Real.27『恩恵』
暗黒のファラオ団。私はその名前は知っている。同じ受刑者にその信者がいるからだ。
面会室から出て彼がいるであろう食堂に向かうと何やら騒ぎが起こっていた。悲鳴や煽る声、怒号、それを止めようとする刑務官の震える声がする。何があったのだろうとそっと扉を開け中を覗くと、男性と少年が殺し合いのような喧嘩をしていた。
男性は口から血を流し、少年がナイフを持っている。
「てめぇ、何すんだコノヤロウ!!ぶっ殺してやる!!!」
男性は血で窒息しないよう口内に指を入れ怒り狂っている。
「お前が僕のプリンを勝手に食べたからだろ!ちゃんと名前も書いてたのに!」
どうやら、少年は自分のデザートを勝手に食べた男性に怒り、その舌を切り取ってしまったようだ。
少年は舌を切り落とすだけじゃ物足りなく胃を切り裂いて中のものを引きずり出してやろうと刃を向けた。
「待って待って!ダメだよ死んじゃうって!」
私は少年に組み付いて動きを止めると、部屋の脇で震えていた刑務官がハッとなり少年から武器を奪い取った。
それから、流血騒ぎに満足した囚人は各々部屋に戻っていき、男性は複数の刑務官が取り押さえて病院に運び込まれて行った。少年には私が代わりのプリンをあげることで納得してもらった。
2人は食堂の一角で隣同士に座り話をする。この少年が、例の信者だ。浅黒い肌をした頬を膨らませて不貞腐れて、空になったプリンの入れ物をプラスチックのスプーンで弄っていた。普段は人懐っこくて笑顔の可愛い子なのだが、1度怒ると手がつけられなくなるのだ。
黒いくせっ毛の髪を撫でてご機嫌をとる。
「なんで止めたんだよ、アイツ無期懲役だろ。別に死んでもいいじゃん」
無期懲役はこの国では最も重い刑罰だ。それだけ酷い行いをしたということになる。でも、だからと言って殺していいわけにはならない。
「ダメだよ、殺したら。倫理的にも。それにあの人は一生を掛けて償いをしてるんだからその邪魔をしちゃダメ。君も必要ない罰を受けることになるでしょ?」
「殺人犯に言われても説得力無いな〜」
少年の反論にアリスは苦笑する。
「はは!冗談!ただの意地悪だよ。アリス姉ちゃんはそんなことしないって知ってるしね」
少年は困った私を見て満足気に笑い、いつもの調子に戻る。
「……私はそんないい子じゃないよ。あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ。ニャルラトホテプって知ってる?」
「知ってるよ!外なる宇宙から来た神々のメッセンジャーさ!無貌であるが故に千の貌を持つ、つまり無数の姿を持つ神格だよ。……でも、急にどうしたの?」
少年は神の名を聞いた途端目を輝かせ、前のめりに話題に食いついてきた。
千の貌を持つ……あの猫の姿も彼の貌の1つだったのだろうか。
「いや、そうじゃなくて……会ったことがあるかもだから?気になって」
「え!アリス姉ちゃんニャルラトホテプに会ったの!?いいなぁ〜なんか恩恵とかあった?」
少年は浮かせた腰を元の椅子の上に戻し机にもたれかかって頬杖をつく。
「恩恵……?あの時助けられたこと?ん〜どうだろ」
「あのニャルラトホテプが人助け?珍しいこともあるんだね。他にも気づいてないだけで何か得てるかもしれないよ。それかお姉ちゃんがここに居るのが彼の恩恵……悪戯なのかもね」少年がニヤニヤと笑う。
「何か知りたいことある?」
「え?うーん、そのニャルラトホテプってのがどういう神様なのかよくわからないかな。具体的にはどういう神様なの?」
「ニャルラトホテプは父である魔王アザトースの寝言……もとい啓示を伝えて回っている。これがメッセンジャーって呼ばれる由縁だね。それともう1つ仕事があって、アザトースに面白い話をして寝かしつけることかな。この世界はアザトースの夢で出来ているから彼が目を覚ますと世界が終わってしまうんだよ。それで人間達に干渉して破滅と狂気をもたらしているのさ」
そう少年はかいつまんで教えてくれた。最初だけ聞いたらいい神様そうだけど、最後の1文で全部パァになってしまった。
「つまり、悲劇を面白いと思ってるサイコパス社畜??」
アリスの一言に少年は吹き出して大笑いする。
「うん、そうかも」少年は口元を隠し肩を震わせている。
「他に聞きたいことは?」
「今のところ特に思いつかないかな」
「そっか、じゃ思いついたら聞いてよ」そう言って少年は椅子から降り、ゴミ箱にゴミを投げ入れて去っていった。
ふと、視界の隅で白い何かが揺れる。
「イヴ?」
アリスは振り返るがただ窓に掛かったカーテンがそよ風になびいてるだけだった。そして同時に、自身の口から出た名前に疑問を持つ。
「……イヴって、誰?」
ロンドンの街中にて。イヴはアリスを探していた。見慣れない建造物、車、人にイヴは不安と恐怖を感じていた。
それはロンドンに住む人々も同じで、すれ違う人々は奇妙な格好をしたイヴをチラチラと奇異の目で見て、数人で歩いていた者はコソコソと話をしていた。
建物のスクリーンでニュースが流れている。
『12月24日の午後18時頃、ロンドンの住宅街にて男性が頭部を損傷した状態で発見されました。また、同居していた16歳の娘さんがアパートの下の階で倒れているのも見つかり、警察は現場に犯人に繋がる証拠が無いと彼女を最重要容疑者として……』
イヴは白い息を吐き、悴む手を温める。スクリーンを眺めてみるが難しい言葉が沢山あってよくわからない。
アリス、どこにいるんだろう。
ジャックの言葉を信じるなら、この街のどこかにアリスがいる。アリスを見つけようと意識を周辺の空間に向けてみるが、ドリームランドとは勝手が違い何も感じない。
じっとしているだけじゃ、何も得られない。自分の英語がどこまで伝わるのか不安だが、やるしかない。
イヴは通りすがりの人に声を掛けた。




