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放課後に行われるチアの全体練習を思うだけで憂鬱な気分になった。ペアを作れずに集合場所に向かう惨めさを思うと意識が遠のいてしまいそうだった。
実際に数回くらい気を失いかけていたのだろうか、気が付いたら午前中の授業が終わって昼休憩になっていた。
いくつかのグループに分かれて昼休憩を過ごすクラスメイトたちの談笑が響く教室内で、それほど食欲なんてなかったけれどお弁当を広げよう俯いていたところ、私の席の前に人影が出来た。
陽仁がやって来たのかと思ってのろのろと顔を上げたところ、氷坂さんが私を見下ろしていた。
数度、瞬きをして斜め前の氷坂さんの席を見遣るとそこに姿はなかった。改めて視線を正面に戻すと、幻でも見間違いでもなく氷坂さんが私の目の前にいた。
呆けたみたいに見上げると、何を言うでもなくじっと私を見下ろしてくる。
すごく綺麗な顔で見下されているみたいで、なんだかゾクゾクと倒錯した気持ちが湧き上がってくる。
これはいったいなにが起こったのだろう。
もしかして、いつもこそこそと視界の端っこで見つめていることがバレてしまったのだろうか。それともこっそり隠し撮りした写真を撫でていることがバレてしまったのかもしれない。ついにネクタイを締め上げられる番が巡ってきてしまったのか。
素直に謝った方が良いはずなのに射竦められてしまった私は微動だにできない。
「ねえ」
「は、はいっ……」
私を見下ろす視線はそのままに、唇を薄く開いて氷坂さんが声を発した。
弾かれたみたいに私は背筋をピンと伸ばして居住まいを正す。これから火を噴く勢いで叱責される様を思い浮かべて全身に緊張が走る。
そんな私たちの、たったそれだけのやり取りを見たクラスメイトたちのざわめきが小石を投げ込まれた水面の波紋みたいに広がっていく。
「ちょっと見て、氷坂さんが『成海くんの窓口』に声かけてるよっ」
「うそっ、氷坂さんもやっぱりそうなの!?」
「えー、でも氷白姫って彼氏いたよね? ほら五組の……」
「いやあれって違うらしいって聞いたけど」
どれくらい隠す気があるのか、教室内が静まりかえっているせいか耳打ちし合っているわりにしっかりと聞こえる声量でざわめきが増していく。
「……ちょっといい? 話があるの」
さすがに尋常ではない雰囲気とざわめきが気になったのか、氷坂さんは教室内をぐるりと見渡すみたいに視線を滑らせる。それから特に表情を崩すことなく私に向き直った。
「あ、うん……」
広げかけていたお弁当を包み直して私は席を立つ。
先導するみたいに堂々と前を歩く氷坂さんを追って教室を出ると、背後で一層ざわめきが大きくなって響いてきた。
氷坂さんの用件はきっと、クラスメイトの女子たちがひそひそと話していたとおりなのだろう。
私に声をかけてくる女子にはみんな共通点があった。
いや、むしろ目的といった方が正しい。
私に友達がいないのは成海陽仁が幼馴染みであるせいだった。
理由はじつに簡単で、陽仁はいわゆるイケメンとして子供の頃からとにかくモテていた。
そんな陽仁と仲良くなりたい女子たちがきっかけや取っ掛かりを求めて、幼馴染みである私に近付いてくるのだ。
正直、うんざりしていた。
気安い調子で陽仁のことを問い掛けてくる子たちに恐怖さえ感じていた。
「えっと……、話ってやっぱり、氷坂さんも、陽仁――、成海くんのこと……?」
隣接する隣の校舎との間に設置されたベンチの側までやって来て、周りに人気がないことを確認してから、なるべく丁寧にわかりきっている用件の確認を取る。
私は少しだけ落胆していた。
こんなに綺麗で引く手あまたに違いない、男子からの人気は学年トップであろう氷坂さんでさえ、私を介して陽仁に近付こうと画策するのだと。
これまで幾度となく目にしてきた、私を利用しようとする子たちと同じなのかと。
「ナルミくんのこと……? どういうことかしら?」
卑屈な態度で先回りした私の問い掛けに、氷坂さんはまるで初めて耳にする言語を口先で真似するみたいに質問を返してきた。
「あ、あの……、成海くんの連絡先だったら口止めされてるから、本人に直接聞いてもらったほうが早いから……」
恐る恐る上目遣いで私は氷坂さんを見上げる。
幼馴染みの特権と思われがちだけど、名前で呼ぶことが癖になっているせいで成海くんだなんて呼ぶことに慣れない。
それでも以前、気安い名前呼びのせいで親密な関係を疑われ、あらぬ誤解を招いたことがあった。先回りして相手の期待をしっかり摘み取るのは経験則からくる処世術だった。
私がこんな卑屈な言い方をして拒絶しているのは保身が目的だった。
陽仁の窓口とまで不名誉なあだ名を付けられ、笑顔の裏でじつは取るに足らないものみたいに嘲りながら上辺だけ私と仲良くしようとしてくるのだ。
だから初めから牽制する癖が付いた。
はっきりと図星を突いてあげることで、最大の目的の達成が難しいと察して向こうから近付くことを止めてくれる。おかげで嫌味なやつとしてもれなく私が嫌われてしまうのだけれど。
それでも私の友達になってくれただなんて、あまりに惨めすぎる勘違いをせずに済むなら安いくらいに思っていた。
全ては保身のため。自分の気持ちを守るために、私は私に声をかけてくる女子に対して牽制を続ける。
そんな歪んだ決心に固執してしまうくらいには、うんざりするほど何度もこのやり取りを繰り返していた。
だから氷坂さんにも、これまでの子たちと同じように先回りして、私に愛想を振りまいて友達になっても利点はありませんよと示したのだ。
「ナルミくんって誰?」
警戒心剥き出しの野良猫みたいに見上げる私に向かって、氷坂さんは心底理解出来ないと言いたげな表情で色濃い困惑に眉根を寄せながら、そう訊ねてきた。
「……え?」
「え?」
お互いに顔を見つめ合って私たちは瞬きを繰り返す。
氷坂さんが嘘を吐いている様子はない。もちろん図星を突かれて誤魔化している雰囲気だってない。
「あ、えっと……、成海陽仁を、知らないの……?」
「ええ、知らないわ。誰なのそれ?」
綺麗な眉をひそめて氷坂さんがまっすぐに見つめ返してくる。
驚くほどの曇りなき眼で、うっかり直視すると石にでもされそうな圧を感じた。
陽仁のことを知らない女子がこの学校にいたことに純粋に驚いた。それ以上に陽仁のこと以外の用件で私に声をかけてきたことにも驚いてしまった。




