさん……ルルちゃんまで…………」
双子の老人、ナシュトとカマン=ターが呪文を唱えると、トランプが彼らを円形に囲む。
「サッサとしないと、星がズレてしまいますよ」
「さぁて、ひと仕事やるか。めんどくせぇ」
「もぅ、ハスターったらダメよ!今頑張らなくて何時頑張るの!お母さんは今生最大の頑張り見せちゃうから!」
「……いやはや、末恐ろしいかな。しかし、やらねばならぬ」
「真の支配者が誰か、見せつけてやるですぞ!」
懐かしいさを感じさせる彼らは口々に何かこれからすることへの覚悟を語っていた。彼はもうアリスが知っている彼らではないことは、あの日リーフを襲ったシュブ=ニグラスからわかっている。
ジャックがアリスの前を通り過ぎ輪に入っていく。
「それじゃ、僕らは用事があるから。バイバイ、アリスちゃん」
ジャックがアリスに手を振り、アリスが駆け寄る間もなく全員が消えて無くなった。転移の力を失ったトランプが風に攫われ地を転がる。
「これから、どうすればいいの…………」
無力感にアリスは膝をついていた。大好きなイヴを失った。今までに出会ってきた彼らの死を理解した。
ただ、アリスは世界の崩壊を待つのみ。
そう思われたのだが……、何者かが背後で地面に落ちたものを広いアリスに声を掛ける。
「まだ、出来ることはありますぞ」
アリスは目を見開き声のした方を振り向く。
「え…………どうして、だってあなたはあの輪の中に……」
アリスの目の前には、イヴの石の笛を自身へ差し出すルルが確かにそこに立っていた。




