Dream.24『愛してる』
アリスとイヴは地下へ続く階段を降りていた。薄暗く手元までしか見えず、2人は壁に手を付き慎重に下っていた。アリスの顔面に蜘蛛の巣が掛かる。
「うわっ!?ばっちぃ!」
アリスは顔や髪に付いた粘着性の糸を振り払う。
そこで気づいた。もしかして、このまま先に進んだら夢の通りになるんじゃないだろうか。ウェヤハさんが私達に警告している。これ以上先に進んではいけないと。
アリスは立ち止まる。イヴは突然足を止めたアリスを心配し声を掛ける。
「……アリス?」
「……ねぇ、やっぱり帰らない?こういうのは警察とかがした方がいいと思うんだよ。私達には危険すぎる」
アリスが引き返そうとすると、イヴが止める。
「確かにそう。でも、その頃にはあの子は死んでいる。アリスはそれでいいの?いつものアリスらしくない」
「だって!また、イヴがあんな大怪我するのかと思ったら怖いんだもん!」
アリスは俯き震える手を握りしめる。アリスはイヴに目線を戻した。イヴは真剣な眼差しで子供を助けようとしている。その姿は以前の自分のようにも見えた。アリスは深呼吸をして決心する。
ウェヤハさん、ごめんなさい。折角の忠告を無視します。その代わり、もしイヴに何かあったら……私が…………
再び二人は階段を降り、底に着くと、真鍮で出来た重々しい雰囲気を醸し出す扉が閉じていた。アリスは耳を澄ませると、誰かの話し声が聞こえた。何かがいる。
アリスは扉を開く。その先は夢に見た光景と同じだった。薄暗い部屋の天井や隅の角度、ありとあらゆるところに蜘蛛の巣が幾重にも掛けられ、そこから垂れる1本の糸の先に犠牲者らしき人が居るであろう繭が吊るされている。
そしてその部屋の中央に女性が座り込んでいた。
「……あれでもない、これでもない一体貴女の言う理想の少女ってどの子なのよ」
女性は床に散らばった人形を拾い上げては違う違うと投げ捨て頭を悩ませていた。
「あら?貴女達は……、あ、仲良しなかわいい女の子が2人。ほら、ローゼン見なさいよ。あの子達を縫い合わせて人形を作ったらそれこそ貴女の言う完璧な少女が出来るんじゃない?」
女性はこちらに気づくと妖しい笑みを浮かべ、立ち上がり私達に近づこうとする。
まずい。はやく、子供を助けてこの場を後にしよう。でも、繭玉の数が多くてどれがその子供のものなのかわからない!
「これはしらみ潰しに開けていくしかないかな」
アリスは切れ味のいいナイフを創造し、1つは自身が握り、もう1つはイヴに渡した。
「了解、気をつけて」
二手に分かれて繭玉を切り裂いていく。中には繭玉に収まるように関節を無視して折り畳まれた死体が包まれていた。
「ちょっと、何してるの。私の部屋を荒らさないで頂戴」
女性が怒気を含んだ声でイヴに詰め寄りやめさせようとするが、力の優るイヴからナイフを奪うことが出来ない。
「この子、体に見合わずなんて怪力なの……。人間じゃない、まさか人柱?なるほど、なるほどね。今まで理想の少女を作れなかったのは人間で作っていたから?……ははっ、決めた。次のお人形さんは貴女よ!」
女性の表皮がモゾモゾと動く。まるで脱皮でもするように女性の体の中で蠢く何かが女性の背中を割り姿を現した。巨大な蜘蛛だ。頭部は人間に似た顔つきでそのおぞましさに拍車をかける。
「アトラック=ナチャ!なるほど、精神的に弱った人柱の体を乗っ取って……」
イヴはナーサリー・ライムのことを思い出す。精神的に弱った人柱は体が少しずつ神格化していき、最終的には完全に乗っ取られ邪神が復活してしまう。そのようなことの無いよう通常高い精神力を持つ人間が人柱に選ばれるはずだが。
「……イヴ!?」
イヴの危険を察知しアリスは手を止めイヴの方へ振り返る。
「気にしないで続けて。相手がアトラック=ナチャだけならまだ何とかなる」
「でも、相手は本物の邪神なんでしょ!?」
今までイヴが戦ってきたのは人柱や人間だ。アリスは心配で仕方なかった。
「でも、アトラック=ナチャは邪神でも弱い方の部類」
自分の方が強いから気にするな、とイヴは気丈に振る舞いアリスに作業を続けさせようとする。
