Dream.17『猫の恩返し』
アリスとリーフは走っていた。最悪の事態が起こってしまったのだ。2人は息を切らせながらも屋敷へ向かう。
イヴが死んでしまうかもしれない。
聞き込みの結果、その人物は葉のイヤリングやネックレス、ブレスレットなど、装飾品に加工して売り捌いていたのを目撃した人が居た。また、その人物から自分も装飾品を買おうとした者も居たが、旅人はターゲットに売り捌いてすぐその場から去ってしまい購入出来なかったそうだ。
加えて、その旅人の着用していたローブに刺繍された数字は目撃者によりまちまちで、中にはJやKがあったことから犯人はあのカルト教団である可能性が色濃く感じられた。
そして、私達がこうして走っている理由は……
その旅人というのが2m近くあるガタイのいい人だ、という話を聞いたからだ。
「本当に、信じていいんですよね!?リーフさんは敵じゃないって!」
「当たり前だろ!じゃなきゃこんな捜査、足引っ張ってやったさ!」
リーフは帽子を脇に抱えて走りながら答えた。
「……何やってんだよ、あの愚妹!!」
アリスは後悔していた。やっぱり、イヴの言うことは正しかった。もっと信じてあげられれば、こんな状況は避けられたはずだった。そして同時に、来てよかったとも思っていた。私が来なかったら、この町の人々はカビに怯え続けることになるから。
「あらあら、そんなに急いでどうしたの坊や達?」
それは、聞き馴染みのある声だった。二人の足が止まる。
後方からコツコツと蹄を鳴らす足音が聞こえた。
まさか……まさか…………。
2人は振り返る。そこには、死んだはずのシュブ=ニグラスの人柱、ナーサリー・ライムが立っていた。
「感動の再開ね。アリスちゃん、リーくん」
ナーサリー・ライム?が両手を広げてハグを待つ。アリスは思わず駆け出そうとする。
「……ナーサリーさん!!」
しかし、リーフが腕を伸ばしそれを遮る。
「あれは、母さんじゃない。……母さんは死んだんだ」
リーフは帽子を被り、影が目元に掛かる。
「……貴女、シュブ=ニグラスね」
「あら、バレちゃった?」
シュブ=ニグラスは両手を下ろし、あっさりと身分を認める。
「……今すぐその姿を止めなさい、殺すぞ」
リーフは腕を流動体に変化させると、手袋が地面に落ちた。
「やだ、反抗期?お母さん泣いちゃう!せっかく会えたのに悲しいわぁ」
と、シュブ=ニグラスは両手を目元に持っていき泣くふりをし、それにリーフは鋭い視線を送った。
「仕方ないじゃない、随分長くあの体にいたんだもの。癖が付いちゃったのよ」と、シュブ=ニグラスは長い髪を弄りながら愚痴をこぼす。
「どうして、ここに……」アリスはシュブ=ニグラスに問う。
「勿論、足止めよ?」邪神は聖母のような笑顔で答えた。
「だったら、先に行っちゃうわよ!アリス!」
リーフがアリスの腕を掴み先へ行こうとするが、捻れた足からは想像出来ないほどの恐ろしい速さで回り込まれてしまった。
「行っちゃイヤよ〜、まだおしゃべりしましょ?……それとも、私ともっとイイコトしちゃう?」
シュブ=ニグラスは瞬きの間にリーフを押し倒し、耳元で語尾にハートマークでも付きそうな程甘い声で囁く。
「母さんはそんなことしねぇ!!」
リーフはシュブ=ニグラスを蹴り上げ退かそうとするが、彼女は後方へ跳びそれを躱す。
彼女は顔を歪ませて笑い声を上げ、そしてピタリと止み、静寂の間の後黒い影がリーフを弾き飛ばした。
「……じゃあ、いらない」
シュブ=ニグラスのスカートの下から、ぬらぬらとテカる何本もの触手が顔を出していた。触手には口のようなものが浮き出ており、その一つ一つが口角を上げ笑っている。
弾き飛ばされたリーフは民家の花崗岩で出来た塀に激突し全身を強打する。リーフは咳き込みながら血を吐き、打ち付けた頭からは血が流れていた。
「リーフさん!!」
アリスはリーフに駆け寄り夢見の力で傷を塞ぐが、内臓のダメージまでは回復出来なかった。
シュブ=ニグラスが微笑みながらこちらへ歩み寄る。
「パンの大神になればあなたでも楽しめそうだけど、気が乗らないしいっか」
そして、シュブ=ニグラスは触肢をアリスに振り下ろそうとするが、猫の鳴き声に引き止められる。
次の瞬間、猫の群れが波のように押し寄せてアリスとリーフを連れ去って行った。
「あれはウルタールの猫?土星や天王星からの猫まで……何故?まぁ、いいわ。追いかければいいもの」
そう言い脚に力を込めると、黒猫が彼女の足を食い止めていた。
「……なるほど、ね」シュブ=ニグラスは何か納得した様子で猫に流されていく2人を見送る。
「……面白くなってきたじゃない?」
シュブ=ニグラスはほくそ笑み、虹色に輝く星空の下で佇んでいた。
場面は屋敷へ移る。そこには、満身創痍のイヴが神格化したカルミアとお付き……、信者と合間見えていた。
このまま闘っていると埒が明かない。イヴの視界はカルミアの芳香により歪んでいた。力を振るえど、相手は人間。手を抜き上手く気絶させられるほどのダメージを与えられず敵を減らせない。信者がじわりじわりとイヴに近寄る。痛む体が次の波に耐えられそうにないことを伝える。
回避することに集中しようとするが、痛みでよろけてしまう。あばら骨が肺に刺さっており、喀血する。
ここで死んでしまうのだろうか。思い浮かべるのはアリスの姿。ここには信者の全員が揃っている。せめて、彼女だけでも無事だと信じたい。
「……最期は、アリスの傍がよかったな」
黄緑色に輝くイヴの瞳が元のピンク色に戻る。
イヴの心が折れそうになったとき、礼拝堂の外からけたたましい音が聞こえたかと思うと、アリスとリーフが猫達に乗り壁を突き破って駆けつけて来た。
「イヴーー!!」
アリスは猫から降りるとイヴに駆け寄り抱き着いた。
「良かった、間に合った!本当に良かった!」
アリスの涙がイヴの肩を濡らす。
一方、カルミアは何が起きたのか理解出来ずにいた。しかし、大いに計画の邪魔をされたことは理解出来た。
「カルミアちゃん、自首しよ?……亡くなった人は戻らないけど、カルミアちゃんはまだ生きてるから」
アリスはカルミアに語りかけるが、カルミアにその声は届かない。
「……どいつもこいつもどいつもこいつも、私様の邪魔ばっか!自首?知るか!私様が1番偉いんだ!私様が下民に頭なんか下げてたまるか!!!」
叫ぶカルミアから生える植物の根が槍のようにアリスとイヴを襲った。




