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スマホで撮影した振り付け動画がきちんと撮れているか確認するため手元に視線を落としていると、
「氷白姫には取り次ぐとか、なにで買収されたんだろー」
「ねー。窓口が選んでんじゃねーよって感じー」
前庭広場から散り散りになっていく女子たちの中から、私に肩をぶつけてすれ違い様にそんな会話を囁いていった。
よろめいてスマホを取り落としそうになってしまう。顔を上げたときにはすでに後ろ姿で誰だかはわからなかった。
こんな集められた子たちが一斉に解散する中で立ち尽くしていた私が悪いのだろうけれど、ぶつかられたのはわざとだ。こんな小さな嫌がらせは、うんざりするほど受け続けてきたし慣れっこだった。
「大丈夫?」
肩をぶつけられた拍子によろめいた私をそっと受け止めてくれた氷坂さんが、制服の皺を伸ばすみたいな手付きで柔らかく撫でてくれる。
「あ、うん。大丈夫。ありがとう……」
咄嗟に笑顔を返しながら、ちゃんと笑顔が作れているか気が気じゃなかった。
私に対する嫌がらせは受け入れて諦めているからどうだってかまわない。
けれど氷坂さんは違う。陽仁に取り次いだなんて、まるっきり勘違いなのだから。これは私が考えているよりずっと事態は深刻なのかもしれない。
「これでもう終わりなのよね?」
「えっ、と、うん……」
「じゃあ一緒に帰りましょう」
「え――」
そう言うと氷坂さんは撫でてくれていた手のひらを滑らせ、私の指先を摘まむみたいに引いて歩き出した。
前庭広場から立ち去る雑踏の中で、やはりひときわ視線を集めてしまっている気がして顔を上げられない。
繋いで触れている指先が熱い。どっちの熱なのかわからなかった。
昨日の電車で氷坂さんを介抱したことがきっかけで、これまで何の接点もなかったのにチアのパートナーをお願いしてさらに一緒に帰ろうと誘われるなんて。
ただでさえ陽仁に取り次いだらしいと勘違いされているのに、必要以上に一緒にいて氷坂さんに迷惑がかからないだろうか。
そればっかりが気になって頭の中で鈍い頭痛みたいに警鐘が鳴り響いていた。
なのに、警鐘に張り合うみたいにやたらと胸が高鳴っているのは軽く指先を繋がれたせいなのか。それとも、指先にわずかに触れた感触で昨日のキスを思い出してしまったせいなのか。
何かの間違いに違いないのに、あんな取るに足らない事故をいつまでも引き摺ってしまい、私はちっとも頭が回らなかった。
指先を引かれるまま、誰かと一緒に帰るなんていつぶりだろうと思い返す。
陽仁が部活のないときに「帰るぞ」と無理やり誘われることはいまでも稀にあった。
けれど陽仁以外の人となると最後がいつだったのか思い出せない。
その時でさえ、陽仁に近付きたい子から一方的に誘われただけなのは、はっきり覚えていた。
校門を抜けて駅まで歩く道すがら、摘ままれた指先はそのままだったけれど私たちに会話はなかった。一秒でも早く学校から遠離ろうとするみたいに早足で歩く氷坂さんに付いていくのでやっとだった。
辿り着いた駅で改札をくぐると、ぴったりのタイミングで電車が滑り込んできた。
乗り込んだ車内は空いていて横向きの長いシートに並んで腰を下ろして、やっと指先が離れた。
それまで感じていた熱があっさりとさらわれて、なんだか名残惜しい気持ちになってしまった。
「……ち、チアの振り付け、難しそうだったね。氷坂さん動画撮ってなかったけど大丈夫そう? 私の撮ったので良かったら見る?」
歩いている最中は無言でも問題なかったけれど、車内が空いていることも手伝って並んで座っているとさすがに間が持たない。
そわそわと落ち着かず、私は必死に頭を回転させて絞り出した差し障りのない話題を投げかけてみた。
「平気。覚えたから」
「え、見ただけで……?」
冗談を言っているのかと思った。けれどその横顔は、教室の斜め後ろからいつも眺めている引き締まった表情そのものだった。
この場に漂うおかしな緊張感を和ませようと慣れない冗談を口にしたわけでもなさそうだった。
なんと氷坂さんは、つい先ほどたった一回見ただけで振り付けを覚えてしまったらしい。
「ええ。佐倉さん、もし覚えられそうか不安だったら私が教えるわ」
「……ほ、本当に? いいの?」
「もちろん。パートナーだもの」
あまりにあっさりとした即答で、パートナーと口ずさんだ氷坂さんの唇を呆気にとられて見つめてしまった。
振り付けを教えてくれる申し出は純粋に嬉しかった。ただ単に、自分とパートナーになった相手にみっともないダンスを踊られてはたまらないと考えてだったとしても、そんな申し出をしてもらえることが嬉しかった。
「けど……」
喜びも束の間、高速再生で瞬く間に萎れていく花みたいに私の気持ちは沈んでしまう。
陽仁との間を取り持ったらしいと誤解が広まりつつある現状で、氷坂さんと一緒にいすぎることで迷惑が及んでしまわないか心配がよぎった。
ふいに電車が揺れ、氷坂さんの肩がぶつかる。
「どうかしたの? さっきも成海くんがどうとかって周りの子たちが言ってたけれど、それが佐倉さんのせいで悪目立ちするっていうことと関係してるのかしら?」
いったいどのあたりから気付いていたのか、それともずっと引っかかっていたのか、なにやら噂の的になっていたことを純粋な疑問として訊ねてきた。
ゆるゆると持ち上げた視線の先で、氷坂さんの眼差しと絡んで言葉に詰まった。
その、まるで物怖じせずにまっすぐ私を見つめてくる大きな目はどこまでも澄んで見えた。
私が陽仁の窓口だと揶揄されている事実を知られ、せっかくパートナーとなった氷坂さんの澄み切ったその瞳がどんな風に歪んでしまうのかを想像すると恐ろしかった。
「いや、それは……、えっと……」
視線を逸らして煮え切らない態度で口ごもっていると、私の最寄り駅に到着を知らせるくぐもった声の車内アナウンスが響いてきた。
緩やかに減速を始めた電車に合わせて席を立ち、
「あ、降りなきゃっ。氷坂さん、ぜんぜん大丈夫だから気にしないでっ。パートナーになってくれて本当にありがとうっ」
座ったまま私を見上げてくる氷坂さんに一息で言い切ってぺこりと頭を下げ、ドアが開くなり逃げ出すみたいな勢いで電車を飛び降りた。
息を止めていたわけでもないのに大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせて振り返ると、車窓越しに私を見つめる氷坂さんと視線が絡んだ。
私の態度は、取った行動は、はたして正しかったのだろうか。
氷坂さんはどこか物悲しそうな、名残惜しそうな表情を浮かべているみたいに見えた。
ドアが閉まりゆっくり動き出した電車に視線が切り離される。じわじわと悔やむみたいな気持ちが燻り、物悲しそうだなんて私がそう思いたかっただけの目の錯覚に違いないと何度も自分に言い聞かせた。




