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こういったところが幼馴染みの地味な弊害だと思う。
ここでしつこく出て行けと言い続けると、私の方が陽仁を男として意識してるみたいになってしまう。
それは心外だった。
なにしろ陽仁のことなんて幼馴染みという認識以上の感情がない。むしろどちらかといえば、私は幼馴染みであることさえ疎ましく思っているくらいなのだ。
がっくりと肩を落として小さくため息を零し、せめてもの抵抗とばかりにこちらも陽仁に背を向けてブラウスのボタンを外していく。
別にいまさら見られたところで何が減るものでもないという気持ちが、ほんのうっすら胸中にあることにさえ自分で苛立ちを覚えてしまう。
部屋着にしているくたびれたTシャツとショートパンツに着替えた。
私が着替えを終えたことを気配で感じ取ったのだろう、背を向けていた陽仁が寝そべったままごろりと身体の向きを変える。
本当に読んでいるのか、匂いでも嗅いでいるみたいに漫画を顔に近付けて大きくあくびをした。
床に座り込んで脱いだブラウスや体育着たちを洗濯のためにまとめているところで、
「由ー、陽仁くんもー、お好み焼きそろそろ焼けるわよー」
部屋のドア越しに階下からお母さんの声が響いた。それほど大声ではないけれど、私のお母さんの声は昔からよく通った。
「はーい」
「あー、腹減った。ほら行こうぜ」
ベッドから勢いよく起き上がって、返事をした私を跨ぐみたいに陽仁がドアノブを握って反対の手を差し伸べてくる。
まるで自分の家の自分の部屋みたいな態度にムッとしてしまう。
言うまでもなくここは私の家だし私の部屋だ。
せめてもの反撃みたいに顔をしかめながら手を取ると、造作もなく引っ張り上げられてその力強さにハッとしてしまった。そんな私を気にも留めずに陽仁はさっさと階段を降りていってしまう。
まだお互い小さな子供だった頃は、ほんの一時期とはいえ私の方が身長が大きかったこともあったのに。いまではすっかり見上げるほどの身長差になってしまった。
隣に並ぶと見上げる高さの陽仁の身長は、いまはどれくらいあるのだろう。
いまさらそんなことを改まって聞き出すことがこそばゆく感じてしまうくらい、私たちは本当に兄妹みたいに育ってきた。いや兄妹じゃないな、姉弟だ。私の方が誕生日が先だし。
陽仁の大きな背中に追ってリビングに入ると、ソースの焦げる香ばしい匂いがキッチンから流れ込んで充満していた。
私のお母さんと陽仁のお母さんが、まるで学生時代に戻ったみたいにはしゃぎながらホットプレートでお好み焼きを焼いていた。
女子校だったと聞いていたので、きっと絵に描いたように華やかで活気に溢れた親友関係だったのだろう。とにかく、相当馬が合うことだけは間違いなく、おかげで申し合わせるまでもなく今夜みたいにどちらかの家に集まって晩ご飯を一緒に食べることが頻繁にあった。
「はーい、陽仁くん用にすごく大きく焼いたのよー」
「うお、デカッ。いただきまーす」
私のお母さんがお皿にとったお好み焼きを陽仁に手渡す。
うちにある中でたぶん一番大きなお皿だったけれど、それにも乗り切らずにはみ出しているくらい大きかった。
手渡されたお好み焼きにマヨネーズとソースを塗りつけカツオ節を盛大に振りかけて、陽仁は幸せそうにだらしなく顔を弛めながら箸を突き刺し、せわしなく口に運ぶ。
「やっぱり男の子はたくさん食べるわねえ。見てて気持ちいいわー」
「食費かかって大変よ? ほんと無限に食べ続けるんじゃないかってくらいだもの」
「ほーら由、しっかり陽仁くんがどれくらい食べるのか見ておきなさいよ?」
「なんでよ……」
「後学のためよ、決まってるじゃない」
くるりと踊るみたいに振り返って、お母さんがそんな含みのある言い回しをする。
陽仁のお母さんも側でにこにこ笑っていて私は頬の引き攣りを必死に堪えながら、必死に心を殺して曖昧な微笑みを返す。
いまよりもっと子供の頃、どちらから言い出したのか覚えてないけれど「将来、私たちの子供が結婚したら最高じゃない?」と顔を見合わせてお母さん同士がはしゃいでいた。
それからというもの、どれくらい本気で考えているのか私と陽仁は双方の親公認の結婚相手、時代が時代なら許嫁みたいな扱いを受けていた。
別に何を強制されているわけでもなかったけれど、おかしな願望を押し付けられているみたいで落ち着かなかった。
そんな経緯のせいで先ほどみたいに、私の家であるにもかかわらず陽仁の傍若無人な振る舞いがなあなあになっているのだ。「男の子はこうでなくっちゃ」とまで私のお母さんが口にしている姿を見ると絶望的な気分で膝から崩れ落ちそうになってしまう。
お好み焼きをがっつく陽仁を横目に、惹かれる部分がただの一つもないことを思い知る。
そんな私とは真逆に、私のお母さんは値打ちものの美術品でも眺めるみたいな熱い視線を送っている。
陽仁にそんな価値があると見出している素振りを目の当たりにするたび、私は自分がひどく理不尽な目に遭わされている気がして眩暈がする。
私はお好み焼きにはカツオ節はかけない。マヨネーズもかけない。なにより、そこまでお好み焼きが好きでもない。
こんな些細な味の好みだって違っているのに、どうして私たち二人に将来なんてものがあると期待しているのかさっぱり理解出来なかった。
あれだけ大きかったお好み焼きをぺろりと平らげて、すぐに焼き上がった二枚目をお皿に受け取っている陽仁から目を逸らして小さく肩を落とす。
すっかり話の腰を折られたけれど、陽仁に説明したのは氷坂さんを介抱したことだけだ。
あの、何かの間違いに決まっているキスのことは話していない。話すわけない。




