第6話 騎士の在り方
「そう……そうだ! そこで踏み込み!」
「っ!」
言われた通りに右足を大きく前に出し、模擬刀を右上から左下に切り下ろす。そうしてライアンの模擬刀を弾き飛ばす──というわけにはいかない。彼にきっちり打撃を受け流され、私は跳ねるように飛び退き、彼との間合いを図る。
そして地面を強く踏み込み、勢いをつけて一度、二度、三度、連続で切り込んだ。
「ふッ、せやっ、はぁぁッ!」
「うん、いいぞ! 特に三撃目! これが真剣なら俺は血を流していただろうな!」
と褒めつつも、彼の表情は涼やかなままであるのが悔しい所だ。せめて汗の一筋くらいはかかせたい所なのだが、未だ彼の顔に焦燥の二文字が見えることはない。流石は次期剣聖と名高い男である。
「アイツが褒めるなんて滅多にないことなんだけどなー……」
「ライアンの野郎、できないヤツには滅茶苦茶厳しいもんなぁ」
「レイシア様は飲み込みの早さが段違いだからな」
「や、マジでスゲーよレイシア様。オレこの間模擬試合でボコボコにされたし」
「あの細い腕のどこからあんな力が出てんだろうな……」
「あ。それさ。この間聞いたんだけど、魔力を身体の中で動かして身体能力を強化してるらしい」
「んなことやってんのかよ!? それって三年の後期でチョロっとだけやる魔気道術だろ!?」
「悔しそうな顔してるけど、レイシア様もライアンに負けないくらいの天才だよなあ……」
という雑談が傍から聞こえてくるが、悔しいものは悔しいのだ。
稽古の中で、剣術に関しては適性があると分かってきた。魔法とは違って伸びしろがあるのだ。それならば、やるからには一番を取りたいと思って当然である。
「はぁっ、はぁっ、はぁッ……」
「よし、一旦休憩を挟むか!」
「そ、そうね……」
顎から垂れる汗をタオルで拭い、魔法瓶で冷やしておいた水を喉に流し込む。爽やかで美味い。
「きゃああっ! レイシア様ーッ!」
「レイシア様ぁっ! こちらへ向いてーっ!」
さて私が修練場に通うようになってから変わったことと言えば、女子生徒からの黄色い声援が増えたことだ。
私は一つに束ねた髪を梳き、それから軽く右手を振った。すると殊更に高い音程で「きゃああーっ!」という悲鳴が奏でられる。
成程。剣を振る女というのは、どうやら女の子に好かれやすいらしい。なかなかどうして、悪くない気分だ。ええ、悪くない。
「何をしてるんだ?」
「ファンサービスよ」
「ふぁんさ……? よく分からないが、声援に応えていたということだな!」
ライアンが私の隣に座り、笑いながら親指を立てる。
「それにしても、キミは本当に筋が良いな! 特に魔力の流し方が抜群に上手い!」
「そうね。私もそう思うわ」
「先生も驚かれていた。今からでも騎士科に女生徒枠を増設できないか検討しているらしいぞ?」
「あら、光栄ね」
「俺としても、キミは是非とも騎士としてその才を振るうべきだと思う!」
私は少し眉を下げ、「そうなったら、父と母はひっくり返って驚くでしょうね」と答えた。
「……そういえば、あなたはどうして騎士を目指すようになったの?」
それから、ふと気になったので彼に尋ねてみた。
彼は「そうだなぁ」と呟いて、それから自分の胸板をドンと叩いた。
「自分が正しいと思ったことを貫き通すため、だな!」
「正しいと思ったこと?」
