第54話 一目惚れ
私は鞄から手鏡を取り出し、その鏡面を真剣に見つめた。
そこに映っているのは、金髪赤眼の西洋人形のような美少女──ではない。この世界では珍しい、黒髪と黒目が特徴的な女の姿だ。
あまりにも懐かしいその容姿は、正真正銘「黛ミコト」のものだった。
長きに渡る研究の中で、私たちは人工精霊の創造に成功した。その技術とセオドアの専門分野である魂の転移魔法を掛け合わせ、実現させたのが「人工精霊への魂の移植」である。
要するに、私の魂の形に適合するような器を人工精霊創造技術を応用して作り上げ、そこにレイシアの身体から切り離した私の魂を移し替えたのだ。器の外見は、私の本来の容姿と寸分違わぬものにした。正直言って私の元の姿がどんなものだったかは忘れかけていたのだが、レイシアの「ミコトはこういう顔立ちだった」「ミコトはこのくらいの背丈だった」「ミコトはこうだった」「ミコトは~(以下省略)」という熱弁のお陰で、本来の姿を忠実に再現できた。
というわけで、私は晴れて自分だけの身体を手に入れたのだ。
そんな私が今現在何をしているかと言えば。
「……! いた!」
仕事中のウォーレンを、店の外から観察していた。
何とこの世界では、私は未だに一度もウォーレンと接触していない。それは変異体X根絶までのスケジュールがあまりに過密だったためでもあるし、今回は初めから本来の姿で知り合いたかったからでもある。
ウォーレンは魔法士養成学園を卒業後、学生時代から働いていたこの雑貨屋を筆頭に、いくつもの職を掛け持ちしているらしい。
「テンチョー、これ向こうの棚に置いときますよ~」
「ああ、ありがとうね」
開いた窓の隙間から、そんな会話が聞こえてくる。私はその声に背を向けて、跳ねる心臓を服の上から押さえた。
正直に言えば、私はとても緊張していた。何を今更、と自分でも思う。だって私はこれまでの長い人生において、そのほとんど全てでウォーレンと関わってきたのだ。彼に関する事柄で、私が知らないことなど何一つないと言っても過言ではない。
けれど、この姿を見せるのは今回が初めてなのだ。
別に、自分に自信がないわけじゃない。だがそれはそうとして、これまでウォーレンが一目惚れしてきた容姿は、やはりレイシアのものに違いないのだ。レイシアは「いや、絶対にあの人は顔で選ぶタイプじゃないと思う」と言って物凄い早さで首を横に振っていたが、それでも恋する女の子として、初めてのことに緊張するのは当然だろう。本当の姿を見せたいのに、本当の姿を見られるのがちょっとだけ怖いなんて、そんなありふれた悩みを噛みしめる。
しかし、いつまでもここで二の足を踏んでいるわけにもいかない。「大丈夫、私は完璧美人」「私はまたの名を『聖女』とも呼ばれる女……」と心の中で唱えてから、息を吸い込んで立ち上がる。
そうして私は、店の扉を開いた。
「いらっしゃいま、せ……」
自分の心臓の鼓動音がうるさいせいで、彼の挨拶すらまともに聞こえない。顔を上げることができず、彼と目を合わせないまま店の中を歩く。
そして数分間黙って店内で立ち尽くし、やがて商品棚から髪飾りのリボンを手に取った。
「こ……これ、ください」
それをウォーレンの所まで持って行く。
これではただの客でしかない。もっと沢山話したいことがあったはずなのに、上手く声が出せなかった。
ウォーレンは、そんな私を見て目を瞬かせてから、「あ。はい……」と呟き、どこかぼんやりした様子で会計を済ませた。茶色の小さな紙袋を手渡され、私は彼に小さく頭を下げる。
それから私は何も言わずに店を出た。事務的なやり取りしかできなかったことを悔やみながら、しかしまだこれからいくらでも親密になるチャンスはあるのだから、と自分を励ます。
「──あのッ!」
けれどその瞬間、後ろから声をかけられた。
振り返る。そこには、走って私を追いかけてきたらしいウォーレンが、肩を大きく揺らしながら立っていた。
「こ、これ……返す、返しますっ」
彼はそう言って、私の手に先程支払ったばかりの代金を押し付けてきた。
「お代は要らない……っつーか、オレが代わりに、払っておいたんで!」
「……え」
「や、その、本当はお客さんにこんなことしちゃダメなんだけど……。ど、どうしても、オレから、何かあげたくて」
「──」
「きゅ。急に、こんなこと言われても、キモいっすよね。分かってるん、ですけど……」
ウォーレンは俯いて、落ち着かない様子で目を泳がせている。
「……どうして?」
「え?」
「どうして、そんなことを?」
私は、彼にそう尋ねた。
すると彼は、顔を真っ赤にして答えた。
「……ひ、一目惚れ、した、から……」
「──」
「ちょっとでも話せたらいいなぁ、とか思っちゃって……」
私は、唇を開いた。けれど、何も言葉が出てこない。それより先に、目から涙が零れていく。いくつもいくつも。止めどなく流れていく。
そんな私を見て、ウォーレンは赤かった顔を瞬時に青く染めた。彼は泣きじゃくる私を前に、両手を忙しなく振り回す。
「なッ、泣くほどキモかった……!? そりゃそうか! マジですんませんっ、いやホント、キモいこと言ってすいませんっした……ぐぇっ!」
私は涙を拭うことも忘れて、彼の胸へと飛び込んだ。そうして私は、よろめく彼をただ抱きしめた。




