第8話 4
──考えを、改めなければならない。
私はアイザックのことを「表裏の激しい人」だと思っていた。
彼の中には押してはならないスイッチのようなものがあって、それに少しでも触れると、まるで別人になったみたいに豹変するのだと。私は彼と相性が悪いから、関わるとろくなことにならないのだと。
つまり、彼単体が異質なのだと思い込んでいた。
けれど、前回私は、アイザックとは別の人間──ライアン・マクロガッドに殺された。
彼もまた、突然何かが弾けたみたいに一変し、その場に居た人間を手当たり次第に殺害するという凶行に及んだ。
その上前回のループでは、アイザックが豹変することはなかった。
となれば──。
「私が一番仲良くなった相手が、おかしくなる……?」
仮にここが乙女ゲーム的世界だったとして、だ。
つまりは、「最も好感度を上げてしまった相手」に、最終的に殺されることになる、ということなのではないか。
乙ゲー風に言うならば、「そのルートの攻略対象に殺される」ということだ。
……この世界、まさかバッドエンドしか存在していないのか?
誰と仲を深めても殺される。些細な選択ミスで詰みエンドへと転がり落ちて行く。はなからそういう設計になっているのでは。
そんな乙女ゲームはない──とは全くもって言えないのが恐ろしい所だ。私の妹も、『ど~~して告白にオッケーしても断ってもオーウェン様はわたしを簀巻きにした上八つ裂きにして血祭りにあげるわけ~~っ!?』とその不条理さに涙を零していた。そういう理不尽が当たり前に待ち構えているものなのだ。
とにかく、今回は異性と関わること自体をやめよう。
言い換えれば、「誰のルートにも入らない」ということだ。
恋愛フラグは片っ端からへし折って、バッドエンドから逃げ切る。これで、誰にも凶行を起こさせずに済むのではないか。
「ふっ、うふっ、ふふふふふ!!」
──そう、思ったのだけれど。
「綺麗、綺麗、本当にきれい! レイシア様ぁ、とってもお綺麗です……! レイシア様。わたしの砂糖菓子。わたしだけのお姫様……!」
桃色の髪が天幕のように垂れ、私の頬を撫でる。
クラリナは酔っているみたいに顔を赤くし、とろけた青色の瞳で私を見下ろした。
私の首には蔓が巻き付いていて、その麻縄のような蔓が全身へと伸びて手足を絡め取ってくる。
種を植え付けられたのか、身体の至る所から花が咲く。その花は柔らかな春の色をしていて、うっとりするほど芳しい匂いを撒き散らした。
「レイシアさまぁ。聞いてくださる?」
彼女の丸い爪が、私の首をそっと引っ掻く。
四度目のプロムの夜。周囲には大勢の人が倒れている。眠っているのか──いや、眠るように穏やかに死んでいるだけなのか。
彼女の魔法によって花畑へと変わった大広間には、むせかえるほど美々しい香りが立ち込めている。
「わたしね、ずっと前から、わたしだけのお人形が欲しかったの」
この三年間、私はほとんど異性と関わってこなかった。
会話も最低限。接触はゼロ。つねに氷のような態度を保ち、好かれる余地がないように壁を作った。
そのうち「レイシア嬢は男嫌い」という評判が立つようになり、自然、長く時間を過ごすのは同性の友人ばかりになった。
その中でもとりわけ多く行動を共にしたのがクラリナだ。私は常に彼女とくっついて過ごし、大親友と呼べるまでに仲を深めた。
──それが、いけなかったらしい。
「お母さまは、お兄様たちにかかりきり。わたしのことなんて、ちっとも見てくれない。だからわたしは、いつもお気に入りのお人形と遊んでいたのだけど……それも、とうの昔に失くしてしまって」
「──」
「あの時なくしてしまったお人形より綺麗なものなんて、もう見つからないとばかり思っていました。でも……でも! やっと! やっと見つけた!」
「──」
「わたしの……わたしだけの、綺麗で、かわいくって、華奢で、愛らしくて、世界で一等美しいひと!」
視界が歪む。瞼が重くなって、目を開けていられない。
また、こうなるのか。今度はちゃんと、誰にも殺されないよう上手く立ち回れていると思ったのに。
誰かと関わることすら駄目なのか。
なら、それなら、私は。
「ああ! レイシア様。お慕いしております。このまま、ずっと、ずーっと、枯れないお花みたいに、わたしの傍に飾ってあげますね」
彼女に手を取られる。すり、と頬を私の手の甲に寄せて、彼女は恍惚とした声で呟いた。
「レイシア様……大好き」




