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あなただけじゃない

 庭の防水シーツが、晩秋の風に揺れている。

「こんにちは」

 玄関を開けると辛島がいた。

「おかえり。今日早かったのね」

 母親に契約内容を説明している。

「気分悪くなったから早退してきた」

「そうなのね」

 就職が決まってるから母親はなにも言わない。

 一度部屋に上がる。毎日お香を焚いているが、ツーンとしたアンモニア臭の匂いがたたんでいる布団からしていた。

 ショックだった。知られたことが。

 たしかに二年生の時の修学旅行で担任教師や養護教諭には相談していたので、まったく学校で知られていないわけではない。

 でも、同級生の間には秘密にしたかった。

 それに、と思う。

 美紅ならば星吾に話すかもしれない。

 もしかしたらもう話しているかもしれない。

 星吾に知られたら、もう絶望的だと思う。好きになってはくれないだろうなと思う。

 玄関口から母親と辛島の笑い声が聞こえる。

 真凛は服を着替えて、玄関を降りる。

「どこに行くの?」

「気分転換」

 そう言って外に出る。

 しばらくしてから辛島が玄関から出てきた。



 女子高生を連れて行って喜ぶところと言えば、ヌーベルアモールしか思いつかなかった。

 ちょうど11時の開店と同時に店に入る。

「甘いもの食べて元気出して」と言って辛島は真凛にメニューを渡す。

「シーツを同級生に見られたんです」

 真凛が言った。

「誰に?」

「昨日一緒にいた瑠夏と美紅です」

 辛島は、冷や汗をかいた。罪悪感を感じる。美紅に真凛の病気の話をしたのは、辛島だったからだ。

「なにか言われたの?」

「携帯でシーツを干してる写真を撮られて、クラスのLINEでこの写真をばらまかれたくないなら、言うことを聞けって」

「それはひどい。あの子たち、そんなことをする子だったんだ」

 今朝、辛島が美紅に送ったLINEには既読すらついていなかった。

 はじめの頃は、辛島を尊敬しているようで、いい子だと思っていたが、LINEの応対などで辛島も美紅には最近不信感を抱いていた。

 店員がパンケーキを持ってきて会話が止まる。

 真凛は、自分が先に動画や画像を撮って、美紅や瑠夏を追い込んでいたという話はしない。

「わ! おいしそう! いただきます」

 辛島は、派手な化粧に茶色い髪でおしゃれをしている美少女の真凛が、ぎこちなくナイフやフォークを扱っているのをかわいいなと思う。

 いまの高校生はこんなにメイクやネイルをして学校に行ってもいいのかと時代の流れを感じる。それにしても、普通にしてたらもっとかわいいだろうなと辛島は思った。美紅みたいに黒髪で化粧っ気がなかったら、もっとかわいいのに惜しいなと感じる。

「美紅ちゃんや瑠夏さんに、そのあとなにか言われた?」

 パンケーキを食べ、コーヒーを飲みながら辛島が訊いた。

 辛島は甘いものを食べたからブラックコーヒーを飲んでいる。真凛はソイラテにガムシロップをたっぷり入れている。

「そのまま学校早退したから、わかんないです」

 辛島は自分の弱さから、美紅に真凛の夜尿症のことを話したことを詫びることはできなかった。

 それでも責任だけは一人前に感じている。

「明日は学校行けそう?」

 辛島に真凛は笑顔を向けた。

「辛島さん、優しいんですね。ありがとうございます。辛島さんが心配するから、ちゃんと行きますよ」

「だとうれしい。がんばってね」

「はい」

 辛島は真凛を見ながら有頂天になった。

 自分の弱さを棚にあげて、優しいですねと言われたことを頭ではんすうしていた。

 大人になったからなと思う。男はやはり顔じゃなくて内面で、その内面はそこらの高校生よりおれのほうが優れてるだろう。美紅だって尊敬していたように、真凛だって、おれのことを尊敬してしまうんだよなあと思った。



 昼休みに4件溜まっている辛島からのLINEを見る。昨日は午前中だけで10件来てたのだから、それに比べると少ないなあと安心する。しかも11時から一通も来てなかった。

