Dream.25『旅立ち』
後頭部に柔らかいものを感じる。柔らかいって言うほどでもないからどちらかというと少し硬い肉っぽい感じ。違和感を覚えたイヴはパチリと目を開く。
「あぁ、良かった!おはようイヴ」
目線の先には心配そうにイヴを覗き込むジャックがいた。イヴの無事を確認するとホッとしたように破顔する。
体を起こすと館のソファーに横になっており、彼の膝の上で眠っていたのがわかった。そして、自分の代わりにソファーに腰掛けていた人形も壁に飾られていた人形も全て居なくなっていることからアリスの死が夢でないことを痛感させる。怪我もすっかり塞がっている。
「どうしてニャル兄がここに?」イヴは純粋な疑問をジャックに投げかける。
「イヴちゃんが困ってるのに僕が来ないわけないだろう?」
イヴは回答にならない回答に気落ちする。わたしが困ってるから来てくれたのなら、アリスがああなる前にもっと早く来て欲しかった。
アリスの最期を思い出し鼻の奥がツンとする。
「あわわ、イヴちゃん泣かないで〜!あ、お菓子食べる?飴ちゃんあるよ」
ジャックはイヴを慰めようと飴を取り出すがイヴはそれを断る。
「……そうじゃない」
この人は人の心に寄り添うことが出来ない。寄り添うというより俯瞰して楽しむ人だ。それをわかってるからズレた反応をされてもどうとも思わないけれど、今回ばかりは少しムッとした。この人は明確な要求がない限り適正な対応が出来ない。
「それより、抱きしめて慰めて欲しい」
ジャックはその言葉を聞くなり嬉しそうに八重歯を見せて笑いイヴを抱擁する。
本来であればここは憂いを帯びた顔をすべきだと思う。だって、人が死んでいるのだから。けれども、この人にそういうものを求めるのは間違っている。
この人に求めるべきなのは……
「覚醒の世界に行きたい。アリスを連れ戻さないと。行き方を教えて」
「いいよ、でもどうして?アリスちゃんは元の世界に帰りたがっていただろう?これで良かったじゃないか。それに、君がアリスちゃんを求めるのは君が1人でいたくない兎ちゃんだからだ。寂しいから傍に誰かを求める。それなら僕で良くない?」
ジャックがイヴの内面を見透かして意地悪そうな顔で言う。イヴはジャックの腕から離れ、静かに首を横に振りそれに反論する。
「アリスは帰りたがってない。アリスはここに居たいって、わたしの隣に居たいって言った。誓ってくれた。確かにそう。わたしは寂しがりで無理矢理人柱の儀式を先延ばしにしてもらってあの日までずっとシュブ姉といた。シュブ姉がいなくなってからは、寂しかったわたしの傍に居てくれるアリスに好意を抱いていた。アリスじゃなくてもそうなったと思う。でも、今のわたしは違う。どうしようもないくらいアリスが好きなの。アリスがわたしの隣にいないと嫌なの」
ジャックは相槌を打ちながらイヴの話を聞いていた。そして満足したようにイヴのお願いを快諾する。
「そっかそっか、共依存ね。いいんじゃない。僕はイヴちゃん思いの優しいお兄さんだから叶えてあげよう」
「……結構無茶なお願いだと思ったんだけど。一体どうやって覚醒の世界に行くの?」
イヴが問いかけるとジャックは懐からあるアイテムを取り出す。それは13cmほどの大きさの変色した金属製の鍵だった。
「銀の鍵……?どうしてそれをニャル兄が……」
ジャックがイヴに鍵を渡す。
銀の鍵はどんな時間や場所にでも運ぶことが出来るアーティファクトだ。このアイテムはただ1つしかない。
「あ、でもこれ今は使えないね。夕方まで僕と遊ぶ?」
「……そういう気分にはなれない。今は何時なの?」
「午前10時くらいかな〜」
だいぶ長い間眠っていたようだ。早くアリスの元に行きたくて焦燥感に駆られる。
「今すぐにアリスのところに行きたい」
ダメ元でジャックに無茶振りをする。
「いいよ。でも鍵があるのにそのお願いを何のメリットも無く叶えてあげるわけにはいかないね」
またジャックが意地悪な笑みを浮かべて言う。
「僕が夕暮れまで君と居られる以上のメリット……う〜ん、そうだなぁ。僕への賛美の言葉を唱えてもらおうか。あの暗黒のファラオから始まる一節」
イヴは困惑していた。彼はよくわけのわからないことを言う。ただ適当を言っているだけか、何か真意があるのか、それを理解するのは難しい。だからその度にイヴはそういうものかと流して熟考しなかった。しかし、今回はあまりにもおかしくイヴは首を傾げた。
