なぜ四十代男性が女子高生と恋愛できたのか
真凛は星吾に「好き」と言わなくなっていた。
敏感にひとりの男子、翔太がその空気を察していた。
放課後、翔太は真凛を呼び止める。
「話したいことがあるんだけど」
廊下には下校する生徒があふれていた。下級生たちには部活に向かっている生徒もいる。
「なに?」
翔太の目つきで、真凛は大体の察しはついていた。翔太は通り過ぎる生徒たちを見回す。
「ここじゃちょっと」
「他の人に聞かれて困るようなお話は聞けないな」
真凛はそう言うと歩きだした。
「待ってくれよ」
翔太が走って真凛に先回りをする。真凛は足を止める。
「だからなに?」
「おれ、ずっと真凛のことが好きだったんだ。付き合ってくれないか」
真凛の予想通りの話だった。
「ごめんなさい。翔太くんとは付き合えない」
きっぱり言う。
言わないと伝わらないのを、真凛は経験上知っていた。
人を好きになることはたしかに素晴らしいことだ。ただ、恋愛に関しては一方的に好きになっただけでは成り立たない。お互いに好きになって初めて成立する。
だから真凛と翔太の恋愛は成立しないのだが、気持ちをにごすと、どうにか好きになってもらおうと男子たちは無駄な努力をしてしまうのだった。
人を好きになる気持ちはたしかに素晴らしい。
だが、人に好きになってもらおうとする姿は見苦しいものだ。
それは先週まで、星吾にたいして同じ過ちを犯してしまったからこそ、真凛にはわかっていた。
真凛は翔太の見苦しい姿を見たくはなかった。
だから、冷たく断った。
楠浦まで瑠夏に付き合ってもらったが、二日続けて辛島の姿はなかった。
「LINEも来なくなったんだよね。仕事が忙しいのかな」
美紅が携帯を見ながら言う。
瑠夏が「どこかに彼女ができてたりして」と笑うと、美紅も「まさか」と笑った。
美紅のバイトが休みなので時間があった。ふたりは図書館のロビーに向かう。
瑠夏と真凛のいじめから辛島の登場、そこから急に距離が縮まった瑠夏と美紅は、話が止まらなかった。おとなしいまじめな美紅と、派手な瑠夏。外見からしてお互いが違い過ぎるからこそ、お互いの話が新鮮で楽しいのだ。
そこへ死んだような顔をした翔太がたまたま現れた。
「御船、聞いてくれよ。結局、振られちゃったよ。高嶺の花は手が届かないなあ」
「なんのこと」
「矢部真凛だよ」
「そういやあんた好きだったね」
「だってかわいいじゃん」
「顔はね。でもさあ、性格はきつくない?」
思わず美紅が吹き出す。
「菊池さん、なに笑ってるんですか」
翔太が美紅を見る。同じクラスだったが、美紅は翔太と話したことがなかった。
思わず赤面した。
「でも、そんな性格も含めてかわいいと思うんだよなあ。だから、おれには釣り合わないんだよなあ」
「人を好きになることはいいことかもしれないけど、相手が好きじゃないならしようがないよ。すぱっとあきらめなきゃね」
「あきらめきれないんだよな。御船さあ、矢部にどうしてもおれじゃいやか聞いてくれないか?」
「バカじゃないの。いやに決まってるから断ったんでしょ。あきらめないともっと嫌われるだけだよ。だよね、美紅ちゃん」
「え、ええ」
急に話を振られて美紅は慌てた。
「どうしたの、菊池さんも思い当たる節はあるの?」
美紅は、瑠夏と翔太の話の勢いに気おされ言葉が出ない。
「いろいろ大変だったのよ。好きじゃない男の人に美紅ちゃんも好きって言われてね」
「え? 誰? クラスのやつ?」
「違う違う。学校とか関係ない男の人」
翔太はまじまじと美紅を見た。
「菊池さん、星吾とも付き合ってたんでしょ。意外にもてるんですね」
翔太の頭を瑠夏が叩いた。
「意外は余計だよ」
瑠夏と翔太のやり取りをうらやましく美紅は見ていた。
告白してくれたから星吾と付き合ったけど、それ以外で男子と話すことはほとんどなかったからだ。
恋人よりもこんな風に話せる男友達がほしいな、素敵だなと思う。
辛島は15時ちょっと前に喫茶店に入った。
矢部邸のおかげで今週の目標の契約一件を達成し、気持ちに余裕があった。
ゆっくり時間をつぶそうと思う。
携帯を見ると真凛から「学校わず! がんばったよ」というLINEが届いていた。「お疲れ様。おれもスターカフェで休憩中」とLINEする。
すぐに「どこの!」と返信が返ってくる。「佐伊津」と返信すると「おひとりですか? 来ていいですか?」とLINEが来た。「おいで」と返信する。
こんな打てば響くような感じが美紅とは違うなと辛島は思う。
トークの履歴を見るだけで笑みがこぼれる。うっかり美紅との履歴を見て、美紅に「好きになったかも」と言ってしまったのをまずかったかなあと思った。
もちろん、この失敗があるから油断してはいけないと思う。