「随分とナメてくれるじゃない、小娘。貴女は生きたままバラバラにしてそのままお人形さんにしてあげる!」
アトラック=ナチャはイヴに糸を巻き行動を抑えようとするが、先程の腕力では引きちぎられると思い噛みつきに変更し襲いかかる。
アトラック=ナチャがイヴの華奢な腕に噛み付くと、麻痺毒を注入する。
「……ぐっ!?」
イヴは体が痺れて動けなくなる。アリスが駆け寄ろうとするとイヴが止める。
「わたしのことは気にしないで!目の前のことに集中して!何の為にわたし達はここに居るの」
アリスはイヴの気迫にたじろいだ。
……そうだ、私が子供を見つけ出さなくちゃ戻れない。子供を見つけることがイヴの無事に繋がると思い再びナイフを繭玉に振るう。しかし、子供は見つからない。
アトラック=ナチャは動けないイヴの損傷した腕に噛みつきバラバラにしようと試みる。
「よし、動ける……!相手は神格。手は抜かない」
イヴの麻痺が解けた。イヴは瞳を黄緑色に光らせ蜘蛛の人面に無事な方の腕で拳を入れるが、キチン質の硬い殻がダメージを吸収する。しかし、その殻も殆どが弾け飛んでいった。
「ヒィ、怖い!最近の子ってみんなこうなの……!?」
アトラック=ナチャは再びイヴの行動を封じようと大顎を振るうが回避されてしまった。
イヴがアトラック・ナチャに再び打撃を加える。大蜘蛛は僅かに残った装甲も全て失ってしまった。陥没した部位から昆虫のような緑色の汁が滴る。
「痛い!痛い!痛いわ!なんなのよこの子!」
アトラック=ナチャが悲鳴を上げる。
「本当に強い……神様相手に勝ってる!」
「よそ見してないで1つでも多く繭を割って子供を見つけて!」
イヴは見とれるアリスを叱りながら邪神の攻撃を回避する。
「あ、うん!」
お願いだから、早く、早く見つかって……!そう祈りながらアリスはナイフを振るう。
「外した……!巨体のくせに器用なやつ」
腹部に向けて蹴り上げた足が空を切る。アトラック=ナチャは天井に跳ね上がり巣に足を掛ける。そして、勢いをつけイヴに向かって体当たりをする。
「いっっ!?ぐっ……!」
イヴは巨体の下敷きになってしまった。背骨がミシミシと音を立てる。
「あんまりお人形さんを汚したくはないのだけれど、仕方ないよね。大人しくバラバラになってくれない貴女が悪いんだから」
イヴは蜘蛛の巨体を睨みつけ蹴り払い脱出する。蜘蛛はそれに舌打ちした。
「貴女って本当に嫌な子。私があんなに綺麗でかわいいお人形さんにして大切に飾ってあげるというのに。女の子はみんなお人形さんに憧れてるのよ?」
「少なくともあの人形達はそうは思ってないみたいだけど。勿論わたしもね」
イヴはアトラック=ナチャの大顎を躱しながらアリスが繭を裂きやすいように大蜘蛛を誘導する。
10個はあった繭は残りあと2つ。
「折角だからあなたに聞く。あなたはあの底無しの裂け目に糸を紡ぎ橋を掛けようとしていたはず。そして、その橋が完成する時は世界が終わる時だと言われている。わたしはその橋と朱の王座教団に何かしらの繋がりがあると思う。……どうせ彼らと仲間なんでしょ、何を企んでいるの」
イヴは立ち止まりアトラック=ナチャに問いかけた。それに大蜘蛛は大笑いする。
「あ〜、なるほど。貴女達が例の探偵さん?どうしましょ、こんな事態聞いてないのだけれど。こういうのはイス人辺りの役割じゃない。どう返せば面白くなるかしらん?」
大蜘蛛は首を傾け前足を口元にもっていき考えるような素振りをする。
「役割?面白い……?」
イヴは軽蔑するような目をアトラック=ナチャに向ける。
「そう。私達がすることは面白くなきゃいけないの。具体的に言うなら人々に破滅と狂気を齎さないといけないの。面倒よね?探偵さんがここにいるってことは私もそれなりのことをしないといけないってことになるかしらん?」
アトラック=ナチャは雰囲気を変える。彼女は獲物ではなく、何か思惑を孕んだ目でイヴを睨み口角を上げた。
その時、アリスが声を上げる。
「居た!見つけたよ!女の子!人形にそっくりな子、間違いない!」
