Real.26『アリスの過去』
全身に鈍い鈍痛を感じる。意識が薄らと戻ってくる。目を覚ますと、白い光が目の奥を刺して反射的に目を細める。なんだか不思議な夢を見ていた気がする。どんな夢だっけ……
ここはどこだろう。頭を左右に動かし状況を確認する。どうやら私は病院に居るらしい。左右には別の患者が眠っていて、私の腕には点滴が繋がっていた。どうして私はここに……?買い物をして、家に帰る途中で…………
だんだん意識もハッキリしてきて、何故自分がここに居るのかもわかってきた。そうか、私はあの時ベランダから落ちて、ここに居るんだ。
看護士が目覚めた少女を見て、声を上げて他の医者へ伝えに行った。しばらくして、医者と警官が私の元に訪れる。
「……警察?」
「ああ、目覚めたばかりでこのようなことを伝えるのは酷なのですがね。あなたを殺人の容疑で逮捕いたしまして」
警察が私と向かい合うようにベッドの前に立つ。
つまり、ここは警察病院?
「私が……どうして?」
「アリス・カーターさん。近隣の住民から通報を受けた時、あなたは外で倒れ、あなたの家からは……頭部を酷く損傷した状態のお父様が見つかりました。状況証拠というものですよ。暴行を受けかけたあなたがお父様を殺害しベランダから身を投げた。そう上は判断しております」
警官が心理的に伝えづらそうに所々つっかえながら事情を伝える。
「あなた以外に犯人に繋がる証拠が見つからないものでして。あの日見たこと、全てお伝えいただけませんか?正直私は……いえ、担当した者はみな、あなたが犯人だとは思っていません」
アリスは少し懐かしいような、既視感を覚えた。どこでだろう。殺人事件の犯人にされるなんて、普通に生きてたら2度は経験値しないものなのに。
「……私が犯人で合ってます。私が、やりました」
私は肯定し罪を受け入れる。教えたところでなんの意味があるのだろう。こんな突飛な話信じろなんて言われても、無理に決まっている。それに、否定したところで帰る家も無い。好きな人を殺されたんだ、お母さんはきっとカンカンに怒ってる。お母さんを本当の人殺しにするわけにはいかない。
「私が犯人なんですよ」
手続きが滞りなく進み、私は塀の中にいた。少し早過ぎないか?と思うくらいに、あれから短い間で牢へ入れられた。
そして、その日から何日も未だに事件の真相に納得いかない別の若い警官が私から話を聞くために面会に来ていた。
「お願いです!真実を教えてください!そうすればここからすぐにでも出してあげられるんですよ!?」
若い警官が声を荒らげながら言う。
私が真実を語ったところでここからは出られない。きっと、何か都合が悪くて偉い人が私を押し込んだんだろう。
「……真実はご存知の通りですよ」
「君は犯人なんかじゃない!お願いです、真実を教えてください!」
若い警察は引かない。
「知ってもどうにもなりませんよ」
「僕個人が聞きたい、知りたいというものではダメですか?どうしても気になるんです。君が語る真実がどんなものであろうと受け入れます」
若いが故の好奇心と正義感。アリスは再び真実を語るために口を開いた。
「……わかりました。それには少し、身の上話から話さないといけないかもしれません」
「構いません、教えてください」
若い警官が私の話に耳を傾ける。雑音が彼の耳から遠退いていった。
私はシングルマザーの家庭に産まれました。私がいると再婚相手が見つからない、せっかく好きな人が出来ても振られてしまうとかであんまり私をよく思っていませんでした。
お父さんが結婚詐欺師だったみたいで、私の顔も見ずに金を持って行ってしまったことから、お父さん似の私はよく機嫌の悪いお母さんに打たれていました。
学校にも私の居場所はありませんでした。貧乏だから、片親だから……そんな理由で。よく彼らの鬱憤晴らしにされていました。
あぁでも、全然気にしてないから大丈夫です。落ち込んでいたら彼らの思うつぼですし、大して好きでもない人からそんなことされても何とも思いませんから。
それに、私にはダイナがいたので。道端で捨てられていた黒い仔猫です。額に目のような変な柄のある子です。黒猫は映ないからって捨てられるニュースを思い出して、なんだか私みたいだなって思って、正直寂しくてお友達になれたらなって拾ってこっそり飼ってたんです。私もこうやって今生きてるから少なくともお母さんに完全に嫌われてるわけではないでしょう?ほら、親から愛情を受けなかった赤ちゃんは死んじゃうって実験の話、あるじゃないですか。だから。
でも、それは間違いだったみたいです。ダイナは拾うべきではありませんでした。
ダイナがお義父さんを殺した犯人だからです。
ある日、お母さんが再婚相手を見つけて、それが私の学校の先生で……そこからは警察の人の推理と少し被ってますね。
お母さんが居ないうちに襲われて、まずいと思ったとき、ダイナが助けに来たんです。この時、私はすごく恐怖を感じました。だって、ダイナはもうすでに死んでいたんですから。ダイナはいじめっ子に攫われて、理科の先生に標本にされてしまっていたんです。
悲しくてその時ばかりは泣いてしまったから覚えています。間違いありません。
ダイナは仔猫の皮を被ったバケモノです。バケモノがダイナの皮を裂くようにして出てきて、お義父さんの頭を握り潰して殺しました。大きなバケモノでした。そのバケモノには顔が無くて、代わりにヤスデのようなグロテスクな触覚があって、身体のシルエットは人型ではあったけど明らかに地球のものでは無い骨格でした。
私はビックリして、自分も殺されると思ってベランダに逃げ出して、手すりから手を滑らしてそのまま……。
後はご存知の通りです。
「なるほど……、正直信じ難い話ですが」
「ですよね、忘れてください」アリスは力無く笑う。
「いえ、ありがとうございます。おかげですっきりしました。……でも、本当にいいんですか?犯人でもないのにこんな所に」
若い警官は私のことを心配してくれているようだ。優しい人だ。でも、私は大丈夫だと彼に伝える。これでいいと思っている。少なくとも、あそこに戻るよりはずっとマシだから。
「ああ、そういえば……君が見たっていう怪物について少し心当たりがあるかもしれません」
彼の言葉にアリスは思わず「えっ!?」と声を漏らす。
「この辺りに暗黒のファラオ団っていうカルト教団が支部を建ててね、その教団が信仰する神の特徴の1つに君が見たのと似たものがあるんだ。その神の名前は……なんて言ったかな、ナイ?……アル?」
「……ニャルラトホテプ」
「そう、それだ!……知ってたんですか?」
アリスは自分の口をついて出てきた名前に驚く。だって、そんな名前知らないし聞いたこともなかったからだ。アリスは彼の問に首を振る。
こうして、彼との面会は終わった。




