↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕なら平気です  作者: 赤足


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

02 変なヤツ

 田中一郎は、変な奴だ。


 それは前から知っていた。


 いつもぼんやりしているし、話しかけても会話が続かない。休憩中は一人で飯を食って、バイトが終われば寄り道もせず帰っていく。


 だから俺も、今までは特に気にしていなかった。


 そういう奴なんだろう。


 ただ、それだけだった。


 でも、あの日。


 俺は見てしまった。


 走ってくる車の前へ、田中が迷わず飛び込むところを。


 見ず知らずの子供を助けるために。


 そして――。


「いらっしゃいませ」


 あれから三日。


 田中は何事もなかったように、俺の隣でレジを打っていた。


 額には小さな絆創膏が一枚。


 以上。


 本当に、それだけだ。


「……なあ」


「はい」


「身体、大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ」


「本当に?」


「はい」


「どっか痛かったりしない?」


「特には」


 田中は客が買った弁当を袋へ入れていく。


「ありがとうございました」


 客を見送り、また正面を向いた。


 終わり。


「いやいやいや」


「?」


「なんでそんな普通なんだよ」


「バイトなので」


「そういう意味じゃねえよ」


 やっぱり会話が噛み合わない。


 俺は確かに見た。


 田中の身体がボンネットへ乗り上げ、フロントガラスにぶつかり、道路へ投げ出されるところを。


 救急車で病院へ運ばれたから、さすがに何かあると思っていた。


 ところが検査の結果は、擦り傷と打撲。


 翌日には本人から店長へ「次のシフトは普通に出られます」と連絡があったらしい。


 普通じゃねえ。


 絶対。


「お前さ」


「はい」


「昔からあんな感じなの?」


「何がですか?」


「頑丈なの」


「ああ」


 田中は少し考えた。


「そうですね」


「そうですねって……どのくらい?」


「どのくらいと言われても」


「例えば、骨折したこととか」


「ありますよ」


「あるんじゃねえか」


「小学生の頃に腕を折りました」


「痛かったろ?」


「痛かったと思います」


「思います?」


「腕が動かしにくかったので病院に行ったら、折れてました」


「先に気づけよ!」


 思わず声が大きくなった。


 ちょうど店に入ってきた客が、こっちを見る。


「いらっしゃいませー!」


 俺は慌てて頭を下げた。


 隣では田中も普通に、


「いらっしゃいませ」


 と頭を下げている。


 何事もなかったような顔。


 俺だけがおかしいみたいじゃねえか。


     *


 午後七時。


 俺たちは順番に休憩へ入った。


 バックヤードへ戻ると、先に休憩していた田中がパイプ椅子に座っていた。


 膝の上にはコンビニのおにぎりが二つ。


 鮭と昆布。


 飲み物は水。


 あまりにも面白みがない。


「お前、いつもそれ食ってない?」


「そうですか?」


「そうだよ。おにぎりと水」


「駄目ですか?」


「駄目じゃねえけど……飽きない?」


「別に」


 田中は昆布のおにぎりを食べる。


 俺も向かいの椅子へ腰を下ろした。


 以前だったら、ここでスマホでも見ていた。


 田中がいようがいまいが、わざわざ話しかけようとも思わなかった。


 でも、今は違う。


 こいつがどういう奴なのか、少し知りたくなっていた。


「田中」


「はい」


「お前、大学で友達とかいんの?」


 田中の口が止まった。


「……いませんね」


「いないの!?」


「はい」


「一人も?」


「たぶん」


「友達にたぶんとかある?」


 田中は少し考えてから、おにぎりを置いた。


「授業で話す人はいます」


「それ友達じゃねえの?」


「授業以外では話しません」


「ああ……」


 なんとなく想像できた。


 講義が終われば一人で教室を出て、そのまま帰る。


 こいつなら普通にやりそうだ。


「じゃあ休みの日とか何してんの?」


「特には」


「ゲームとか」


「しません」


「映画」


「あまり」


「漫画」


「読みません」


「音楽」


「聴きますよ」


「おっ!」


 ようやく出た。


「何聴くの?」


「店で流れてるやつとか」


「それ聴いてるって言わねえよ!」


 田中が首を傾げる。


「聞こえてますけど」


「そういう意味じゃねえ!」


 なんなんだ、こいつ。


 話せば話すほどよく分からない。


 でも、以前よりは少しだけ、この噛み合わなさが面白くなってきた。