アリスは小さな女の子を抱き上げていた。イヴを呼び退却を促す。
「子供を先に!」イヴはアリスに指示を出す。
イヴの指示に従い、アリスが階段の方へ向かう。イヴは最後の時間稼ぎにアトラック=ナチャに攻撃を与えようと前に踏み出すと、イヴはバランスを崩し手を床につける。
「……なっ!?」
部屋中に張り巡らされた蜘蛛の巣で足元が見づらくなっており、床に空いた穴に気づけなかったのだ。片足が床材に嵌って抜けない。
「あははは!情けないわね!」
アトラック=ナチャは前足でイヴを薙ぎ払う。壁に激突したイヴは脳震盪を起こしふらつく。
「イヴっ!?」アリスは子供を床に置きイヴに駆け寄る。
「……早く先に、行って」
頭から流れる黒い血を拭いアリスに命じる。
「嫌だ!その命令は聞けないよ!もうこれ以上はダメ!イヴも逃げるの!」
アリスがイヴの手を掴み出口へ向かおうとするが、それをアトラック=ナチャは許さない。
「そう簡単に出してあげるわけにはいかないよ。探偵さん達なら尚更ね。おいで、私の娘達!」
アトラック=ナチャは無数の糸を放つ。その糸は地下室の外にある人形へ繋がり、彼女が器用に糸を操るとまるで生きているかのように動き出した。
人形達が工房からハサミを持ち出しゾロゾロと地下室へ向かう。
アトラック=ナチャが巧みに糸を操り人形を動かしている。
「貴女アリスって言うのよね?貴女がローゼンの求めるお友達だったのね!貴女はローゼンの大切なお友達だから生かしてあげる。でも……そこの白い子は別。そろそろ他の人柱も片付いた頃でしょう。その子で何か一悶着あったみたいだけど、とりあえず人柱は全員殺すってことでいいのよね?」
アトラック=ナチャが勢いをつけて糸を引くと、出口から人形が現れ、イヴに引き寄せられるように一斉に襲いかかろうとする。
「やめて!!!」
アリスはイヴに覆い被さるようにしてうずくまり、庇った。強く強く抱きしめて、人形達の攻撃が自分に向くようにする。人形が身体を刺し、肉を切り裂き、靭帯を断ち切る。
「アリス、退いて!死んじゃう!」
イヴはアリスを退かそうとするがさっきの衝撃で上手く手に力が入らない。
「……ずっと、守られてばかりだったから。こんな時くらい私にも守らせてよ」
アリスは痛みに耐え、涙目になりながらもイヴを庇い続ける。人形達はハサミを振り下ろし切り裂く手を止めない。
限界を感じたアリスがイヴの耳元で何かを囁くと、それっきり動かなくなった。そして、役目を終えたアリスの体は鈍く光り始め、粒子になって消えていった。
人形達の猛攻が止む。人形達はアリスを殺し終えると元の無機質に戻ったかのように脱力し動かなくなった。
「アリス……イヤだ、いかないで!」
イヴは宙を舞う光の粒子を掴もうとするがイヴの手をすり抜ける。イヴはおもむろに両手で目を覆いしくしくと泣き出した。
「あーあ、死んじゃった。でも、自分から私達のシナリオに協力してくれるなら助かるわ。私そういう根回しするの苦手なのよね。これで女王様から小言を言われずに済むわ」
アトラック=ナチャは相変わらずの陰鬱そうな口振りでアリスの死を見届ける。
「許さない……」イヴは小さな声で恨み言をこぼす。
「許さないって言われても、あの子が勝手に死にに行っただけじゃない。それに、彼女夢見る人なんでしょ?なら心配する必要はないわ。本当に死ぬわけじゃあるまいし」
イヴの怒りに呼応するかのように、彼女の額から落ちた血がブクブクと沸騰し騒ぎ出す。沸き立つ血はヒラヒラとした柔らかい欠片となり宙に舞った。
「……え、何よこれ!?」
血の欠片は取り乱すアトラック=ナチャの体を覆い尽くし窒息させた。大蜘蛛は何とかして体から血を剥がそうと床や壁に体を擦り付けるようにしてのたうち回る。
イヴが立ち上がりフラフラとアトラック=ナチャに近づく。その目は爛々と黄緑色に輝いていた。
「……許さない……許さない」
イヴはうわ言を繰り返しながら歩みを進め、アトラック=ナチャの前で歩みを止める。
そして一言。
「消えて」
その瞬間、イヴに触れられたアトラック=ナチャは消滅した。




