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「茉白からLINEが来てね、同じクラスの佐倉さんに伝えてほしいって頼まれて」
微笑みを湛えたままポケットから取り出したスマホを振って見せる。
桐ヶ谷くんは氷坂さんからの伝言を預かってわざわざやって来てくれたみたいだった。
そして、ごく自然に名前呼びだった。
氷坂さんも桐ヶ谷くんのことを『宗』と名前で呼んでいた。やっぱり噂通りに二人は付き合っている恋人同士なのかもしれない。
「伝える……? 私に、ですか?」
「うん。これなんだけど」
そう言って頷き、流れるみたいに自然な振る舞いで私の隣にやって来ると、頬が触れ合いそうなくらい顔を近付けてきた。
えっ、と思って全身に緊張を漲らせた私の眼前にスマホを掲げてくれる。
お互いに画面が見えるようにしてくれただけだった。
あまりの距離感の近さにドキッとしてしまった。変に意識しすぎて突き飛ばしたりしなくて良かった。
見えやすい位置を微調整してくれているのだろう、スマホをちょっとずつ傾けながら示してくれた画面には、
『佐倉さんに、練習に付き合うって言ったのに休んじゃってごめんなさいって伝えて』
と氷坂さんからのメッセージが綴られていた。
可愛らしいスタンプとか絵文字とかは一切無い、無味乾燥な文字だけが並んでいた。
氷坂さんのイメージぴったりな簡潔すぎる内容だったせいではないけれど、私への伝言以前に交わされたトーク画面でのやり取りまでが目に入ってしまった。
桐ヶ谷くんにそこまで読ませる意図はないだろうし見てはいけないと思いはしたものの、どうしても見過ごせない一文が目に付いてしまった。
『その佐倉さんって子は大丈夫なの? 里中さんみたいにならない?』
それは桐ヶ谷くんが送ったメッセージで昨日の夜の日付になっていた。
ここで問われている佐倉さんとは間違いなく私のことだろう。
後半の里中さんとは誰なのだろう。どこかのクラスにいる子だろうか。
私の知っている限り、少なくともこの教室内には里中という人はいない。
ただ、私は友達もいなければ学校で人と関わることが極端に少ないので、もし隣のクラスにいる子だったとしても関わることがない限り知る術を持ってはいなかった。
さらになにしろ『里中さんみたいにならない?』かと心配している文面なのだ。それは疑いようもなく氷坂さんに対して私が何らかの問題を及ばせる可能性を懸念していた。
けれど、桐ヶ谷くんからの心配に対する氷坂さんの返事が、
『黙れ』
そう、たった一言でばっさり会話が終わっていた。
ほんの二文字に過ぎないのに、ひやりとしてしまう圧力を感じた。そして先ほどの、私に伝えてと頼まれたメッセージが続いていた。
二人の親密さが窺い知れるやり取りと思えなくもなかったけれど、文字だけで繰り広げられた応酬のせいでどんな感情で紡がれた一言だったのかまではわからなかった。
「読めたかな? ただの風邪だから心配しないでね」
かざしていたスマホを引っ込めると同時に寄せていた顔を離し、桐ヶ谷くんは少しだけ肩を竦めてくしゃっと目を細めて笑ってみせた。
「あ、あのっ」
そのまま立ち去るつもりだったのだろう、背を向けた桐ヶ谷くんを咄嗟に呼び止めてしまった。
うっかり読んでしまった、本来二人だけの間で交わされた昨日のメッセージでのやり取りを問い質すことなんて出来るはずはない。だったらと、私は意を決し続ける。
「ひ、氷坂さんの連絡先、教えてもらえませんか……?」
その申し出がよっぽど想定外だったのか、桐ヶ谷くんはくっきりと驚いた表情を浮かべて、私のことをじっと見つめてきた。
氷坂さんからじっと見つめられた仕草と似ている気がして、どちらにせよ居心地は悪かった。
「……どうして敬語なの? 僕たち同級生なのに」
「えっ、あ……、なんとなく、ですけど……。初めてお話しするので……」
佇まいから上品さが滲んで見える桐ヶ谷くんには、丁寧に接しなきゃいけないような気がして勝手に敬語になっていた。
それよりも話をはぐらかされたのだろうか。氷坂さん本人を介することなく連絡先を聞き出そうとするなんて警戒されても仕方ない。
陽仁のことを聞き出そうと私に話しかけてきていた子たちと、まったく同じことをしているのだと自覚して気が遠退く思いがした。
初めて話をする相手に対してなにを前のめりにおかしな要求をしてしまったのだろう。いまさら自らの愚行に恥ずかしさを覚えて顔が熱くなってくる。けれど、氷坂さんへパートナーを断る連絡は早いほうが良いと思った。純粋にそれだけだった。
「そっか、初めてだもんね。だったら茉白に教えてもいいか聞いておくよ。もう授業始まるから、また確認取れたら後から来るね。それじゃあ」
手にしていたスマホを小さく振って桐ヶ谷くんは足早に教室を後にしていった。追いかけるみたいに予鈴が鳴り始めた。
五組だと言っていたので急がないと教室に戻れなくなってしまうのだろう。引き留めて申し訳ないことをしてしまった。
そして、はぐらかされたわけではなかった。桐ヶ谷くんなりにわずかな時間でちゃんと考えてくれていたらしく、氷坂さん本人に確認を取ってくれるらしい。
思わず進展があってほっとした。思い切って頼んでみて良かった。
「授業始めるぞー。日直、号令ー」
すぐに次の授業の教師がやって来て、その声に被さるみたいに本鈴が鳴り始めた。