「俺、バンドやってんの」


「そうなんですか」


「興味なさそうだな」


「いえ」


「じゃあ何のバンドやってるか聞けよ」


「何のバンドやってるんですか?」


「言わせんなよ!」


「……難しいですね」


「何が?」


「会話が」


「俺も今そう思ってたよ!」


 思わず笑った。


 田中は俺を見ている。


 相変わらず、ぼんやりした顔。


 でも一瞬だけ、その口元が緩んだような気がした。


「お前、今笑った?」


「笑ってません」


「いや、笑っただろ」


「気のせいです」


「絶対笑ったって!」


 田中は何も答えず、残っていたおにぎりを食べ始めた。


 逃げやがった。


「そういや今度ライブあんだけどさ」


「ライブ?」


「俺らの」


「ああ」


「一回来いよ、お前も」


 田中がおにぎりを持ったまま止まる。


「僕がですか?」


「そう、お前」


「どうしてですか?」


「どうしてって……」


 言われてみれば、別に理由なんてない。


 こいつが音楽好きなわけでもない。


 バンドに興味があるわけでもない。


 俺だって、少し前まで田中とまともに話したことすらなかった。


 それでも、なぜか誘ってみたくなった。


「まあ、いいじゃん。一回くらい」


「はあ」


「俺らさ、ぶっちゃけ下手くそなんだよ」


「そうなんですか」


「そこは否定しろよ」


「聴いたことないので」


「正論だな!」


 また笑ってしまった。


「ファンもほとんどいねえし、ライブやったって金になんねえ。むしろ赤字」


「では、なぜ続けてるんですか?」


「好きだから」


 田中が俺を見る。


 さっきまでと少し違う目だった。


「それだけですか?」


「それだけ」


「お金にならなくても?」


「ならなくても」


「上手くいかなくても?」


「今んところはな」


 田中は黙った。


「……それでも、続けるんですか?」


「続けるよ」


「どうしてですか?」


「だから、好きだからだって」


 田中はまた黙った。


 こいつには分からないのかもしれない。


 金にもならない。


 将来どうなるかも分からない。


 上手くいく保証なんてどこにもない。


 それでも好きだから続ける。


 俺にとっては、それだけで十分だった。


「まあ、一回来いよ」


「……考えておきます」


「絶対来ない奴の返事じゃねえか」


「まだ分かりませんよ」


「じゃあ来い」


「考えておきます」


「頑固だな、お前」


 俺は椅子の背にもたれた。


「下手くそでファンもいねえけどさ」


「はい」


「俺の演奏聴けば、魂みてえなもんは感じられるぜ」


 田中の動きが止まった。


「……魂?」


「おう」


「演奏で分かるんですか?」


「分かるっていうか……感じるんだよ」


「何を?」


「だから魂だよ!」


「よく分かりません」


「だろうな!」


 俺は笑った。


 田中は笑わなかった。


 ただ、何かを考えるように、しばらく黙っていた。


     *


 午後九時。


 バイトが終わり、俺たちは店を出た。


「お疲れ」


「お疲れ様でした」


 田中はいつものように、一人で歩き出す。


「田中!」


 呼び止めると、振り返った。


「ライブ、来いよ!」


「考えておきます」


「絶対来いよ!」


「善処します」


「それ来ねえ奴の言い方だろ!」


 田中は軽く頭を下げ、そのまま歩いていった。


「ったく……」


 俺も駅へ向かう。


 どうせ来ないだろう。


 そう思っていた。


     *


 田中一郎は、一人で夜道を歩いていた。


 コンビニから自宅までは、歩いて十五分ほど。


 いつもと同じ道だった。


 いつもと同じ時間。


 特に変わったことはない。


 なのに。


『好きだから』


 さっきの佐々木の言葉が、なぜか頭に残っていた。


『俺の演奏聴けば、魂みてえなもんは感じられるぜ』


「……魂」


 一郎は小さく呟いた。


 よく分からない。


 好きだから続ける。


 上手くいかなくても。


 お金にならなくても。


 それでも続ける。


 自分には、そういうものがあっただろうか。


 少し考えた。


 思いつかなかった。


「……よく分からないな」


 一郎は再び歩き始めた。


 数歩進んでから、ポケットの中のスマートフォンを取り出す。


 画面を開く。


 少し迷ってから、メモを起動した。


 佐々木が休憩中に話していたライブの日付。


 場所。


 時間。


 一郎はそれを入力した。


 保存する。


 そしてスマートフォンをポケットへ戻した。


 行くかどうかは、まだ決めていない。


 ただ。


 消してしまおうとは、思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。