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桐ヶ谷くんが私を訪ねてきてくれたのが二時限目終わりの休憩時間だった。
氷坂さんの連絡先を私に教えていいか確認を取ってくれると引き受けてくれたものの、音沙汰がないまま昼休憩となってしまった。
私の方から催促に行くのも憚られ、待つことしか出来ないことに気が焦れた。
もしかすると氷坂さんから許可が出なかったのかもしれない。それで桐ヶ谷くんとしてもわざわざ断りにやって来るのを躊躇っている可能性だってある。
だったとしたら私の思いつきみたいなお願いごときに心を砕いてくれて本当に申し訳ない気持ちになった。
ただ実際のところどういう状況なのかはわからず、かといってやっぱり催促になんて行けるわけもなく、堂々巡りを繰り返す頭からは落ち着かなさすぎて煙でも出て来そうだった。
「わぁ、成海くんどうしたのー?」
考えることをいったんやめて小さくため息を吐きお弁当を取り出そうとしたところ、そんな甘く黄色い声が響いてきた。顔を上げると教室のドアからこっちを見ていた陽仁と目が合った。
クラスの一軍女子たちが猫なで声を上げながら陽仁にわらわらと群がっていく。隣のクラスとはいえやはり教室が違っていると接点は少なく、お目当ての陽仁のほうからやって来てくれたことで女子たちの興奮もひとしおなのだろう。
この隙に、そっと教室から逃げだそうかと思った。
しかし私の決断が遅すぎたばかりに、群がってくる女子たちを雑に押し退けながら陽仁が大股で近付いてきてしまう。
「ねー、成海くん一緒にご飯食べようよー」
「もう食ったからいいわ」
「えー、絶対うそだー、早すぎじゃん」
女子たちの誘いを鬱陶しそうに断りながら唇を尖らせて私をじっとり見つめている。
唇を曲げてわかりやすく不満を抱えている表情を作るのは、昔から機嫌が悪いときの陽仁の癖だった。いま、とても不機嫌ですと言外に匂わせるこの仕草が私は嫌いだった。
「なあ由、アシメ野郎と話してたってほんとかよ?」
「……あしめやろう?」
私の席の前に立ちはだかるみたいに仁王立ちになった陽仁の第一声は、あまりに唐突すぎて意味がわからなかった。
そんな陽仁の背後から、冷たくあしらわれた女子たちがこちらもわかりやすく眉をひそめて私を睥睨してくる。気付いていないフリをして視線を逸らし小さくため息を吐く。
こうなるから逃げ出したかったのだ。
せめてもう少しくらい陽仁が彼女たちの相手をまともにしてくれていれば、私に対する当たりの強さも変わってくるかもしれないのに。
「そうだよっ、アシメ野郎。五組の桐ヶ谷だよ。わかれよそれくらい。で、ここに来て話してたってほんとかよ?」
「え、うん。そうだけど……」
すんなり理解出来なかった私を見下ろしながら陽仁は苛立たしげに語気を強める。
その不遜な態度は甚だ不快だった。
桐ヶ谷くんの髪型は確かに特徴的なアシンメトリーだったけれど、ちゃんと名前を知っているならわざわざアシメ野郎だなんて嘲るみたいな言い方をしなければいいのに。
「……それで、アシメ野郎は何の用だったんだよ?」
陽仁らしくない歯切れの悪さで声のトーンを落として問い質してくる。
私の机に両手をついてわずかに顔を寄せる、たったそれだけの仕草に背後の女子たちからの視線が輪をかけてキツくなる。
はっきり言って学校で陽仁に話しかけられるのは私にとって良いことなんて一つもない。むしろ迷惑なくらいだ。
「何の用だっていいでしょ」
陽仁が寄せてきた分だけ私も身体を仰け反らせて距離を保って答えると、
「はあ? 心配して聞きに来てやってんだろ」
よほど気に食わなかったのだろう顔を赤くしてさらに唇を尖らせる。
昔から、不機嫌を周りに気付かせるみたいな態度にも、その恩着せがましい言い方にもうんざりしていた。心配なんてしてくれなくていい。それよりむしろ学校では話しかけてこないでほしい。
「えー、なになにー? 成海くん何の話してんのー?」
私に詰め寄る陽仁の腕にすり寄るみたいに身体を寄せてきながら、クラスメイトの枝崎さんが明るい口調で訊ねてきた。
一触即発というわけではなかったけれど剣呑な雰囲気は滲んでいたはずなのに、枝崎さんは全く気にした様子もなく慣れた調子で陽仁の腕に絡みつく。
正確に言うと気にした様子がないわけではなく、あえて私の方を見ずに認識しようとしていない素振りだった。