「ああ。たとえどんなに困難な状況に立たされても、周りに敵しか居なくても、自分が正しいと思ったことを最後まで突き通す。どんなことがあっても、自分の正義に反する行いは絶対にしない! ──それが、騎士という生き物の在り方なんだと、俺は思う」
そう語るライアンの横顔は、驚くくらいに鋭かった。普段の陽気で無邪気な様子とは結び付かないほどだ。
「……まあ実を言うと、今のは俺の父の受け売りなんだがな!」
「お父様って、確か現剣聖の……」
「ああ。俺がこの世で最も尊敬してる人だ。今は国境の整備に駆り出されているが、それが終わればこの学園にも顔を出してくれるだろう!」
彼はそう言って胸を張る。
「父上こそ騎士の中の騎士。どんな苦境でも決して自らの正しさを折らない人だ。そういう背中を見て育ってきたから、俺も自然とその生き方に憧れるようになったんだ」
そう語る彼の顔を、私はただじっと見つめる。
彼の表情に、声に、信念に嘘は見当たらない。彼の言葉はガラクタではなく、身体の奥底に結び付いた本物だろう。
彼は立ち上がり、「さて!」と腕を伸ばしながら言った。
「そろそろ休憩は終わりにするか!」
「そうね。……あ。そういえば」
「うん?」
「さっきの打ち合いなんだけど、あの状況での正しい歩法がよく分からなくて。ほら、あなたが右から切り込んできた時。私、少しバランスを崩してしまったじゃない?」
「ああ、あの場合はだな!」
ライアンが私の後ろに回り込む。私の手を取り、「ここは左足を後ろに引いて……」と言う。
その瞬間に、私の背筋に悪寒が走った。
「っ!」
思わず肩が跳ね、彼から大きく距離を取ってしまう。
ライアンは目を丸くし、それから「ああ、悪い!」と頭を掻きながら言った。
「不躾に近づきすぎたな! すまない!」
「い……いえ、ちょっと驚いただけよ」
私は目を逸らしながら言う。
「本当、全然……」
腕を押さえ、自分にそう言い聞かせる。
心臓から直接汗が噴き出たような心地だった。ライアンに後ろから刃を突き立てられる光景が、頭を過ったのだ。
勿論、それはただの想像に過ぎない。彼はただ、私に剣術を教えようとしただけだ。そこに悪意は一かけらもない。彼の全ては善意でできている。
でも私は、優しいと思っていた人に、ある日突然殺意を向けられることもあるのだと知っている。
その光景が頭に焼き付いているから、何の関係もないライアンに対しても、根拠のない疑念を抱いてしまう。
──皆が皆、アイザックみたいになるわけじゃないのに。
あれは、アイザックがただ特異だったというだけの話だ。私は、彼と関わるべきじゃなかった。それだけの話。
だから、他の人を恐れる必要なんてない。
ないのだ。
ない、はず。
「……もう一度、かかり稽古に付き合ってもらえる? 歩法の練度を上げたいの」
私は動揺を顔の裏に隠し、彼を見上げながらそう言った。
それに彼は「ああ、いいぞ! いくらでも相手をしよう!」と言って、私に明るく微笑みかけたのだった。
× × ×
それからの学園生活は平穏なものだった。
今生の私はひたすら研鑽を積み、剣術を極めることに重きを置いた。有事の際に自分の身を守れるようにと始めたことだったが、これは中々私の性に合っていた。
無論、魔法士としての修学も疎かにはしていない。三度目のループということもあって、既に学んだことの繰り返しでしかない授業は少々退屈だったが、その分試験は楽々とクリアできた。
「おッかし~だろ……!? ンでこんなアホみたいにムズい魔法式を解く必要があんだよ!? こんなん社会に出ても使わねえだろ絶対……!」
