Real.29『夢は夢の中でしか見られない』
懐かしい天井と部屋のレイアウト。前と増えたものもあれば、減ったものもある。
アリスは座っていたベッドから降り、壁に掛かったカレンダーは9年前を示していた。バツ印が日付を埋めてあるその翌日に丸印が記されていた。
今日は受験当日だ。机の上に並べられた問題集とノートをパラパラと捲り少しづつこの日のこと、今日までの日々を思い出す。
「本当に戻ってきちゃった……」
クローゼットを開き中の鏡を覗くと、幼い丸みのある輪郭で肩にかかる程度だった髪が腰までに伸びている小さな自分がいた。
お母さんがドアを開けて私を呼ぶ。受験会場に行かなくてはならない。私は机の上にある物をまとめてバッグに押し込んで、財布を取り出し受験票が挟んであるのを確認してチャックを閉めた。
お母さんに連れられ外に出る。低い目線で見る街は懐かしさの混じった新鮮なものだった。
あの時の胸の高鳴りが甦る。私は緊張を抑えるように深呼吸してお母さんの車に乗り込んだ。
日付は飛び、合格通知が来る日。お母さんは何かと用事を付けては外出し、ポストを確認しに行っていた。
お母さんは学校からの郵便が届くと、部屋にいた私を呼び出してリビングのテーブルの上に書類を広げる。結果は合格。見た目は7歳程度の子供だが、中身は立派な高校生だ。逆にこれで不合格だったら当時以上にショックだろう。
お母さんは喜んで私にハグをして合格通知を私に見せびらかす。お母さんが笑っていて私も嬉しい。
その日の晩御飯は贅沢で、お母さんが全部私の好きな物を作ってくれた。
面倒くさそうに作るわけでもなく、小銭を渡してスーパーに買わせに行くわけでもなく、アルコールの缶を開けて空になったものを私に投げつけることも無く。
入学式当日、私は真新しい制服に袖を通す。赤色のワンピースに黄色のソックス。お母さんはケータイで私の写真を何枚も撮っていた。その時、玄関からノックする音がした。隣のおばさんが私の晴れ姿を見に来たようだ。お母さんはおばさんを招き入れて私の制服姿をひとしきり自慢した後、リビングに座らせて2人は雑談を始めた。
私は席を外してキッチンに向かい、お菓子と紅茶を持って行くと2人の話し声が聞こえた。
「これでもうしばらくあの忌々しい娘を見ずに済むわ」
「奥さんダメよ、そんなこと言っちゃ。アリスちゃんが聞いてたらどうするの」
あぁ、だから寄宿学校を選んだんだ。高いお金まで出して。
私は目の前が真っ暗になった。お菓子と紅茶を2人に出した後、自分が何をしたのかよく覚えていないけれど、目尻が腫れてよく眠れなかったのは覚えている。
でも、大丈夫。きっと、私にはまだ学校がある。伝統的な非現実感溢れるファンタジーな校舎。髭を蓄えた魔法使いのような慈悲深い校長、優しくて綺麗なお嬢様とご令息が私を待ってるんだから。
なんて、夢を見ていた時もありました。でも、現実は妄想の通りにはいかない。
私は貧しい一般市民。他の生徒は世間を知らない箱入りの貴族達。そんな彼らと友達になんてなれることは無く、いつもと変わらず、ただ相手の身分だけが変わって、クラスメイトは私をオモチャにする。
そのまま時が経って、過去に来る前とそう変わらない年になっていた。
私は寒さでクシャミをする。冷水を掛けられたからだ。髪を切るならまず髪を濡らさないと、と言って。
ずっと伸ばしていた長い髪が見覚えのある長さになった。
これも、あの時と変わらない。女の子が意地悪そうな顔で私に「どう?」っと尋ねる。「寒いなぁ」と答えたら次は熱湯を掛けられた。
過去は変えられるけど、未来は……現在は変えられないんだなぁ………。
運命の力で今まで進んできたような道に引き寄せられている。
…………なんかもう、めんどくさいなぁ。
私は自分の部屋に戻ると倒れ込むようにベッドに横になった。
いつの間にか窓が空いていて、白いレースのカーテンが揺れる。そこには小包が置かれていた。
忘れかけていたパッケージ。中を開くと4粒のカプセルが入っている。
これ、全部食べたらどうなるんだろう。どこまで過去に行けるのかな?ビックバンが見れちゃったりしたらノーベル賞でも取れるかも。
なんてつまらない妄想をしながらカプセルを全て口内に含んだ。また、自分の体を暗闇が包んで魂が引き剥がされる。
このまま私をずっと遠くに連れ去って。




