Dream.18『馬鹿野郎』
時を巻き戻し、カルミア邸礼拝室にて。
信者が杯を飲み終わったのを確認すると、カルミアは命じる。
「イヴを殺しなさい!」
信者は立ち上がり杯を捨て、理性を無くしたように歯茎を軋ませ涎を垂らす。
「やっぱり罠」
しかし、警戒を薄めなかったイヴは先手を取り床を強く踏みつけ破壊した。床に亀裂が走りイヴを震源として隆起する。
信者は足を取られ中々前へ進めない。
「小癪な……!」カルミアが舌打ちをする。
「……でも、強気でいられるのは今のうちですよ」
カルミアはニヤリと笑い、彼女の容姿が少しずつ変わっていく。瑞々しい植物のような髪色は岩に生す苔のように、ブルーベースの肌は黒く、琥珀色の瞳は赤い反転目になった。カルミアの太ももから肌を突き破り漆黒の花か咲くと、薄黄色の粒子を放ち匂やかな芳香が辺りを包んだ。
カルミアの芳香を嗅ぐと幻覚症状が現れ、最終的には彼女の奴隷になってしまう。あの信者が飲んでいた蜜は彼女の芳香を濃縮したもの。定期的にカルミアは付き人にあれを飲ませ信者に仕立て上げていた。
普段は接触時、あるいは体臭が届く範囲に限られていたが、神格化した彼女にリミッターは無い。
しかし、その芳香もイヴには効果が無かった。イヴはしっかりと両足で対象を睨みつけ立っている。
「コイツ……!どんだけの精神力をッ……!」
カルミアは化け物を見るような目をイヴに向ける。
「……わたしを殺そうとするってことは、カルミアはあのカルト教団と関係があるってことでいい?」
敵なら倒す。そんな気概でカルミアを睨みつける。
「ヒドイですね、家族じゃないですカ。私達」
「わたしはあなたのことあまり好きじゃないから問題ない」
在院中、彼女に受けた嫌がらせを思い出す。いつも彼女は自分の失態を自分に押し付けられていたのだ。
イヴはカルミアの腹部を殴打し彼女の気絶を図るが人柱なだけはあり、小さな体に見合わず頑丈で人とは勝手が違い少しよろめいただけだった。
「いたた、因みに私様もオマエのことは嫌いです」
瓦礫を乗り越えた信者がイヴの背後を襲う。イヴは次々と押し寄せる4人の信者を交わしていくが、崩れた足場に躓き足を挫いてしまう。
巨躯の信者はその隙を狙い、しゃがみこむイヴの後頭を掴むと地面に振い落す。頬骨が折れ、鼻から血が流れた。衝撃で胸部も痛め肺から空気を吐く。
イヴは信者の腕を払い大きな掌から逃れる。
数的不利だ。敵は信者13人とカルミア。地形変化と座席の距離で同時戦闘は逃れたが長期戦になるとまずい。新たに4人が戦闘に加わるが、数人はまだ歪な足場に慣れないでいる。
少しでも体を回復しようと傷口に意識を集中させる。
「させるもんか!!」
カルミアは更に身体を変化させる。彼女の胴体は樹木のようになり、6枚の樹皮が花弁のように剥がれた。
樹木から伸びた根が信者に刺さり、信者は精神力を吸収されていく。発狂しない程度に吸いきると根を信者から抜く。
「ーーこれなら流石に効いてくれますよね?」
「…………うっ」
イヴの視界がぐらりと揺れ思わず足元がふらつく。意識が飛びそうになるが、激痛をもってそれを吹き飛ばす。イヴは自らの指を折り意識を現世に留めた。
「……痛い」イヴは涙目で聞こえるか聞こえないかの小さな声でポツリと呟いた。
「往生際の悪いヤツ!!」カルミアはなかなか屈しないイヴに苛立つ。
何故こうも上手くいかない。計画は完璧だったはずなのに、小娘1人殺せないなんて。
信者がまた戦場に登る。これで13人。イヴはからがら信者の攻撃を回避した。相手が人間だからと手を抜いているとこちらが殺されてしまうかもしれない。イヴは深呼吸をし、黄緑色に瞳を光らせる。
