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全体練習の後にごく自然な流れで一緒に帰った翌日、氷坂さんは学校を欠席した。
欠席の理由はわかりっこなかったけれど、私としてはむしろ好都合だと思えた。
当たり前だけれど、顔を合わせるのが嫌だったわけじゃない。
うっすらと覚悟はしていたつもりだったけれど、登校してきた私を待ち構えていたみたいに、教室に一歩足を踏み入れたと同時に聞こえよがしな悪口の応酬が始まった。
その内容については昨日の全体練習のときと同じで、私が氷坂さんを陽仁に取り次いだに違いないとまるっきりな誤解が原因となっていた。ただ誤解の規模と度合いが無駄に広がっているように肌で感じた。
だから氷坂さんが欠席しているのが好都合なのだ。そもそもこの場にいなければ、余計な被害が及ばずに済むのだから。
昨日よりも明らかに嫌味はより直接的になっていたし、生徒玄関から教室までに三度も肩をぶつけられ、朝のホームルームが始まるまでのわずかな間にも、側を通り過ぎ様に机を何度も蹴られた。
被害と呼ぶほどのことではなく、いずれも気にしすぎだと言われればそうかもしれないと思えなくもない程度の些細な嫌がらせだった。
けれどショックだった。
高校からは陽仁の窓口なんてごめんだと、どの女子からの接近であろうときっちり断り続けてきたしわ寄せが、まさかこんな形で降りかかってくるだなんて思いもしなかった。
これまでずっと誰のことも陽仁に取り次がなかったがばかりに、氷坂さんにだけ特別扱いをしたと完全に誤解を生んでしまった。
取り次いでも取り次がなくても、どっちを選んでも良い結果にはたどり着けない事実だけが突き付けられ愕然としてしまった。
――これはもう駄目だ。
このまま私一人が我慢して放っておいても、いずれ氷坂さんに迷惑がかかるのは時間の問題だろう。
チアのパートナーは断ろう。残念だけれどそれしかない。
もしも昨日、氷坂さんからの質問をはぐらかしたりせずに、きちんと本当のことを話していればなにか違っていたのだろうか。
氷坂さんはそもそも陽仁のことを認識していなかったし、そんな陽仁の窓口などと私が呼ばれていることだって知らなかっただろう。
けれど、知らなかったからこそ言いたくなかった。
そんな不名誉極まりないことを、せっかく知らずにいてくれる人にわざわざ説明したくなかった。そんな身勝手で利己的な見栄を飾りたかったがばかりに、結果として氷坂さんに迷惑がかかってしまうかもしれない事態になってしまった。
自己嫌悪でいっぱいだった。
どう言ってパートナーを断れば良いのだろう。頭をよぎるのはそればかりで、やがて始まった授業の内容なんてちっとも頭に入ってこなかった。
そんな風に眉間に皺を寄せて過ごしていた私に転機が訪れたのは二限目終わりの休憩時間だった。私の転機はいつだって私の都合なんてお構いなしにやって来てしまう。
「えっと、佐倉さんっていますか?」
昨日、氷坂さんが無言で私の席の前に立った時とは違い、その声の主は教室のドアから顔だけひょっこり覗かせていた。
クラスメイトたちが雑談を交わす騒がしさの中にもかかわらず、穏やかなのにしっかりと芯の通った涼しげな声が私の耳にも届いた。
ほんの一瞬で静まりかえった教室内で、クラスメイトたちの視線が私に注がれる。
まるで銃口を突き付けられたみたいに席で仰け反った私は、ドアから顔を覗かせている男子と視線が絡んだ。
その人は一瞬、驚いたような表情を浮かべて瞬きし、やがてふんわりと照れたような笑顔を浮かべてから机の間を縫うように私の元へと歩み寄ってきた。
「はじめまして。僕は五組の桐ヶ谷宗です」
紳士的で柔和な笑顔が印象的な物腰の柔らかそうな人、それが第一印象だった。
その挨拶の通り、私と彼に面識はなかった。
一年の時に同じクラスだったこともないし何かの行事ごとで顔を合わせたことさえない。いま初めて接する人だった。
ただ、桐ヶ谷という苗字と、宗という名前それぞれに聞き覚えだけはあった。
昨日の氷坂さんとの会話の中で『ソウ』と口にしていたことを思い出した。
――仮病で休もうとすると宗がうるさいから。
確かにそう言っていた。彼が、氷坂さんの言っていた宗という人物なのだ。
そして桐ヶ谷という苗字のほうの聞き覚えは、一部の生徒が氷坂さんの彼氏だと噂していたからだ。
実際のところはどうなのかなんて知りようもないけれど、大人っぽい氷坂さんの隣に並んでいたとしたらすごく絵になる組み合わせに見えて吐息が漏れそうだった。
陽仁よりはほんの少しだけ身長は低く感じた。それでも私よりはずっと高くて見上げる首が痛くなりそうなことに変わりはない。
着崩したりはせずかっちりと着こなしている制服はそれだけで誠実な印象を与えてくる。きっと優等生に違いない。
それなのに髪型は左右非対称になったアシンメトリーだった。私から見て左側は耳が出ているのに右側は緩くウェーブした長髪だった。そこだけ相反する印象のおかげで目を引いた。
着こなしに乱れがないおかげでとても洗練されてお洒落に見え、どんなスキンケアをしているのか肌はつるりと綺麗で清潔感があり、どこか中性的で穏やかな笑顔は安心感を与えてくれた。




