Dream.14『植物園の眠りねずみ』
仄かな甘い香りが鼻腔を通り過ぎる。アリスが目を開くと辺り一面の花畑で、言い表し様のない高揚感に襲われた。
名前を呼ばれたような気がして後ろを振り返ると、舞台へと場面が変わり、数多くの人々がアリスを讃え、祈り、祭り上げていた。
アリスはその光景に頬を緩ませるが、ふと違和感を持った。何かが足りない、満たされない。
もっと、もっと、と願ったところでアリスは正気に戻る。そして、自分を見ているのであろう誰かに昨日のように呼び掛ける。
「あなたは誰ですか?あなたは私達の味方なんですか?」
姿無き声が答える。
『……吾輩はヨグ=ソトースの人柱、ウェヤハ。訳有りこの様な姿を取っている。吾輩が言えることはこれのみ』
『ーーイヴを頼んだぞ』
その日、アリスはお菓子を作っていた。夢見の能力で作れるけれど、こうやって1から作るのは楽しいし、何より愛情がこもってるような気がする。
オーブンを開くと香ばしい香りが広がる。うさぎやハート、星、リボンの形にくり抜いたクッキーだ。
「イヴ〜、クッキー焼けたよ〜!」
アリスはクッキーを大皿に盛り付け、テーブルに運んでいく。イヴはコーヒーを嗜みながら新聞を読んでいる。コトリと言う、皿を置く音を聞くとイヴは顔を上げアリスに微笑む。
「ありがとう」イヴはクッキーを1つ口に運ぶと美味しそうに頬に手を当てる。
アリスは紅茶を持ってイヴの向かいに座る。
「何読んでるの?」
「天気。今日は新月らしい」
「へぇー」
アリスとイヴが何気ない会話を楽しんでいると窓をコツコツと叩く音が聞こえた。なんだろうと音の方向を見ると、1羽の鳥が窓をつついていた。
それはハヤブサ程の大きさの鳥で、瑠璃色の羽に橙色の胸毛、植物の葉の様な飾り羽のある美しい個体だった。
アリスが窓を開けると、アリスの腕に乗り移り毛ずくろいを始める。
そして、アリスはあるものに気がついた。
「なんだろこれ?手紙?」
アリスは鳥の足に括り付けられた紙を取り外す。イヴは何事だと隣に来ていた。
手紙には以下のようなことが記されている。
『親愛なるアリス殿。こうして手紙を送らせていただいたのはアリス殿とイヴに依頼をしようと思ってのことです。最近探偵ゴッコを始めたのでしょう?実は、最近私様の屋敷の近辺で変死体が発見されるのです。志を同じくする人柱の立て続けの訃報もありますし、朱の王座教団の仕業かと私様コワくてコワくて。今日は重要なミサもありますし、私様の警護をして、できれば犯人も見つけてくださいませ。詳しいことは我が庭園にて。
敬具
ヴルトゥームの人柱 カルミア・アーケプラスチダ』
「カルミア……」イヴがその名前を見てポツリと零す。
「あの時の小さな女の子かな?植物みたいな子」
アリスは鳥の飾り羽をクルクルいじりながら、こんな感じの子だったなと思い出す。
「無視。どうせ嘘。アレに関わるとろくな事がない」イヴは席へ引き返そうとする。
「でも、本当に困ってたら?だったら助けないと!そのための私達なんだもん!ね?」
イヴはため息をつき、仕方ないなと承諾した。
こうして、アリスとイヴ、そして1羽はサイダスリアにあるカルミアの屋敷の門の前に立っていた。
屋敷全体を囲むようにした赤煉瓦の塀は植物の葉に覆われ、縞模様の大理石の柱に蔦が複雑に絡み合っている装飾性の強い黄金の扉が取り付けられている。扉越しに低木や草花が生い茂り、庭師により整備されている広大な庭園が、この家主が如何に偉大な貴族であるかをしてしていた。