試験の過去問題を前にして、ウォーレンが頭を抱えて低い声で唸る。
一応は私のアドバイスを聞き入れたのか、彼は前のループの時よりもちゃんと勉学に取り組むようになった。
その姿勢は評価に値する。私は彼への印象をほんのりと上方修正した。努力は尊いものだからだ。
故に、こうして時折彼の勉強に付き合っているという次第である。
「……なァレイシアちゃん。こんなつまんね~勉強やめにして、オレとデートするってのはどう? 名案だろ? オレって天才?」
「馬鹿言わないで。あなたが追試は嫌だって言うから、こうやって付き合ってあげてるんでしょうが」
「ぐ……だってぇ」
「ほら、集中!」
私は机を叩いて彼を睨みつけた。少々態度が良くなったとは言え、根本のサボり癖と女好きは治らないままだ。唇を尖らせて文句を垂れる彼を、「甘えたこと言わないの」と叱咤する。
授業が終わればいつものように修練場に向かう。長く伸ばした金髪を、邪魔にならないよう後ろでお団子に結ぶ。
顧問騎士に挨拶をして、準備運動で身体をほぐしたのち、後輩たちと共に外周。それから腕立て伏せに素振りをこなして、後輩たちと打ち合い稽古をする。
「レイシア。俺の稽古にも付き合ってくれるか?」
すると、ライアンにそう声を掛けられる。
私は「良いわよ」と返事をして、模擬刀を両手で握りしめた。
──一発。二発。彼の刀を受け止める。彼の動き、息遣い、筋肉の強張りを観察して、次にどこへ刀が振り下ろされるか予測する。彼の太刀筋を見切り、斜め右から彼の腹へと刀を打ち込む。だが彼はそれを受け止め、私が込めた力を受け流した。
「ッ、流石だレイシア!」
「お褒めに預かり、光栄、ねっ!」
数年前に比べて、私の剣技は格段に向上した。今では手加減なしのライアンとそれなりに渡り合えるほどである。
「俺と十分に戦えるのはッ、キミくらいのものだぞ!」
彼は歯を見せ、楽しそうに笑う。
……とはいえ、それは魔法抜きでの話だ。
騎士は普通、剣術と魔法を組み合わせて戦うもの。例えばライアンならば、実戦では得意とする風の魔法を用いつつ剣を振るう。風の刃を飛ばしたり、剣撃のスピードを魔法で向上させたりと、手法は様々だ。
しかし模擬試合では、単純な剣術の腕前を研鑽するために、魔法を禁じて打ち合いを行う。
だから魔法が不得手な私でも彼と渡り合えているのであり、逆に言えば魔法込みならば彼に勝てる見込みはないのだ。
──悔しいっ。悔しい悔しいくやしい~~ッ!!
なんで私は魔法の才能がないのよ。魔力ならあるのに。もっと高レベルな魔法が使えれば実戦でもトップを取れるのに!
どうして魔力を上手く魔法に変換できないのだろう。座学は満点なのに。理論は理解しているのに。悔しい。
と、一人ならば地団駄を踏んでいた所だが、公衆の面前で「完璧な優等生」としての振る舞いを崩すわけにはいかない。
私は奥歯を噛みしめたくなるような悔しさを飲み込んで、「ありがとう。いい鍛錬になったわ」と言って手を差し出した。
そうしてライアンと握手を交わし、後輩たちに試合場を譲る。
「ところで」
「?」
休憩場のベンチに座った時のことだ。
タオルで首筋を拭いていると、ライアンに顔を覗き込まれた。
「もうじきプロムがあるだろう」
「ええ。そうね」
私は首を傾げながら答えた。どうしたのだろうか。誘いたい女生徒でも居るのだろうか。もしかして、その相談?