 美紅は瑠夏とお弁当を食べていた。

「真凛も少しは懲りたかな」

 瑠夏が言う。

 美紅は内心、真凛もかわいそうだなあと思うところもある。

 真凛にやられていやだったことを、同じようにやるのも愉快な気持ちにはなれない。

 でも、これでいままで悩まされてた真凛に悩まされなくなると思うと気が楽だった。

「ふたりは、急に仲良くなったね」

 学食から教室に戻ってきた星吾が話しかけてきた。ひとりぼっちじゃなにもできない女子と違い、星吾はひとりで学食にも行くし、昼休みもひとりでいることが多い。

「でしょー。美紅ちゃんがかわいいもん」

 瑠夏がおどけて言った。

 美紅と話すようになって瑠夏が目に見えて明るくなったと、星吾は感じていた。



「ごちそうさまでした! おしゃれなお店でパンケーキ、素敵すぎでした。お話も聞いてくれてありがとうございました! またつらかったら相談していいですか」

 真凛からのLINEだ。

 午後になり美紅とのトークは既読がついたが返事は来なかった。

 それに比べると真凛のLINEのテンションは心地よい。

「おれなんかで力になれるならいつでも言ってね」

 そうLINEを返すと「お願いします」というスタンプが返ってきた。

 午後2時を過ぎ、いつもなら楠浦に向かう時間だったが、辛島は今日はもういいかなと思った。

 真凛の自宅の契約が取れ、今週の目標はクリアしていたが、仕事中に真凛に会う時間を作るために、実績を重ねていこうと思っていた。開拓していない地域に営業に向かう。



 翌日の木曜日、真凛は学校に行く前にお腹が痛くなり、登校するのもつらかった。庭には青い防水シーツが干してある。

 重い気持ちで教室に入る。入るなり、瑠夏と目があったが、瑠夏はなにも言わず美紅と話していた。

「体調どう? まだ顔色、悪いな」

 そう言ってくれたのは星吾だった。

「うん。調子が」と答える。

 実際、顔色は悪いだろうと思った。

 机に座ってLINEを開く。

「事務所着! 頑張って働くよ! 真凛ちゃんもがんばれー」という辛島からのメッセージが届いていた。ネクタイを締めたスーツ姿の大人で、こんな大人の人とLINEをしてると思うと、SNSってすごいなあーと思う。

 朝のホームルームまでまだ5分は時間があった。

 真凛はトイレに向かう。授業中に行くのがつらいので、早め早めにトイレに行くようにしている。

 トイレに誰もいなかったので真凛は自撮りをする。

「辛島さんも頑張るから、わたしも頑張ります!」

 自撮りをLINEで送信したあとに、メッセージを送った。



 昼休みになっても辛島からのLINEは来なかったが、美紅はそのことに気づいていなかった。

 綾巴や慈子はお互いの彼氏の話でふたりで盛り上がっている。美紅は瑠夏とお弁当を食べていた。

 真凛はひとりで机の上に弁当を広げている。

 美紅が「真凛ちゃんも机に呼ぼうか」と瑠夏に言ったが、「話したかったら来るんじゃない」と反応は冷たかった。

 ただ、ぼっちでも真凛は携帯を見ながら、笑顔で食事をしていた。

 あれだけの美貌の真凛だ。この学校以外でもすぐに彼氏ができるだろう。もうできてて話しているのかもしれない。

 美紅がそれを確信したのは、例によってひとりで学食から教室に戻ってきた星吾が、真凛に話しかけたときだった。

「体調少しはいいの?」と星吾が聞くと、真凛は「まあね」と答えてた。

 その話している距離感がいままでとまったく違ったのだ。

 これまでだったら、ある意味バカみたいに「好き」などと言ってた真凛だったのに、普通に受け答えしていたことを見て、変わったなあと思った。

「あと二時間で帰れるしな」

 星吾がそう言ったときには、真凛は携帯のディスプレイを見ていた。

「うん」と生返事する。

 まじめグループの綾巴や慈子が「同級生って子供」と言ってるのが真凛の耳に聞こえた。

 星吾を見たらほんとにそうだと思う。

 そして、綾巴や慈子が夢中になってる人よりも、ずっと大人の人とLINEをしていて、真凛は楽しかった。

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