Dream.21『魅惑のアクアリウム』
暗闇の水牢の中、少女が独り絶叫していた。
「出して!出して!出して!ここから出して!!いやぁああああああ!!!!」
少女は仕切りに鉄格子のように自身を囲む流水の壁を叩くが状況に変化は無い。
「独りは嫌だ嫌だ嫌だ、寂しいよ、寂しいよ……」
少女は独り涙を零す。何百年、何千年?時間の経過も分からずただただ長い時を少女は揺れる水面しか目に映らない牢の中で過ごしていた。少女は再び外の世界が映し出される水晶に目をやると、憎悪が膨れ上がりそれを掴み取り床に叩きつけた。水晶が割れ破片が散らばり嫌でも恨めしい光景が目に入る。
その水晶には、たくさんの客とアリス、イヴに囲まれて楽しそうに笑う自分がいた。
「どうして……どうしてそこに居るのがルルじゃないんですぞ…………」
そして少女は新たな恨みの矛先に言葉の刃を向ける。
「こんな世界……壊れてしまえばいいのに」
そんな彼女の悲鳴に呼ばれた悪しきものが闇の中から彼女の元へ近づき、ルルへ取引を持ちかけた。
ルルは………………
3人は縞模様の大理石で出来た階段を上り、水族館の入口へ向かっていく。道の途中からチケット売り場まで長い列が出来ていて興隆具合が伺える。
「すごい人……!」イヴは長蛇の列に目を丸くする。
「ありがたいことにいつもこんな感じですぞ〜!」
3人はその列の隣を通り過ぎ、水族館へ入っていく。
「なんか申し訳なくなってきちゃうね」
アリスはチラリとただを捏ねる子供を連れた家族客を脇目に2人の後に続く。
ゲートを潜ると、そこはまるで海の中にいるかのような錯覚に襲われた。アクリル樹脂の水槽かと思いきや、目を凝らすとその表面が僅かに揺れているのが確認できた。天井にあるものは水そのものでできており、その中を魚達は泳いでいたのだ。床に映る魚影が絨毯のように見える。
「うわ、凄い……どうなってるの!?」アリスがその美しさに驚嘆する。
「海水そのものを水槽に見立てて空間に固定しているんですぞ。因みに触ると……」
ルルが天井から床に繋がる水の柱に手を伸ばし、そっと手で押し離す。水柱はゼリーの様に弾力を持ち、ルルの手を弾いた。
「ぷるぷるしてる」イヴはその様子を真似して仕切りに柱をつついている。アリスは微笑ましそうにイヴを見つめていた。
「まだまだ入口ですぞ〜!もっと奥には色んな水槽がありますぞ!」
ルルの案内に従い奥へ進んでいくと更に大きな水槽が3人をもてなすように幻想的な風景を水面のスクリーンに映し出していた。
あまりの美しさに2人は息を飲み立ち尽くした。そしてふと、アリスは隣にルルが居ないことに気づく。
「あれ、ルルちゃんは?」
「どりゃあ!ですぞ!」
アリスは声のした方を振り向くと、ルルが大水槽に飛び込んで海洋生物と共に泳ぎ展示の1つとなり場を盛り上がらせた。
ルルは水槽全体を悠々と泳ぎ、時にはバブルリングを見せまさに人魚のようだった。
3人は最後の展示へ向かっていた。階段を下り地下の空間へ降りる。
そこは洞窟の中のように薄暗く、鍾乳洞を思わせる歪な形をした水槽が天井から伸びるように、または床から天井に伸びていくようにレイアウトされていた。
その水槽の中には深海を連想させるような噴出口のある岩や奇妙なイソギンチャク、そして水晶のようにキラキラと輝く半透明の乳白色で内臓がハッキリ見える楕円形の生き物が回遊している。
「ブループ……こんな使い方があったんだ」
イヴが半透明の生き物を見て言う。
「へぇ、この子達ってブループって言うんだ。綺麗〜」
「ブループは基本護衛に使われますからな」
「え、こんな弱々しそうな可愛い子が?」
想定外の正規の活用法にアリスが驚く。