「………ヒッ!」
その時カルミアの脳裏にあの日の光景が過ぎる。あの時2人はナーサリーにより避難させられていたが、カルミアはこっそり彼女の跡をつけていた。そこで目にしたのは黄緑色の瞳を爛々と輝かせ、大きな蝙蝠の翼を広げる異形の怪物だった。彼女を止めようとした父は彼女の人差し指1つで消滅した。
カルミアが伸ばした根の触手はイヴを避けるようにして大地を叩く。
「わざと?……いや反射?でも、痛くされないならいいか」
イヴはカルミアの異変に疑問を抱きながらも、針金の首輪をした信者を蹴り飛ばした。信者は長椅子を巻き込んで後方に沈む。
間隙無く雪崩込むように襲い来る信者の一人の顎を蹴り上げ、イヴはその隙間から脱出する。
「だいぶ、ダメージを与えたはず……」
やったか、とイヴは息をつくが信者らは無理やり体を起こしイヴに立ちはだかる。
「…………」
「そろそろ体力の限界です?まぁ、私達相手にあんなに激しく動いていたらそうなるでしょう」
カルミアが再び空を切るように左から右へ腕を払うと、香しい花粉が大気に散らばる。
「……うぅ」イヴは頭を抱え身を縮める。イヴの目には屈強な信者が、ナタを振るう貧相な農民に映った。
ーーこれじゃ、力が出せない。
「殺っちゃえ!!!オマエ達!!!」
イヴは下唇を噛み痛みを堪えていた。幻覚で身体の感覚が過敏になり全身がズキズキと痛む。
避けなきゃ死ぬ。避けなきゃ死ぬ。避けなきゃ死ぬ。避けなきゃ死ぬ。避けなきゃ死ぬ。
死ぬ?ここで?1人で?アリスが隣にいないのに?
「いや、居なくて良かったのかな」アリスがいたら彼女は確実に死んでいた。死ぬのがわたしで良かった。
でも、
「……最期は、アリスの傍がよかったな」
表情の伺えない痩せこけた農民がイヴに鉈を振り下ろそうとした時、轟音が屋外から聞こえ始めた。その音はどんどん大きくなり、礼拝堂の壁を突き破った。農民が手を止め振り返る。
「イヴーーー!!!」
猫に乗ってアリスが乗り込んできたのだ。
「アリス……なんで…………?」
アリスは一直線にイヴへ駆け寄り傷ついた身体を抱擁する。泣きじゃくる彼女の背にそっと手を回し、顔を埋める。
「一体何が、どうなって……!?その猫は!?」
猫達はカルミアと信者に唸りを上げる。
「あ”あ”あ”あ”!!!もう最悪!!!!あともう少しだったのに!!!」
カルミアはセットした髪をわしゃわしゃと掻き乱し苛立ちを露わにする。それにアリスが優しく諭した。
「カルミアちゃん、自首しよ?……亡くなった人は戻らないけど、カルミアちゃんはまだ生きてるから」
生きてさえいれば何度でもやり直せるから。しかし、その言葉すらもカルミアを苛立たせるだけであり、彼女は全く耳を貸そうとはしなかった。
「……どいつもこいつもどいつもこいつも、私様の邪魔ばっか!自首?知るか!私様が1番偉いんだ!私様が下民に頭なんか下げてたまるか!!!」
2人まとめて貫き殺してやる!カルミアは槍の様な根の触手をアリスとイヴに向ける。
アリスがイヴを強く抱き、目を瞑ったが死の痛みは来ない。
そっと目を開くと、リーフが鉤爪を振るい触手を破壊していた。
「馬鹿野郎!!!」リーフが怒号を飛ばす。
「私様は野郎じゃありませんわ!!」
「うるせーーー!!!」反論するカルミアにリーフはずんずん近づいていき、拳を振り上げる。
カルミアはキュッと目を閉じ両手で身を守る動作をした。
頭部に温かいものを感じ、カルミアはそっと瞼を開く。
「…………馬鹿野郎だよ、お前は」
リーフがカルミアの頭を撫でる。変身が溶け、元のカルミアに戻った。
見開いたカルミアの瞳から大粒の涙がぽろりぽろりと零れ落ちていた。