やはり年が離れているから、人間としては尊敬されていても、男としては見れないとkロはあると思う。考えてみれば辛島がいま20歳も上の女性を女として見れるかと考えれば、わかる話だ。愛に年齢は重要なファクターなのかもしれない。
「こんにちは」
携帯を見ていたので気が付かなかった。セルフスタイルの喫茶店なので、すでにカウンターで支払いを済ましたカップを持って、真凛が現れた。
コーヒーぐらいおごったのにと思う。
「ごめん、気づかなかった。コーヒー代、出そうか?」
「ええ、そんな悪いです。銀杏いただきましたし」
「そうだったね」
真凛が向かいに座る。それだけで辛島の気持ちが華やぐ。別にこれ以上望まなくてもいいじゃないかと思った。
「辛島さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「辛島さんってご結婚されてるんですか?」
そういえば同級生には子供が高校生というのもいると思う。高校生らしからぬ真凛の質問にすごくおやじに見えてるのだろうなと感じた。
「ずっと独身だよ」
真凛は顔をぱっ光らせた。笑顔を浮かべて言う。
「そうなんですか! うれしい!」
「どうしたの?」
真凛を覗き込むように辛島が見る。真凛はゆっくり深呼吸した。いまだと思った。
「だって独身なら辛島さんとお付き合いできるチャンスがわたしにもあるかもしれないじゃないですか!」
あまりにも唐突な出来事に辛島はうまく状況が把握できなかった。
「おれと君が?」
真凛はカップを持ったまま、上目遣いで辛島の気持ちを探るようにつぶやく。
「やっぱり子供は無理ですか。それに病気のこともあるし」
辛島は大きく首を振る。
「いやいや全然。むしろおれでいいの?」
真凛は辛島を好きになってしまっていた。
辛島ははじめは美紅が好きだったが、美紅に好かれていなかった。
そして好かれている真凛が好きになった。
これも人を好きになることのひとつの形だ。
「辛島さんさえよければお付き合いしてください」
「はい」
これが運命的な出会いだったかはわからない。
ただ、この日を境に、真凛が18年間悩んでいた夜尿がピタッと止まった。
日曜日、奮発して美紅と瑠夏は映画館に来ていた。チケットを買ってロビーで上映を待っている。
「美紅ちゃん、最近翔太の話ばっかりするよね」
「翔太くん、楽しいじゃん。なんで今日誘ってくれなかったの」
「それなら美紅ちゃんが誘えばいいじゃん」
「ねえ、本当にそれやっていいの?」
美紅が急に真顔になる。
「どういう意味よ」
「だって、瑠夏ちゃんはその翔太くんにはそういう気持ちはないの?」
「そういうって? なによ。好きとか?」
「そう」
「あるわけないじゃん。元カレだもん」
「え!」
意外な展開だった。
「でもすぐに別れたよ。一週間ぐらいで。なにもしてないし」
「なんで別れたの?」
「あいつああ見えて、やきもちひどいのよ。他の男子と話しただけですぐキレるし。でもね、それであいつがキレたときに、わたしうざいと思ったの。それってあんまり好きじゃないってことだと気づいてさ、別れたんだ」
美紅は翔太が美紅に対してそういう態度を取ったら、愛されてるなと感じるなと思った。
「あっ!」
真凛が目を点にして声を上げた。
美紅と瑠夏が並んでいる前の会の上映が終わり、入れ替わりの客が映画館から吐き出されていた。その中に辛島と腕を組む真凛がいたのだ。
美紅は隠れようと、とっさに二人に背中を向けた。
だが瑠夏の反応は逆だった。こういうところが、美紅と瑠夏が仲良くできるところと思う。
「もしかしてふたり、付き合ってるの?」
真凛は瑠夏の顔を見て一瞬表情を硬くしたが、自信をもって答えた。
「うん。大好きだもん」
そう言って、辛島の腕をぎゅっと握る。
「おしあわせに」
笑顔で瑠夏が手を振る。
「ありがとう」と言って、ふたりは歩いていく。通り過ぎるとき、辛島が美紅に近づく。小声で美紅に言う。
「真凛ね、夜尿症治ったみたいだから。本当だよ」
美紅は真凛を見た。真凛にも辛島の言葉が聞こえていたのか、Vサインを美紅に向けた。
「明日学校でね」
美紅はそう言う。なぜか明日学校では真凛と普通に話せる気がした。
「うん」
真凛が笑顔を向けた。晴れ晴れとしたしあわせそうな表情で、もともとの美貌もあって、こっちまで気分が明るくなった。
「そろそろ入場始まるね」
瑠夏が美紅に言う。
「ねえ、瑠夏ちゃん。映画終わったら、わたし、翔太くんに会いに行っていい?」
瑠夏が一瞬目を丸くする。それから頷いた。
「うらやましくなったんだな。いいよ。うまくいくといいね。わたしも彼氏作ろうかなあ」
そう言って瑠夏が笑った。
卒業まで半年は切ったけど、LJKはまだ五か月もある。
何度も彼氏に恵まれず恋愛はこりごりと思っていたけど、やっぱり人を好きになりたいと瑠夏は思った。
了