そんなことを思いながら、彼の話に耳を傾ける。
するとライアンは膝をつき、私と目の高さを合わせて言った。
「良ければ、キミが俺のパートナーになってくれないか?」
その言葉に、私は思わず固まってしまった。
強く瞬きをして、ライアンを見上げる。その顔は真剣そのもので、冗談めかした様子はない。
「それは……良き友人として、ってこと?」
「いいや。それ以上として、ということだ」
彼ははっきりと言い切った。
正直に言うと、驚いた。
私は彼を異性として意識したことがなかったからだ。……アイザックとの一件があってから、無意識に色恋を忌避していたのかもしれない。
とにかくライアンのことは、良き友人であり、剣術における師のようなものだと考えていた。だからまさか、そんなふうに誘われるだなんて思ってもいなかったのだ。
「俺はキミの、その真っ直ぐな心根に好意を抱いている。是非とも俺に、キミのエスコートをさせてほしい」
彼が私の右手をそっと取る。
その仕草は正しく騎士。世の中の乙女たちの憧れそのものだ。
ライアンのことは、人として好ましく思っている。
彼は文句をつける所が見当たらないような男だ。家柄も才能も人柄も申し分ない。その申し出を断る材料を探す方が難しいとすら思う。
けれど、私は──。
「ええーッ!? そっ、それで、断っちゃったんですかぁ!?」
青色の瞳を丸くした少女が、悲鳴のような声色で叫ぶ。
彼女はクラリナ・カトリーヌ。侯爵家の令嬢であり、同じ学年の私の友人だ。
桃色の柔らかい髪をカチューシャのように編み込んだ、花のように可憐な美少女である。
彼女はつむじに雷を落とされたような顔をして、口を押さえて身を乗り出した。来月に控えたプロムについて尋ねられたので、正直に現状を伝えただけなのだが、予想だにしなかった驚きぶりだ。
彼女は首を傾げ、抜群に豊満な胸へと手を当てながら言う。
「ライアン様、凄く人気があるのに……。レイシア様は彼ととても仲良しだから、てっきりライアン様と一緒に踊られるのかと思っていました」
「そうね……。確かに、良い友人ではあるのだけど」
「……あっ! もしかして、他に誰か意中の人がいらっしゃるのですか!?」
「居ないわよ、そんな人」
私は苦笑しながらそう答えた。
「……今は、そういうことを考える気にはなれないの」
私は、好意が憎悪に変わる瞬間を知っている。
恋が人を悪魔に変える瞬間を見たことがある。
だから、ライアンの手を取ることができなかった。異性として好意を向けられることに、嫌悪の情を抱いてしまった。
また裏切られるのではないかと、彼を謂れもなく疑っている自分が居た。
クラリナは「そうなんですかぁ……」と呟いて、それから少し眉を下げた。
「でも、どなたかはパートナーに選ぶのですよね? そういう規則になっていますし……」
「そうね。一人での参加は認められていないもの」
「ええと、じゃあ……」
「大丈夫よ。相手はもう決めているわ」
「えっ? ど、どっ、どなたにっ?」
「隣のクラスのアルジーくんという人よ。相手探しに困っていたようだったから、声を掛けたの」
彼は意中の女の子にアタックし、そして強烈な玉砕を決めたらしく、階段の踊り場で膝を抱えて意気消沈していたのだ。
そうしてメソメソと泣いていた彼を偶然見かけた私は、「あなた、手が空いているなら私をエスコートしなさい」とスカウトしたのだった。
「勿論、事情は説明しているわ。私には婚約者も居ないし、誰かと付き合う気もない。だからあくまで義務として私と踊ってくれる相手を探しているの、ってね」
アルジーくんは「あ、アリガトウゴザイマヒュっ」「みッ、身に余る光栄でひゅッ」とロボットみたいになって答えていたし、彼にとっても悪い話ではないだろう。私は色恋沙汰の重荷から解放されるし、彼は私という完璧な美少女をエスコートする名誉を得られる。正しくウィンウィンの関係だ。
「それより、クラリナは? 誰と踊るかもう決めた?」
「はいっ! 実は、この間お話ししていた食堂の彼からお誘いを受けまして……!」
「えっ!? やったじゃない!」
「はいぃ……!」
「祝杯よ! 祝杯をあげるわよ! 覚悟なさい、存分に私の前祝いを受けることね!」
「ありがとうございますぅ……!」
私は彼女の手を握りしめ、慌ただしく上下に振った。
友人の想いが成就することほど嬉しいことはない。
私は彼女に抱きつきながら、「どうかこのまま全てが平穏に終わりますように」と思う。
プロムの赤い記憶が、別の色で上書きされることを祈った。




