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「茉白から教えても良いって返事が来たんだ」
「ほんとですかっ」
昨日、氷坂さんと話をしたベンチまでやって来て、振り返った私に桐ヶ谷くんが告げてきた用件は予想通りだった。しかも氷坂さんからの了承も得てくれていた。
せっかく引き受けてもらったチアのパートナーを断るという、まったく前向きではない必要性に駆られたお願いだったけれど、連絡先を聞くことができればメッセージで断ることが出来る。面と向かって言わずに済むと思うだけでずいぶん気分が楽だった。
「佐倉さんは、茉白とはどんな関係なの?」
慌てて手元の覚束ないながらもなんとかスマホを取り出した私に、桐ヶ谷くんがそんな質問を投げかけてきた。
穏やかでやんわりとした口調だったけれど、その視線はなにか私の本心を見抜こうとしているみたいに感じた。微笑みは絶やさずにいるけれど、私の一挙手一投足を見逃さない圧迫感を覚えて身構えてしまった。
氷坂さんの彼氏だと噂されている人なのだ。事実は知りようもないけれど、自分の彼女の連絡先を知りたがる得体の知れない女のことを警戒するくらい当然だと思った。
「えっと……、体育祭の応援チアでペアを作らないといけなくて、氷坂さんに私のパートナーをお願いしたんです」
「茉白がチアを? ……練習に付き合うって、チアのことだったんだ」
隠し立てする必要がないので事実をそのまま伝えると、桐ヶ谷くんはやたらと驚いた様子で目を見開いて取りこぼすみたいに呟いた。
「……茉白は了承したんだよね?」
よほど信じられないのか、しきりに確認を繰り返され心配になってしまう。
もしかすると氷坂さんにパートナーのお願いをするだなんて、私なんかでは身の丈に合わないと思われているのだろうか。
そんなことは指摘されるまでもなく私自身が一番わかっている。なにしろ断るつもりで連絡先を教えてほしいとお願いしたのだから。
「はい……。けど、やっぱり断ろうと思って、それで連絡したくて……」
「え、断るの? 僕が詮索したからかな? だったらごめん。佐倉さんが茉白のパートナーってことに不満があるとかじゃないんだよ、誤解しないでね」
やけに慌てた様子で桐ヶ谷くんが両手を振りつつ声を上擦らせて続ける。
「ただ、茉白は体育祭は休むつもりでいたはずだったから。それが体育祭に出るどころかチアをするとは思わなかったんだよ」
確かに氷坂さんは体育祭は仮病で休むつもりだったと言っていた。そうとは知らずに私がお願いしたことでパートナーになってくれたのだ。
「……氷坂さんは、チアがあるから休むつもりだったんですか?」
「いや……、気にしないで。問題ないから」
浮かべていた思案顔にきっちりと微笑みを被り直して桐ヶ谷くんは話を打ち切ってしまう。その口調も穏やかなものにすっかり戻ってしまった。
ずいぶんと氷坂さんがチアをすることに驚いていた。問題ないから気にしないでと言うからには、桐ヶ谷くんにとって何かしらの不安要素があるということなのだろう。
いまいち消化不良ですっきりしない気分だったけれど、やはり首を突っ込むべきことではない。なにしろ私はこれから、そのチアパートナーを断るのだから。
「じゃあ茉白の連絡先を教えようと思うんだけど、そのためにひとまず僕と繋がることになるけど、良いかな?」
「はい、問題ないです。お願いします」
「嫌だったらブロックしてくれていいからね」
「そんなことしないです」
どこまでも気遣ってくれる桐ヶ谷くんが手慣れた調子で氷坂さんの連絡先を表示させた。
すぐに友達申請すると、一息吐く間もなく手の平の中でスマホが震えた。
申請が許可された通知と同時に、その氷坂さんから通話がきた。
「もっ、もしもし……」
考える間もなく受けてから気が付いたけれどビデオ通話だった。
画面越しの氷坂さんはパジャマ姿で、いつも綺麗でため息が零れそうなくらいさらさらの長い髪は寝乱れてぼさぼさだった。
「ごめんなさい佐倉さん、チアの練習するって言ってたのに……」
「そ、そんなことぜんぜん平気だからっ、それより体調しんどいんじゃ」
「いまはもう大丈夫」
そう言いながら髪をかき上げる仕草は気怠げで、あまり大丈夫そうに見えなかった。
「だ、大丈夫なら良かった。えっと……、じゃあしっかり休んで――」
パートナーを断るのはメッセージを送れば良いと考えていた。それがいきなりビデオ通話になってしまった。画面越しとはいえ、さすがに見つめられながら切り出すのは尻込みしてしまった。
だって氷坂さんは風邪でお休みしているのだ。そんな体調の優れない最中で、かかってきた通話をこれ幸いとばかりにパートナーの断りを入れるのは気が引けた。




