Dream.15『引き籠りの帽子屋』
4人はカルミアの言う兄の部屋に向かっていく。それは屋敷の奥の部屋でとてもひっそりとしており、華やかな装飾は他の部屋と変わらないものの湿っぽい雰囲気を感じた。
彼は元から引き籠もり癖はあったが、ナーサリー・ライムの死後はめっきり部屋から出てこなくなったとカルミアは語る。
カルミアが顎でアリスに指示を送る。アリスはすこし悪いような気がしながら、鍵を鍵穴に通し捻った。
カチャリ
鍵が開く音がした。カルミアの付き人が音を聞くなり扉を開く。扉の先には、面を食らう黄色の襤褸を羽織った男性が布を裁ちかけたまま硬直していた。そして、数秒の間の後口を開いた。
「うわっ!?何だよお前ら!!」
「愚兄、仕事です。探偵さんに同行して町の調査に行きなさい」
カルミアはずかずかと部屋へ入っていき男性の前で止まって言う。
「……は?嫌だし。俺はずっとこの部屋で帽子を作り続けるんだ」
男性は作業を再開し布を鋏で裁断していく。
「売りもしないガラクタを?」
カルミアが嫌味を込めて言う。
「売るだと!?とんでもない!!この子達は俺の娘だ!!」
男性は血相を変えてカルミアを部屋から押し出そうとするが、カルミアに触れた瞬間意識が飛び体が言うことを聞かない。
「クッソ!めんどくせぇ能力だな!」
カルミアは惨めな兄を鼻で笑う。
「大体、その調査?人手が足りないならお前の部下を連れていけばいいだろ?」
「彼らとはこれから私と用事があるのですよ、愚兄」
カルミアの付き人が頷く。それを見て黄衣の男性が舌打ちをする。
「こんないたいけな女の子が町中でオソロシイ殺人鬼に襲われちゃってもいいのですか?」
カルミアがアリスに駆け寄り腰元にピタリとくっつく。アリスは内心、別に1人でも構わないと思っていたが、男性は押しに負け、肩を落として部屋の奥へ行く。
「準備する。適当に待ってろ」
一同が応接間で待機し、カルミアがコクリ…コクリとうたた寝し始めた頃、扉が開き華やかな男性が入室する。その頭にはティーカップのような形をしたオシャレな帽子を被っていた。
「待たせたわね、小さなご客人!」
唐突のキャラ変にアリスは困惑する。
「……え?誰ですか?」
「あたいよあたい!……そもそもの自己紹介が遅れたわね、あたいはハスターの人柱、リーフ・アーケプラスチダよ!」
リーフは自信に満ちた顔で言う。先刻の猫背は見る影もなくピンッと背筋を伸ばしていた。
「この人ね、帽子を被るとその帽子に合わせて人格が変わるんですよ」
カルミアは彼を侮蔑したような態度で言う。リーフが帽子を脱ぐと元の調子に戻る。
「……多重人格とかじゃなくて、その場のノリ的なアレだから。中身は俺と変わらないから」
カルミアが「変態」と小馬鹿にすると、「虫食らいに言われたくねぇ」とリーフも軽蔑する。
「でも、どうしてそんなことを態々?」と、アリスが問うとリーフは疲労を含んだ様子で
「こうでもしなきゃやっていけねぇんだよ」と答えた。それにカルミアは「根暗」と小言をこぼす。
「ニューハーフというチョイスも謎」
イヴがそう言うと、リーフは「だって強そうだから」と返した。そんなことよりも話を進めろとも叫んでいた。
カルミアが班を分ける。カルミアとイヴ、付き人は自身を守護するA班。アリスとリーフは町で調査を行うB班。リーフはA班には出来ないのかとイヴはカルミアに尋ねたが、リーフは鉤爪を振るうと対象は必ず死んでしまうからと返答した。