「今日は僕が誕生日だと思って、あるいは記念日だと思って。さあ!」
本当によくわからない。何がしたいのかよくわからない。でも、これでアリスに会いに行けるならなんだってしよう。
真心を込めて。祈るように手を組んで。
「暗黒のファラオ万歳、ニャルラトホテプ万歳。クトゥルフ・フタグン。ニャルラトホテプ・ツガーシャメッシュ、シャメッシュ。ニャルラトホテプ・ツガー、クトゥルフ・フタグン」
その賛美の言葉を聞くなりジャックは本当に嬉しそうに体を捩らせ、顔を手で覆い笑い声を上げ始めた。そして、ひとしきり足をジタバタさせた後、満足気に面を上げた。
「いや〜、最高!最高だよイヴちゃん!これだけでもう一生頑張れる気がする!」
ジャックはソファーから立ち上がり、首をひねるイヴの頭にぽんぽんと手を乗せてから変化させた鉤爪で虚空を切る。
子供1人分の大きさの亜空間が出現し、そこを潜るようにジャックが促す。
「ここから出ればそこは覚醒の世界だ。ちゃんとアリスちゃんの住む街に繋げておいたけど、どこにいるかは自分で探してね」
どうしてアリスが居た時にしなかったんだろう。イヴがそのようなことを考えていると、それを察したジャックが「イヴちゃんを困らせるようなことはしたくないからね」と言う。
イヴが空間の前に立つと緊張で気が引き締まる。イヴは傍に立つジャックに最後の質問をする。
「どうしてニャル兄はわたしにこんなにもよくするの?どうしてわたしのことが好きなの?」
ジャックは優しく微笑むと
「僕と目元が似ているからかな」と、答えた。
イヴはまたよくわからないことを言ってるなと思いつつ、ジャックの手を引き頬に口づけを落とす。
「……ありがとう。いってきます」
イヴはそう言い残してゲートを潜って行った。
ジャックは何が起こったのか理解出来ず、しばらくの間硬直しハッとして意識を取り戻す。
「イヴちゃん、それはオーバーキルだよ」
ジャックは頬に手を当て、館を見回す。これから本来の目的を果たさなくてはならない。
「まさか、イヴちゃんに消されていたとはね。いや、正確に言うと違うか」
イヴに触れられ姿を消した者達。彼らは死んだわけではない、厳密に言うと体格を喪失したのだ。極小に縮められ、しまいには幻像となる。道理で見つからないわけだ。
ジャックは何も無い虚空を見つめ呟く。
「…………み〜つけた」
シナリオ【等身大の人形館】
[犠牲者] リーフ、SNS、フィランソ、ルル?、アリス
[背景]
アトラック=ナチャは人柱の心の隙に付け込み彼女を乗っ取り遊びに訪れた少女を攫ってはそっくりな人形を作り精神を交換させ楽しんでいました。アリス、完璧な人形。そんなものは彼女のお遊びのスパイスであり目的ではありません。アリスとイヴが店に訪れたのは本当にたまたまです。 多分。
ハートの女王に残る人柱の殺害を要求されたSNSは自身に復讐を果たしに来るであろうリーフを誘導し、自身を殺そうとするリーフの攻撃をフィランソに受けさせ殺すことを計画した。また、建物外に逃走しリーフとフィランソを外に誘い出し、ハートの女王が現チャウグナー・フォーンの人柱の脳缶を回収しやすいようにすることもその計画に含まれる。
想定外だったのは、フィランソの死と告白によりSNSの自我を抑えきれなくなり自殺、体から抜けなくてはいけなくなったこと。
[登場アイテム、呪文、魔道書]
妖蛆の秘密:幽霊やゾンビなどについてが記されている。
ハスターの歌:呪う対象を内部から破壊し破裂させる。回避方法は自信も歌い呪いを中和させること。
精神転移:永久的に魂を入れ替える。
銀の鍵:どんな時、場所にも行ける。原作ではランドルフ・カーターにより覚醒の世界とドリームランドを行き来するのに使われた。
[登場神話生物]
・クトゥルフ:神話の名前にもなってる有名な邪神。タコと蝙蝠を合わせたような怪物。海中都市ルルイエで眠り星辰が揃い復活する時を待っている。
・ブループ:深海生物に居そう。火に引き寄せられる性質がある、触れたら死ぬのに。儚い。
・アトラック=ナチャ:巨大な蜘蛛の邪神。邪魔されたらキレる、作業中は食事を取りたくない。悪い方のクリエイターの鏡。
[小話]
・ある創作企画の夏イベントをパロしました
・アトラック=ナチャの人柱の名前はローゼンメイデンが元
・やっとアリスが聞き耳成功しました(1回だけ)
・アリスの曾祖父はランドルフ・カーターです




