エピローグ
「きゃああーっ! ミコトーっ!」
「レイシアーっ!」
「会いたかったぁーっ!!」
レイシアが白い腕を広げ、私の胸へと飛びついてくる。
私はそんな彼女を抱き止め、その場でくるくると踊るように回った。絹のような金髪が首筋を掠める。少しくすぐったい。
「寂しかった……三日も会えてなかったんだもん……」
「もう。レイシアったら寂しがり屋なんだから」
「えへへ……♡♡もっと強く抱きしめて。もっと。骨が軋むくらい!」
「こ、こう……?」
要望通りに力を込めると、レイシアは恍惚とした様子で頬に手を当てた。
この通り、彼女は少々私への距離感が近い所がある。しかし、それも当然のことだろう。何せ私たちは、数えるのも億劫になるほどの長い時間を共に過ごしてきたのだ。こうして別々の肉体で生活することにまだ違和感を覚えるくらいだ。きっと彼女も同じような気持ちなのだろう。
そんな彼女はというと、今はセオドアと共に世界中を旅している最中だ。死のループから解放され、清々しい自由を手に入れた彼女は、セオドアと一緒にまだ見たことのない景色を見て回っているらしい。しかしそんな中でもこうして頻繁に私の元へと会いに来るので、セオドアはさぞかし振り回されていることだろう。
「セオくんのことは好きだよ。でもそれはそうとしてミコトも別枠だから♡」
まあ、レイシアが楽しそうで何よりだ。
「あ。そう言えば、この間クラリナから女子会に誘われたわよ。一緒にパジャマパーティーしないかって。あなたに会えたら伝えてほしいって言われてたの」
「女子会!? 行くっ。絶対行く!」
「決まりね。お菓子いっぱい食べましょ」
「うん! 気絶するまで食べる!」
避けられない悲劇という運命を書き換えたその先で、皆はようやくそれぞれの人生を歩み始めた。
クラリナは魔法省の植物科に就職し、魔法士として人の命を救う研究を行っているそうだ。その優秀さから多忙を極めているらしいが、それでも時間を工面して、数か月に一度は私たちと女子会を開催している。
ライアンは王国の騎士団に所属し、その才能を遺憾なく発揮している。本人は「俺なんてまだまだ未熟だ」と謙遜しているが、実力だけで言えば彼を越える者など世界中を探しても恐らく見つからないだろう。何せ私は彼とたまに手合わせをするが、未だに互角か、むしろ私が押されるくらいなのだ。経験だけで言えば圧倒的に私の方が上なのに、一体彼の才はどこまで規格外なのだろうか。
ダルトン元国王は、自らの所業が明るみに出たことで王位を退き、離宮にて生涯幽閉されることとなった。彼はヨハンナ王妃の病が完治したことにより、自らの行いを深く悔い、現在は自分の罪と向き合いながら、静かに国への贖罪を続けているそうだ。
「──まあ、そんな感じ」
私はウォーレンの隣を歩きつつ、自分が辿ってきた道のりと、その末に迎えた結末について話した。それは今の彼からすると、あまり知らない人たちの、親しくない現状に過ぎない。
けれどウォーレンは、静かに私の話に耳を傾けてくれた。私が大事にしているものを、傍に座って一緒に抱きしめてくれるみたいに。
「それで、アイザックは正式に新しい国王になることになったの。民衆からの人気もバッチリだしね。まあ、まだ若いから色々と勉強中ではあるらしいけど。とにかく補佐のお兄さんと協力しながら、毎日頑張ってるんですって」
そんなことを話していると、橋の向こうの花畑に、件のアイザックの姿が見えた。
彼の隣には、優しそうな令嬢の姿がある。彼女はアイザックの婚約者だ。堅苦しい王衣ではなく、動きやすそうな服装に身を包んだアイザックは、公務の間を縫って彼女と共に休息を取っているようだった。
その真面目さ故に自分を追い詰めやすい性質のアイザックにとって、彼女は大きな心の支えになっていると聞いている。仲睦まじそうに言葉を交わす二人の姿は、何より雄弁にその事実を物語っていた。
私が初めてこの世界にやってきた時、私が誰かを理解しようと手を伸ばすほど、私もその誰かも不幸になる運命にあった。
他者とのコミュニケーションは私の死に繋がっていて、誰かの痛みを癒そうとする度、その分だけ私に悪意が返ってくるようになっていた。
けれど、そんな理不尽な世界は、もうどこにもない。
「……二人を邪魔しちゃ悪いわね。向こうの街を見て回りましょうか」
「うん。どこにでもついてくよ」
「あ。そうだ」
「?」
「ねえ、ウォーレン。あの時の約束、ちゃんと果たしてもらわなきゃ」
「……? 約束? オレなんかしたっけ?」
「私が自分の身体を手に入れたら、ものすっごいキスをしてくれるっていう約束よ!」
「そんなんしたっけ!?!?」
彼は目を見開いて、私を三度見した。私はそんな彼に詰め寄る。彼に顔を近づける。
するとウォーレンは、「いや、待て待て待て!」と叫んで仰け反った。
「まだ早いって! もっと手順を踏もうぜ!」
「早くないわよ! 私が一体何年待ったと思ってるの!?」
「も、もっと先にやることがあるだろ! 交換日記とか!」
痺れを切らした私は、顔を赤くして後ずさる彼の胸倉を掴み、どこまでも自由に踵を浮かせた。