「れ、歴史の教科書に載ってる宮殿かな??」
「いつ見てもすごい」
2人は目の前の豪邸に圧倒されていた。
2m程ある左右に直立していた門番がアリスとイヴの姿を確認すると、扉を開き中へ入るよう二人を促す。庭園に踏み入ると、アリスの肩に乗っていた鳥は羽ばたき、我が家へと戻っていった。
二人は斑岩のタイルの上を歩きながら本館へと進んでいく。歩みを進める度、赤や橙、ピンクにパープルなど咲き誇る色とりどりの花や噴水、低木の迷路が二人をもてなした。
「すごいすごい!どこ見てもキラキラだ!フラミンゴでクロッケーをする女王様が居てもおかしくないよ!」
こんなにも植物が生い茂っているというのに、足元には落葉ひとつ落ちておらず、その丁寧な清掃がより庭の輝きに拍車を掛けていた。
「アリス、あんまりはしゃぐと危ない」
駆け回るアリスを追いかけようとすると、イヴの懐から石笛が落ちた。ゴトッと言う音に気づきイヴが立ち止まり振り返ると、カマキリと蝶を組み合わせた様なクリーチャーが石笛を咥え上げイヴの両手に落とした。石に彫られた旧き印が光に反射する。
「あり、がと」イヴが困惑気味に謝意を述べると、イヴが居ないことに気づいたアリスが戻ってきて、彼女もクリーチャーに遭遇する。
「うわぁ!すごく綺麗な……綺麗な……なんだろ!?」
「これはチョウドラゴン。貴族がよくペットにしている。だいぶ躾が行き届いているみたい」
イヴが手を伸ばしチョウドラゴンの頭を撫でる。
「ドラゴン!?あの!?」
アリスは手を組み瞳を輝かせる。
そうこうしていると、背後から声をかけられる。鈴のように明瞭で心地よい声だった。
「私様の庭を気に入って頂けたようでコウエイです」
小さな女の子が、歪な形をした針金状の首輪を付けた連れが引くガーデンカートに乗って笑みを浮かべる。
「えっと、カルミアちゃんだよね?今日はよろしく」
アリスは幼女の方に体を向き直して挨拶をする。
「こちらこそ。話は屋敷で致しましょう。さァ、付いてらっしゃい」
二人はカルミアの手招きに付いていく。カートを押すガタイのいい男が、私達が付いてこれているかたまにこちらを見ている。門前で出会った門番も、あの日彼女が連れていた男もみな、その顔は身体に見合わず痩けてミイラのようになっていた。それがとても不気味で印象的だった。
アリスとイヴは応接間に通され、ソファーに腰を下ろす。カルミアも向かいのソファーに座り話を切り出した。
「それでは、依頼の話をしましょうか」
カルミアは先程からずっとニコニコと微笑んでいる。
「変死体が発見されるんだったよね?」
アリスの発言に花弁のような眉を下げ困った風にし、事件についてカルミアは話し始めた。
「エエ、そうです。下町の民が次々と。それよりもオソロシイのはその死に様で、全身に苔が生え朽ちて死んでしまうのです。屋敷の外で怪しい神部も目撃されて、身の危険を感じておりますノ」
カルミアはソファーから身を乗り出しアリスの手を握り懇願する。
「私様を守って……!犯人も見つけてくださいませ!」
コワくて夜も眠れないとアリスに泣きつく。
訝しげにその様子を眺めるイヴをよそに、アリスはカルミアの手を握り返し約束する。
「大丈夫!私達に任せて!カルミアちゃんもこの町の人も守ってみせるから!」
「ありがとうございますワ……!あぁ、そうだ。依頼上
二手に別れてしまうからキット大変ですね。よろしければ、愚兄でも連れていくといいですよ。彼に人権は無いので」
カルミアはそう言って、ある部屋の鍵をアリスに差し出した。