人間、人柱を殺してしまうと聖律に違反してしまう。聖律に違反すると地下牢に閉じ込められ永遠を生きなくてはならない。あの日、聖律が何なのか尋ねたらイヴはそう答えた。そのルールに従うのなら、リーフは恐らく人柱の中で最強でありながら最弱なのだろう。
こうして、私達は二手に別れ依頼を進めることにした。去り際、カルミアがアリスに声を掛ける。
「シンアイなるアリス殿はイヴのことをどう思ってますか?」
「とても大切で、大好きだよ」
アリスは当然のことを告げる。それにカルミアはクスリと笑って、アリスに耳打ちし契約を持ち掛けてきた。
「私様と取り引きしませんか?アリス殿は帰り方を探しているのでしょう?私様の配下になるのなら、教えても構いませんよ」
「……え!?」思いがけない話にアリスは驚く。
「私様なら、ナシュトとカマン=ターの居場所を知っています。どうです?」
「要らない。必要ないよ」
アリスは即答する。カルミアはそれに目をパチクリとさせた。そして、アリスに警告する。
「なるほど……スバらしい友情ですこと。でも、気を付けてくださいませ。あれは異形の化け物。アリス殿も見たんじゃありません?あの黄緑色の目を。」カルミアは続けて語る。
「あんな特徴はアイホートにはありません。アイホートは迷路の神。無数の赤い目玉に白い巨躯に蜘蛛のような足を持ち、人間に雛を植え付け落とし子を増やす。身体を主神に近づける神格化を行ったのであればそれらしい特徴が浮かぶはず。イヴはアイホートの人柱であることに間違いはありませんが、それとは別の何かを隠し持っている。」
その時のカルミアの表情は真剣なもので、どこか畏怖の念を感じさせた。……それでも、
「私はイヴを信じてるから。イヴはとても優しくて、真面目な子だよ」
アリスは先で待つリーフに駆け寄って行った。
「何か入れ知恵でもしたの」イヴはカルミアを鋭い視線で刺す。
「安心して、振られちゃったから」
イヴはリーフと町へ向かうアリスの背を心配そうに見送る。
「ダイジョウブ、あんなのでも女の子を守れるくらいには強いわ。それにあの子は夢見る人なのですから。それより、ミサの準備がありますからそれを手伝ってくださいませ」
イヴはカルミアと別室に向かう。ミサの為に身なりを整えるそうだ。周りを見渡し、変わったものがないか確認する。
荘厳な部屋の中、カルミアは付き人に髪を解かされウトウトとしている。準備の為、部屋を出入りしている他の付き人も皆2mという高身長で筋肉質であり、ミイラのような顔をしている。腰には液体の入った瓶をぶら下げていた。アイハイ族だ。ヴルトゥームを崇拝する種族。カルミアにより祝福を受け姿を変えられたのだろう。アイハイ族は不老で成長し続ける。
カルミアの付き人に目線を移す。彼は他の付き人より少し背が高く、彼だけ首元に首輪をしている。彼らの中では相当地位が高いようだ。
イヴは室内にある本棚を漁る。暇つぶしではない、調査だ。植物関連の本、虫の調理方法などの本が並ぶ中ひとつの魔道書に目をつける。
「エイボンの書……」
イヴは呟いて本を開くが中に書いてある文字を読むことは出来なかった。イヴは覚醒の世界の言語に疎く、魔道書でよく目にするラテン語やそれに近い英語なら時間をかければ読むことができる程度で話すのも書くのも苦手だ。しかし、これは外見上それらに近いが異なる言語で訳されていたため理解出来なかった。
「アリスなら読めるのだろうか」
夢見る人には不思議な力が働き、ドリームランドにいる間は異国の夢見る人同士でも対話でき、他国の文字を読むことが出来る。意味が頭の中に流れ込んでくるらしい。
準備が整ったようで、カルミアがイヴの肩を叩く。
「ほら、オシゴトよ。イヴ」