「ブループは人間に友好的で、熱や電気を放つクリーチャーからその身を呈して護ってくれるんですぞ」
そして、許容量を超えたダメージを受け役目を終えたブループはパチンっと消えてしまうのだ。
「儚いなぁ〜」
イヴは休憩用に置かれた墓石をモチーフにした長椅子に座っていた。その隣にアリスが座ると、イヴがアリスの肩に頭を乗せる。アリスは横目でアクアリウムを眺めるイヴの横顔を見ていた。
「とても綺麗」
イヴの呟きに、アリスは「イヴはもっと綺麗だよ」と返そうとしたが流石にそれは気恥ずかしくてやめた。
「ルルの水族館は楽しんでくれましたですぞ〜?」
水族館の出口でルルは両手を腰に当て自慢げに胸を張る。
「すっごく綺麗でビックリしちゃった!」
イヴもアリスに同意し頷く。
「それは良かったですぞ!じゃあ、次は土産屋を案内し……」
そう言いかけたところで水族館の従業員の女性がルルに声を掛ける。
「えっ!?急ぎですぞ!?う〜〜ん、仕方ないですぞ。今行きますぞ〜」
話によると誰かがルルを呼んでいるらしい。
「すまないですぞ、急用が入ったから今日はここまでですぞ。あとは自由に店を見るなり、旅館に戻ってのんびりするなりしてくれですぞ」
ルルはペコりと2人にお辞儀をし従業員と共に水族館内に戻っていく。
「やっぱり、館長は忙しそうだね。寧ろここまで付き合ってくれて感謝だよ。これからどうする?」
アリスはイヴに問いかける。
「ハマグリの貝殻。お揃いの探したい」
「あぁ!そうだね!じゃあ、お店に行こうか」
海の家での話を思い出し、2人は手を繋ぎそのアクセサリーを探すことにした。
「お店、いっぱいあるね」
「どれも綺麗なアクセサリーを売ってる」
アリスとイヴはショーウィンドウに飾られている装飾品や、店の外観を眺めながらどの店に入るか決めかねていた。
その時、イヴは迷子の幼子がある店の前を通りかかると、扉が開き中から白い腕が伸び子供を引き込むのを見た。大通りから外れた脇道にある店だった。
「アリス、事件!子供が攫われた」
周囲の店に目移りするアリスの袖を引きイヴが伝える。
「え、大変!助けないと!」
イヴはアリスの腕を引き、例の店の前に連れていく。
「ローゼンのアトリエ……」
アリスはその店の看板を見て呟く。ショーウィンドウも無い。家のようなマホガニーの木組みの店だった。
「行こう」
イヴがドアの取っ手を握り、そっと扉を開いた。
一方、ルルは待機室で自身を呼び出した相手を待っていた。
「呼び出しておいて遅れるとはとんだ大物ですな」
2人の案内を途中で投げてきたルルは若干の苛立ちを隠せないでいた。従業員が出した紅茶に手を伸ばし喉に流し込む。
そして、違和感を感じた。体が、痺れる!?
「なんっ……!?これ、は!?」
毒だ。強烈な不快感に頭を抱えうずくまる。傍に立つ従業員が不敵な笑みを浮かべ、ルルを見下ろしていた。
「……はっ!貴様があのカルト教団の遣いというわけか……でも、人柱にこの程度の毒……ただの腹痛と同じですぞ!」
ルルは強がり、従業員に歯を見せて笑う。
「そなたを殺すのは我ではない。そなたを殺しに悠久の時から解放された死神が憎悪の炎に身を焦がし不平をこぼしておるぞ」従業員がガラリと雰囲気を変えて口を開く。
「……!」
ぺたぺたと素足で部屋へ近づく足音がする。それは扉の前で止まり、扉が開く。
そこには、自分と全く同じ姿をした何者かがいた。
「返して、返して、返して、返して……」
「……誰、ですぞ!?」
ルルは恐怖し何者から身を遠ざけるようにソファーの背もたれに体を押し付ける。
何者かが涙を流し言った。
「本物は、ルルだけでいい」




